第6話 狂撃

現在の武器は警官の拳銃(ニューナンブM60)とポケットナイフ。銃弾の数は10発。


対して相手の武器は両手の大きなチェーンソー。斬られればひとたまりもない。しかし相手には飛び道具がない。


もしも隠しているならまずいが、この化け物には両手のチェーンソーがあるのでそのような余裕はないだろう。つまり近距離戦でなければ死ぬことはない。


辺りに目を配る。こちらから見て右には10メートル程先に運動場がある。走れば行けるだろうが遮蔽物が無いので近づかれるとどうしようもない。


対して左には駐輪場がある。自転車はないが屋根や壁があり、この化け物の巨体では満足に攻撃することはできないだろう。


つまり行くべきところは左。遮蔽物を駆使して戦う。そうすればある程度安全に戦うことができる。


目の前の化け物がにんまりとする。両手のチェーンソーを振り上げてこちらを攻撃しようと構える。


この人間の体を切り裂きたいとうずうずしているだろう。だがヤツは俺に攻撃することはできない。さっきまでの焦り具合が嘘のように冷静だ。頭が冴えている。今ならなんでもできる気がする。



アヒョヒョヒョヒョヒョ!!!


右手のチェーンソーを振り下ろした。本気でこちらを殺す気だ。しかし相手に知能はない。ただ単調に。ただ目の前の男を殺す。そのために振ってきた。


そんなもの冷静なら避けることなど容易い。振り下ろしたチェーンソーを左にズレて避ける。


化け物はすぐに体を捻り縦向きだったチェーンソーを横向きにしてこちらを切りつけようとしてくる。


その程度の攻撃ならこちらも避けられる。横薙ぎに払ってきたチェーンソーを後ろにステップして避ける。


大丈夫。当たるとまずいだけで、冷静にいれば子供の戦いごっこみたいなもの。


相手の右手のチェーンソーは下に、左手のチェーンソーは左に伸びきっている。今は何もできない。完全なる隙。


手に持っている拳銃を持ち上げる。相手の頭に狙いを定める。左目を閉じる。アーチェリーをする時の癖だ。


今は冷静。撃てば当たる。反動は怖いが意識すれば耐えれる。息を止めて引き金を引いた。



弾丸は化け物の頭の中心に直撃した。弾丸はそのまま突き進み、化け物の頭を貫通した。化け物の頭の後ろに赤色の血が飛び散る。



これで死んでくれればいいのだがそんな訳にはいかないようだ。


アヒョヒョヒョヒョヒョ!!!


さっきと同じように、殺気を撒き散らしながら俺を殺そうとチェーンソーを振り上げる。


振り下ろされた右手のチェーンソーを左に避ける。攻撃が単調なので簡単に避けられる。


もう片方の腕を更に叩きつけてくる。右にはチェーンソーがあるので避けるのは左に限定される。なので左に避ける。


両手のチェーンソーが地面に突き刺さって中腰の状態になる。また隙ができた。さっきと同じように拳銃を構える。


左目を閉じて呼吸を整える。引き金を引く。銃弾は化け物の側頭部に直撃して端から端まで行き、貫通した。


残り8発。現在の装弾数は3発。距離をとるためにバックステップをする。化け物から飛び出た血と脳片がそこら辺に撒き散らされ、灰となって消えた。


化け物は少しぐらついたがゆっくりと立ち上がった。いける。このまま同じように行動すれば倒せる。


危なくなったら後ろにある駐輪場に逃げ込めばいい。このまま。このままなら勝てる。知能のない化け物より俺の方が強い。



さっきまで笑っていた化け物の目が笑わなくなる。なんというか目がマジだ。俺を絶対に殺すことを決めたようだ。


たった2発銃弾を脳天にぶち込まれただけで怒るとは短気なやつだ。しかしどう頑張っても俺の方が強い。


化け物はまだ構えていない。ならこちらの方が速い。銃を相手の頭に構える。息を整えて今度は2発連射した。








その瞬間だった。突然体が後ろに吹っ飛んだ。突然だった。呼吸ができない。体が少し空中に浮き、5m程先の地面に腰から落ちる。


頭が真っ白になる。1秒後。頭が元に戻る。腹部から強烈な痛みが走る。止まっていた呼吸が再開される。


なんだ。何が起こった。鉄の尾の化け物に刺された所が痛む。ガムテープで止血しているだけなのでとんでもなく痛い。おそらくガムテープから血が溢れているだろう。


体を少し起こして何が起きたのかを見る。銃弾は外れてどこかに行ってしまったようだ。化け物の地面がえぐれており、俺の近くにコンクリートの塊が落ちてある。


つまりあいつはコンクリートを足で抉りとってそれをサッカーボールのように蹴ってきたということだ。……本当にゴリラみたいだな。こいつの名称は知らないが、チェーンソーゴリラと名付けよう。



