第8話 鮮血の雨
目が覚めた。体を思いきり起こす。頭はまだ痛い。手や足を動かす。体には異常が無いようだ。肩からは血が出ているがまぁ問題ない。
背中のバッグは横に飛んでおり、駆け寄って中身を見た。……これも問題ないようだ。少しホッとしたが、藤木さんとクソ金髪がいない。少し周りを見てみるがいない。
逃げたのか、はたまた殺されたのか。ふと手元を見てみる。銃がない。まずい。ただでさえやばい状況なのに銃がないとほぼ詰んでいる。
警官の銃は落としたやつを拾った2発しかない。地面を見て回るがない。横には川。落ちたのかもしれない。それだけはまずい。地面に這いずって見渡す。
あった。白のポルシェみたいな車の下に落ちていた。そのまま這いずって進む。呼吸の音が直に聞こえてくる。心臓の音が直接耳に入ってくる。
もし今あの化け物が襲ってきたとしたら。……嫌な想像をしてしまった。車の前まで来た。手を伸ばす。
車の下は薄暗い。寒気がしてくる。銃に手が届く。取れた。体を引き起こして立ち上がる。人から借りている物なのだ無くすわけにはいかない。
銃弾にも問題はないようだ。次は藤木さんを探さないといけない。そう思い歩き出そうとした時――。
ドスッ。腹に何か違和感を感じた。口から何かが垂れてしまう。腹を見てみる。銀色の鉄のようなものが腹から出ている。
後ろから涎を垂らしながら唸る、狼のような声が聞こえた。後ろに目をやる。車の上に乗った化け物がこちらを見てニヤついている。
「また腹か……クソっタレめ」
銃を握りしめる。前よりも威力の高い銃だ。今度は1人でも抜け出せる。しかし方向が悪い。前へならえの時みたいな状態になっている。
この状態だと、あまり正確に狙えないうえに、撃ったときに肩への負担が大きい。
足が宙に浮く。体は重力に従って重くなる。腹の所に負担がかかりとんでもなく痛い。血が口から溢れ出る。
ここで前みたいに振り回されるとまずい。下は川。橋から川までかなり高い。確か5mの場所で頭から水に落ちた時の生存確率は50%と聞いたことがある。
ここからは川までの高さは明らかに5mよりも高い。流石に死ぬ。頭から落ちなければ死ぬことは無いかもしれないがそれでもまずい。
体の向きが変わる。運が良いのかこの化け物が馬鹿なのか。化け物と向かい合わせになった。化け物は涎を垂らしながら歯を鳴らしている。
とても汚いやつだ。赤ちゃんでもここまで涎を垂らさない。化け物が大きく口を開ける。口の中はそこまで汚くなく、普通の人間のようだった。
体が口の方向に寄ってくる。寄せている部位からして頭を先に喰うようだ。なぜ抵抗しないと思ったのだろうか。知能は著しく低いようだ。
銃を構える。腹は痛いが、耐えられる。銃口を化け物の口の中に入れる。銃の持ち手の底の部分を肩につける。反動を抑えるためだ。息を大きく吸う。
撃ち方を教えてはもらったが実際に撃つのは初めてだ。緊張すると思ったが今はとんでもなく冷静だ。チェーンソーゴリラと戦った時のように。頭は冴えてる。
「飯の時間だ……たらふく食え!」
引き金を引いた。反動が大きく、刺さっている腹がむちゃくちゃ傷んだ。しかし化け物は怯んだようで俺を少し投げ飛ばした。
体が地面に叩き落とされる。呼吸をする。いつものように。いつものペースで。化け物は口から血を吐き地面のコンクリートに倒れた。
これで倒れてくれたら嬉しいのだが、もちろんこの程度では死なない。化け物はゆっくりと体を起こし、こちらを向いてきた。
目元が分からないため表情は読み取れないが、こちらを睨みつけているのだとなんとなく分かった。
血がついている鉄の尾を振り回す。求愛行動でもしているのだろうか。笑えてくる。
持っていた銃のレバーを思いきり前に押す。撃鉄が顔の横を通り過ぎる。レバーを元の位置に戻す。これをコッキングと言うようだ。
腰をあげて立ち上がる。目の前の化け物を見る。体は動く。目は見える。戦える。やることはチェーンソーゴリラの時と一緒だ。攻撃を避けて撃つ。とても簡単なことだ。
化け物はゆっくりとこちらの方向に向きながら周りを歩いている。鉄の尾はさっきよりも速いスピードで振り回されている。こちらを殺す気のようだ。
どうやらこちらを捕食対象ではなく《殺害対象》と認識したらしい。上等だ。こちらは
「糸部さんと花蓮ちゃんの仇だゴキブリ野郎。今度はてめぇの頭を食いちぎってやる!!」
引き金を強く引いた。銃弾は化け物の頭に命中し、激しい音がなる。頭を撃ったせいか、化け物の上半身が大きく後ろに傾く。
しかし強靭な足腰で持ちこたえられた。しなっていた体を元に戻し、化け物が爪をこちらの方に向けて走ってきた。
素早くコッキングをして、化け物の頭に銃口を向ける。息を大きく吸ってもう一度引き金を引く。
また銃弾は化け物の頭に命中した。金属と金属の鳴る激しい爆音が辺りに響き渡る。化け物は大きく仰け反り、仰向けに倒れた。
素早くコッキングをして、倒れている化け物の腹の所を狙い引き金を引く。化け物は少し体がビクッとするが、そのまま地面に倒れている。
