第9話 愛をこめて
時間がゆっくりとなる。過去の思い出が蘇ってきた。
物心着いた時のこと。幼稚園で母から離れたくないと駄々をこねたこと。小学校で友達と喧嘩したこと。中学校で母と喧嘩したこと。色々なことが頭をよぎった。
母に恩返しはできただろうか。そんなことを思い浮かべる。母をこの手で殺してしまった時の感覚は今でも手に残っている。今でも夢に出てくる。今でも心の中で思い出す。これが走馬灯と言うものなのだろうか。
ふと好きな女の子を思い浮かべた。最後に会ったのは母を殺す前日の夜だったか。この感じだとあの子もゾンビ化しているか死んでいるかだろう。
ならこちらも死んでみるのもありかもしれない。もう疲れた。傷だらけになったのに何も得てない。ほんの数日の内に全て失った。もう何も残っていない。
……それでも。それでも。それでもあの子は生きているかもしれない。どこかでゾンビに襲われているかもしれない。どこかに匿ってすすり泣いているのかもしれない。少しでも生きている可能性がある。
この世に絶対なんて存在しない。この世に100%なんて存在しない。体はまだ動く。ほんの少し。ほんの少しでもあの子が生きている可能性があるのなら。俺はそれだけでも頑張れる。頑張る価値がある。
糸部さん、花蓮ちゃん、グラミスさん。失った人たちのためでもある。糸部さんと花蓮ちゃんの命を奪ったこいつを殺すために生きたい。グラミスさんが繋いでくれた命を無駄にしないためにも生きたい。桃と一緒に生きたい。生きるのだ。
右目を見開く。すでに手の震えは止まっている。冷静に。この俺が外すことはありえない。ゆっくりと。引き金を引いた。
銃弾は見事狙った場所を破壊した。その瞬間目の前が真っ赤に包まれる。だが化け物に刺されたのではない。
爆発が起こった。結構な爆発だ。体が吹き飛ぶ。化け物も吹き飛ばされた。連鎖的に爆発が続く。
近くにたくさん車があったのだ。当たり前といえば当たり前。かなり吹き飛ばされて何m飛んだか分からない。
体がコンクリートに激突する。痛いが特に問題はない。体をすぐさま起こす。落ちている銃の方向を確認する。
あの爆発で川の方に飛んでしまったと思っていたが、運良く後ろの柱でつっかえていたようだ。
フラフラの体に鞭を打って銃を取りに行く。銃はすでに全発撃っているので再装填が必要。バッグの方向を見る。
バッグは橋の端でかろうじて落ちていない。体を無理矢理持ち上げてバッグの方向に歩く。足取りが悪い。まっすぐ歩けない。
車に手を当てて、体を支える。飛んで行った化け物の方向を見る。化け物はトラックにめり込んでぐったりとしている。尻尾は少し動いているのでおそらくまだ息がある。完全に息を止めるにはもう何発か必要だろう。
歩くスピードを少しあげる。やつはここで殺す。終わらせる。
倒れ込むようにバッグを手に取る。バッグをあさり、こぼれないように銃弾を5発手に取った。
銃のレバーを前に押す。1発1発丁寧に銃弾を入れていく。化け物の方を少し見る。かなりダメージはあるようだが既にこちらに向かって歩き出している。
猫背の状態で歩いており、いつでもこちらに攻撃できるよう爪をたてている。少し入れるスピードをあげかけたが藤木さんのことを思い出す。
「銃弾を入れる時は焦るな。焦ると事故の原因を作ってしまう可能性がある。銃弾を入れる時は常に冷静にだ。ゆっくりでいい。きちんと入れるんだ」
ゆっくりと丁寧に入れていく。まだ化け物との距離は離れている。全ての弾を入れた。レバーを2回ほど回してきちんと入ってるか確認する。化け物は体を縮こめてこちらに飛びかかろうとしている。