体を何とかして叩き起こす。呼吸はなんとかできている。体は動く。戦える。チェーンソーゴリラを見つめる。


ゴゴゴゴゴゴゴォォォォ…


さっきの笑い声はなくなり低い唸り声をあげている。完全に殺す気だ。近距離戦しかできない低知能だと思ったが飛び道具を使うこともできるらしい。


馬鹿のくせに変に頭を使いやがって。だがここは遮蔽物のある駐輪場。ここならこちらの方が有利だ。


チェーンソーゴリラが右腕のチェーンソーを振りあげる。ヤツとの距離は6m。走れば追いつかれる。


しかし屋根があるのでつっかえてある程度時間稼ぎになるはずだ。拳銃を構える。来る場所を予測してそこに標準を合わせる。


チェーンソーゴリラが走ってこちらに来た。屋根のところまでくる。チェーンソーと屋根が接っした。


つっかえる。そう思い少し油断していた。しかし予想に反して、化け物は屋根を切りながら勢いよくこちらに来た。完全に減速すると思っていたので対応ができない。


焦って1発、銃弾を撃ってしまう。銃弾は外れて遠くの空に飛んで行った。体を無理矢理動かして後ろにバックステップしてチェーンソーを避けようとする。


チェーンソーが振り下ろされた。完全に避けきれずに左肩から右脇腹を浅く斬られる。服が切れたが皮膚を斬っただけで中の筋肉とかは切れてない。


視線を体に落とす。痛みは多少あるが、血が少し出ているだけで重症ではない。まだ戦える。


目の前の化け物は完全にチェーンソーを振り下ろしきって低い体勢になっている。銃の装填数は5発なので再装填が必要。完全に化け物が隙を見せている今がチャンス。


腰から銃弾5発を取り出す。その銃弾を空の弾倉に一つ一つ入れる。1個、2個、3個。4個目を装填しようとするがズレて上手く出来ない。冷静を装ってはいるが、怖いものは怖い。


なんとか4個目を装填しかけた。その瞬間チェーンソーが目の少し横を通り過ぎた。縦に真っ直ぐの線が頬から目元の横を通り過ぎた辺りまでつく。


目には当たらなかったが驚きと焦りのせいで銃弾を2発、地面に落としてしまう。落とした銃弾を拾うべきだろうが化け物は既にこちらに左手のチェーンソーを構えている。拾おうとすれば体が真っ二つになるだろう。


チェーンソーが思い切り振られる。そのチェーンソーをギリギリで左に避ける。そのままの勢いで化け物との距離を離す。


化け物は地面に刺さったチェーンソーを抜いてこちらを見つめる。

ゴゴゴゴゴゴゴォォォォ…

こちらを必ず殺すと宣言しているような感じに聞こえる。拳銃に目をやる。残り3発。この3発は貴重にしていかないといけない。


全て頭に当てる。できるか分からないがやる。やらなきゃらやられる。やるしかないのだ。


チェーンソーの音が響きわたる。両手のチェーンソーを振り上げた。やつとの距離は約4mほど。やつのスピードは意外と速い。この程度ならすぐに来られる。


銃の握る手が強くなる。大きく息を吸う。化け物が一瞬で約4mもの距離を詰めてきた。左手のチェーンソーが目の前まで来る。


体をずらして左に避ける。その瞬間、2撃目のチェーンソーが横からやってきた。その軌道から首を狙っていることは確かだ。壁があるので後ろに避けることは出来ない。


ならば後ろではなく下に避ける。膝の力を抜いて体を地面に近づける。自分の真上をチェーンソーが通り過ぎた。これでやつは無防備。


体が低い状態のまま拳銃を構える。2発。頭に向かって連射した。初撃は掠るだけだったが2撃目は完全に脳天に当たる。


体を持ち上げる。銃弾は残り1発。やつは俺の攻撃で体がふらついている。すでにやつの体は限界。頭に何発も銃弾をくらって耐えるやつはいない。


この一撃で決める。やつのチェーンソーはすでに上を向いている。やつも俺をこの一撃で終わらせるようだ。チェーンソーを挙げている手に力がこもっている。俺も拳銃を持つ手に力を込める。これで終わらせる。