コッキングをして次の攻撃をしようと狙いを定める。しかし右から鉄の尾が迫ってきた。癖で右目を開けていたのが幸いして気づくことができた。
体を屈めて横振りの攻撃を避ける。チェーンソーの攻撃よりも速いが避けられない速度ではない。体を起こしてもう一度銃口を向けようとした瞬間――。
みぞおちの部分を何かが刺した。目の前を見てみる。あの化け物がすぐそこにいた。速すぎる。ほんの一瞬屈んだ隙にこちらに攻撃してくるとは。
倒れこんでいたので油断した。左手の鋭利な爪が体のみぞおち部分に三本突き刺さっている。
口から血が出る。最近は口からよく血が出ている気がする。化け物が右腕をあげた。爪先の方向を見るに顔を突き刺す気だ。
爪の強度は知らないがまずいことは確かだ。しかし体を刺されていて動くことができない。咄嗟に左手で顔をガードする。
左腕に3本爪が突き刺さってくる。顔を右に寄せて即死を回避しようともがく。3本の爪は俺の頬と耳を掠り、奥に進んでいった。
目の前の化け物は両手が塞がれている。これを隙と言わずしてなんというか。ここまでの近距離だと跳弾して自分自身に当たる可能性がある。
そのため頭ではなくみぞおちを刺している左手を銃口で狙う。片手撃ちのため自分へのダメージもあるだろうが、相手の方がダメージがでかいはずだ。ならリターンはでかい。躊躇いなく引き金を引いた。
化け物が大きく吹っ飛び3m程先に倒れた。流石に散弾銃の反動を片手で受け止めることはできず、銃は後方へ飛んでいってしまった。
左手を確認する。血がぼたぼたと流れ落ちているがかろうじて問題は無い。みぞおちの爪は取れることはなくそのまま刺さっていた。
刺さったままだと動きにくいのでゆっくりと引き抜く。体の内部が擦れる感じがして死ぬほど痛い。止血のためにも抜かない方が逆にいいのかもしれないが気持ち悪いのでとにかく抜きたい。
長い爪がようやく抜けた。血が溢れ出ている。見た感じの爪の長さは1m位はある。血まみれの腕をそこら辺に捨てて化け物の方を見る。
すでに立ち上がって戦闘態勢に入っている。銃が飛んで行った方向を見る。銃は川に落ちてはおらず、歩道の所に落ちているようだ。走れば取りに行けるだろうが流石に体がきつい。
腹を2回刺され、左腕も負傷している。前回の負傷や疲労が溜まって体がすでに限界に近い。しかし倒れたら目の前の化け物に必ず殺される。
死んだふりで乗り切れるかは気になるがここで倒さないと糸部さんと花蓮ちゃんみたいな被害者がでる可能性がある。
それは避けなければ。今の武装は警官の銃(弾数2発)とポケットナイフ。ポケットナイフは持ってきたはいいものの使う機会があまりない。
前回は通常の拳銃で攻撃しても効いている様子がなかった。4発でもひるまなかったのだ。2発でどうこうできるはずがない。
単純にダメージを与えるのなら散弾銃だ。散弾銃ならばこいつを倒せる。銃との距離は約4mほど。届かない距離ではない。
だがこいつの素早さを見ると、普通に走って行くのは無理そうだ。辺りを見渡して使えそうな物を探す。何か時間稼ぎになるようなもの。願うなら大ダメージを与えるもの。
……忘れていた。あるじゃないか。1番近くにあって、時間稼ぎどころか場合によっては大ダメージを与えられるものが。迷っている暇はない。覚悟を決めた。
拳銃を腰から取り出し、銃口を化け物ではなく横の車に向ける。化け物はすでに飛びかかろうと体勢をととのえている。
狙うはガソリン部分。引火して爆発が起こればかなりのダメージを期待できる。引き金を引いた。
弾は確かにガソリンの部分に入った。ガソリンスタンドで母がガソリンを入れているのを何回も見ている。ガソリンを入れる場所はだいたい同じのはずだ。
しかし何も起こらない。大爆発が起こると予想していたため体を少しすくめる。だが何も起こらない。
驚く暇もなく化け物が飛びかかってくる。完全に無防備だったので為す術なく馬乗りにされてしまった。化け物が舌なめずりをしている。爪をカチカチ鳴らしてこちらをどう殺そうか考えているようだ。
まずい。マウントポジションを取られたら抜け出せない。ただのゾンビでさえ筋力量に差がある。それなのにこのゾンビの上位互換みたいなやつに馬乗りにされたら抜ける術がない。
必死に頭を回転させて考える。体は全く動かない。手は動かせるので何かを狙うことはできる。ふと横を見ると車の下にチューブが見えた。車には詳しくないので名称などは分からないが、本能がそれを狙えと言ってくる。
本能のままに標準を合わせる。片手なので震えてしまう。化け物は殺し方を決めたのか右手を振りかざしている。
まずい。速くしないと殺される。心の中で落ち着けという言葉がびっしりと並べられる。化け物は振りかざした手を思いきり振り下ろしてきた。
続く
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