俺はすでに攻撃できる。ならば俺が負ける要素は存在しない。この化け物に勝てる。大きく息を吸った。まだ弾数はあるがこの5発以内で終わらせる。この化け物に弾数を使うわけにはいかない。
化け物がこちらに飛びかかってきた。脳みそが冴えているのか化け物の動きが遅く見える。銃口を化け物の顔に向ける。
ゆっくりと化け物が飛んでくる。ゆっくりと。ゆっくりと。化け物が残っている片手の爪をこちらに向けている。
しかしこちらの方が速い。引き金を引く。鉄の仮面に当たり、大きく仰け反る。化け物が地面に叩きつけられる。
ダメージはある程度あるはずだが、すぐに立ち上がろうとする。立ち上がらせるわけがない。
すぐにレバーを回して弾をはじき出し、残っている片腕を根元から吹き飛ばす。
また化け物が地面に倒れ伏す。すぐにレバーを回して、さらに攻撃を与えようと銃口を向ける。
しかし鉄の尾を振り回し始め、こちらを攻撃しようとしてくる。その攻撃全てを避けて少し距離を取る。
流石に避けながら撃つというのは出来ないが、避けるだけなら容易だ。鉄の尾を近くの軽車に突き刺し、尾の力で車の向こう側に移動した。
ガラス越しから化け物の息が途切れ途切れになって焦っているように見える。ここまで追い詰められたのは初めてなのだろう。
だがこちらはいたって冷静。問題はない。今は車を挟んで化け物と向かい合わせになっている。
化け物は攻撃から逃げたとでも思っているようだがそんなわけが無い。ガラス越しから銃口を化け物の頭に向けて引き金を引く。
ガラスを破壊しながら全ての弾丸は化け物の頭に直撃した。攻撃が来ないとでも思っていたのか分からないが、突然の攻撃に体が反応せずに吹き飛ばされる。
数m吹き飛び地面に倒れた。息はまだあるようでさっきよりも遅いスピードで鉄の尾を振り回している。
車を乗り越えて化け物の前に立つ。レバーを回して、銃口を化け物の尾の根元に合わせる。引き金を引いた。
鉄の尾は根元ごと吹き飛び、折れている手すりから川の方に落ちていった。目の前の化け物にはもう武器がない。
両腕が吹き飛び、自慢の鉄の尾もない。レバーを回す。弾丸は俺の頬を通り過ぎていった。
化け物は頭と足を器用に使って立ち上がってくる。まだやる気だ。生物的な本能だろうか。化け物は目で見てわかるほどに体力を消耗している。疲れているようだ。だらしがない。
化け物が大きく口を開けてこちらに向かって走ってきた。最後の悪あがきらしい。さっきに比べて力なく走っている。小学生でも勝てそうな速度で走ってくる。
銃を構える。引き金に指を入れて、狙いを定める。左目は閉じて右目を見開く。つま先を狙う方向に平行に並べて構える。体はまっすぐ猫背にならず、そらしすぎずの構えで。弓を撃つ時の姿勢だ。
化け物がさらに大きく口を開けてこちらの頭にかぶりついてこようとする。喉の奥がよく見えるほどに大きく開けている。銃口を化け物の口の中に入れた。
「口を開けすぎた。学習をしろ。このマヌケめ」
引き金を引いた。銃弾は化け物の喉の奥を吹き飛ばし、向こう側の川が見えるほど大きな空洞を開けた。化け物は微動だにせずその場に立ち尽くしている。どうやら完全に倒したようだ。
銃口を口の中から出して、化け物から少し離れる。そして地面に座り込んだ。かなり疲れた。出血も多い。攻撃を受けすぎた。後で止血しないといけない。
そんなことを考えていると、何かがカチッと外れる音がした。ふと化け物の方を見る。仮面が徐々に外れていく。そして完全に外れて、地面に落ちていった。鉄とコンクリートがぶつかる、高い音が周りに響いた。
仮面の奥から見たことがある顔が現れた。それは俺がずっと探していた、蒼木桃の顔だった。
続く
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