第17話 ノイズ

男が大きく踏み込んだ。こちらに向かって来るようだ。


銃は全弾撃ち尽くしており、再装填が必要。目の前の男に飛びかかられたら、見た感じの身体能力だと太刀打ち出来ない。


体は既にさっきの戦いでボロボロ。このまま正面戦闘すると負ける事は明白だ。しかしここは開けた通り。隠れるところは存在しない。正面から撃退するしか方法がない。


リュックの横の部分からポケットナイフを手に取る。ようやく使う時がきた。刃を出して構える。ナイフはあまり使ったことがないがだいたいいけるだろう。銃弾を入れる余裕はないだろうからナイフにした。


アキレス腱を切れば動けなくなる。その隙に銃弾を入れて頭を吹き飛ばせば大丈夫だろう。ナイフを右手に持って目の前に構えた。


男の足元のコンクリートにヒビが入った。その瞬間、体が大きく吹き飛んだ。痛みを感じる暇もなく。何かを考える暇もなく。一瞬。ほんの一瞬で体が吹き飛ばされた。


奥のテニスコートのフェンスを破り、地面に体を打ちつけた。痛い。感覚が後からやってきた。呼吸が出来ない。何が起こったのか分からない。


体が起こせない。仰向けで空を見上げた。空は暗かったが満月と綺麗な夜空が目に映った。リュックから手を抜いて立ち上がる。


今のうちに銃弾を入れておいたほうがいいだろう。手元を見てみる。しかし銃がない。辺りを見渡してみる。銃は落ちていない。


近くにポケットナイフが落ちていたので拾って立ち上がった。あの男を目で探すが誰もいない。テニスコートの地面の石が風で転がる音がする。


体を縮こめて辺りに気を配らせる。銃は後で探すことができる。今は男の場所を探すのを先にする。ナイフの握る手が強くなる。空気が冷たい。周りに無音が立ち込める。




何かに首を掴まれた。息が詰まる。目の前に男が現れた。どこにいたのか。分からないが今俺の目の前にいる。喉から空気が出る音がする。男がニヤつく。


「どぉしたのかね?緊急事態というものじゃないかな?」


足が浮いた。片手で75kgもある俺を持ち上げている。分かっていたがこいつは人間じゃない。


男を蹴るが微動だにしない。糞爺の時のように股間を蹴るが全く反応がない。首を握る力が強くなる。


頭が回らなくなってきた。物理攻撃だと効果がない。握っていたナイフを男の手に突き刺す。それでも握る手は弱まらない。


ただたんに突き刺すのは意味がない。そもそもナイフは斬るものだ。馬鹿みたいに刺すものではない。より効果的な所。筋肉を断ち切って手を使えなくすればいい。ナイフを上腕の裏に突き立てて、切り裂いた。


上腕三頭筋。ここを斬れば手が使えなくなると桃から聞いたことがある。


手が緩んだ。男を蹴り飛ばして手から離れる。地面に腰から落ちた。息が元に戻って呼吸ができるようになった。男は自分の腕を見ている。


「……ほう……やはりここまで生きてきたというだけあってなかなかに頭が切れるな」


呼吸が正常になる。頭が回りだす。ナイフを構えて立ち上がった。


男の腕を見る。血が大量に出ている。おそらくもう片腕は使えない。正直かなり危なかったがどうやら僅かながら勝機はあるようだ。


さっきの突進に一瞬で俺に近づくスピード。それをどうにかすれば戦えそうだ。


「ほら、さっさと構えろ。次行くぞ」


男が目の前から居なくなった。辺りが静寂に包まれる。また来る。今度は本気で殺しにくるとなんとなくわかった。


近くのバッグから銃弾を1つ取り出す。ナイフで斬れるレベルの硬さなら銃で頭を撃てば倒すことが出来るだろう。ナイフを握りしめた。


どこにいるのか分からない。眼ではどこにいるかを見つけるのは不可能。月が光を照らしているがそれでもどこにいるのか分からない。


どうするかを考える。目では分からない。ならば単純な話。聴覚、嗅覚、触覚。視覚以外で探知すればいい。目を瞑って耳を済ませる。


あの糞爺もやっていたんだ。俺は盲目ではないがそれでもできるはずだ。体を沈める。地面に手を当てる。大地の動きでも探す。呼吸を止めて無駄な雑音ノイズを消す。体の動きを止めた。

…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

聞こえた。感じた。いる場所を探知した。右斜め後ろ約10m先。そこには木が生えており夜だということもあいまって、木の下は真っ暗闇となっている。


そらみえないわけだ。銃もそこに落ちている。探知したからと言ってすぐには動かない。すぐに動けばあいつにバレて移動される可能性がある。


だからまだ動かない。動くのはあいつが俺に向かって攻撃してきようとした時。あいつがこちらに移動してきた瞬間を狙う。


言うなれば居合切り。ナイフを持つ手に力を入れる。やつが地面から離れた瞬間に斬りつける。


まさしく侍みたいに。息を大きく吐く。男に動きはない。待つ。ただひたすら待つ。相手が動くまでは何があろうと動かない。何もしない。ただ意識を耳と鼻と手に集中させる―――。






動いた。地面が軋む音がした。こちらに来る。体を捻ってナイフを振りかざす。男は既に目の前まで迫っていた。


俺の心臓を刺そうとでもしていたのか手を真っ直ぐにして振りかざしていた。しゃがんでいる今の体勢だと狙えるのは足。ならば動きを封じれるアキレス腱を狙う。


しゃがんでいる状態から超低空姿勢で前に出る。時間がゆっくりになる。ナイフを半月の形のような軌道で男の足に入れ込む。肉がどんどんと裂けていき、ナイフが外に出てきた。



地面に肩から倒れた。すぐに体を起こして男の方向を見る。男は俺を通り過ぎたあと、体勢を崩して転げながら奥のフェンスにぶつかった。


これで時間は稼げる。探知した銃の場所に向かって走った。銃で頭を吹き飛ばせばとりあえず安心できる。


木の影まで来た。銃を手の感覚で探す。探知しているので大体の場所は分かる。見つけた。銃を手繰り寄せて、壊れてないかを確認する。良かった、壊れてない。


男の方を見る。既に体勢を低くしてこちらに突進してきようとしていた。まずい。


レバーを回して銃弾を入れる。男の地面にヒビが入る。来る。銃口を男に向ける。男が消えた。引き金に指を入れる。男の顔が目の前まで迫ってきた。


「汚ぇ顔が……整形してやるよ」


引き金を引いた。男の顔が吹き飛んだ。辺りに赤い血が撒き散らされる。目玉が地面に落ちる。


男の体が俺の体にかなりのスピードに乗っかってくる。重い。血が顔にかかる。乗っている男を蹴り飛ばして立ち上がる。顔を拭って口に入った血を唾とともに吐き出す。


通常では信じられない身体能力。ゾンビのようだが喋れるだけの知能があった。知能があるタイプのゾンビなのか。今まで見たことがないタイプだった。


「……もしかしてこんなヤツらがこの先出てくるのか……考えたくはないな」


銃で男をつつく。動かない。きちんと倒したようだ。とりあえず安心した。


今日はとにかく疲れた。休みたい。歩きながらリュックを手に取る。弾を5個手に取り銃に装填する。


目的の食料と日向ちゃんの奪還は失敗した。……今は後悔しているときではない。さっさと弓を手に入れて体力を回復したい。頬を両手で叩いて気合いを入れる。俺はアーチェリー場に足を運んだ。













続く

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る