やつがチェーンソーを振り下ろしたと同時に拳銃を構えた。頭を狙うのはこちらの方が速い。あとは引き金を引くだけ。しかしチェーンソーも目の前まで迫る。


呼吸をする暇などない。心臓が鼓動するよりも速く。脳が指令を出すよりも速く。体の中で精神が伝達するよりも速く。ここで死ぬ訳にはいかない。あの子を見つけるために。


指の引き金を引く。時間がスローに感じる。目の前に映る描写が一つ一つの絵の様に見える。体は微動だにしない。ただ指を引くだけ。それ以外の部位は動かない。それは恐怖で動かないなどの類ではない。俺の方が速いと確信しているからだ―――。























額から血が流れる。流れた血は鼻の上部分で分岐し深い川のように下に流れ、最後は顎を伝って雨の雫のように地面に落ちていった。


チェーンソーは先端が額に少し沈んでいるだけで骨までは到達していない。一方、化け物の額には向こう側が見えるような風穴が空いていた。


化け物の体は何かで固定されたかのように固まっている。体は徐々に白くなり、やがて灰となって消えていった。


「地獄で一生笑ってろ。チェーンソーゴリラ」


そう悪態をついた。その瞬間、体が地面に倒れ伏す。大きく深呼吸をする。体は緊張から解放されたせいか、全く動かない。


忘れていたが、ヤツらはどうなっているのだろうか。このままだと、ヤツらの格好の的になってしまう。


体をなんとか動かすが体が震えて立てない。生きるか死ぬかの戦いを初めて経験したせいだろうか。


今までのは一方的に襲われてなんとか反撃しただけだったが、今回は相手から来たとはいえ、自分から進んで戦ったのである。心は少し成長したのだろう。


「おい!坊主大丈夫か!?」


体育館から血塗れで出てきた藤木さんが俺に近寄ってきた。


「さっきのチェーンソー野郎はどこ行ったんだ?」

「…俺が……倒しました」

「え!?お前があいつを!?」

「それよりも…ヤツらは?」

「ああ、俺と柏木が全部殺った。だが他の奴らはもう……」

「…そうですか」


デブの人と女の人は別にどうでもよかったが、グラミスさんは生きてて欲しかった。もっと早く覚悟を決めていれば助かったかもしれない。体を無理矢理起こす。少しふらついたが藤木さんが少し支えてくれた。


ゆっくり歩いてグラミスさんの所へ向かう。グラミスさんは首のない状態で倒れ込んでいる。


グラミスさんが死んだ直後の所より後ろの方で倒れているのでおそらくあのチェーンソーゴリラが蹴り飛ばしたのだろう。


「グラミスさん……済まない」


遠くで倒れているグラミスさんに向かってお礼を言う。ほぼ初対面のはずの俺を命をかけて救ってくれた。俺がいなかったら生きてたかもしれない。俺にはまた一つ死ねない理由ができた。


「……おい」


横から呼ばれる。


「……少しお前の戦いを見てた。……まぁなかなかやるじゃねぇか」


あのクソ金髪だ。血塗れのバットを持って佇んでいる。バットが武器とか一昔前の不良なのか。


「……そういうお前は雑魚狩りをしていたようだな。楽しかったか?」

「楽しくなんかねぇよ。元は同じ人間だったやつを殺すのは心が痛む」

「心は優しき不良ってか?お前みたいなのは狂ったように叫びながらヤツらを殺戮していくのが似合うぞ」

「……さっきは少し見直したがやっぱりなしだ。てめぇは気に食わねぇ」

「気が合うな。俺もだ。これ以上気が合うのは嫌だからここで殺してやろうか?」

「いいぜ、やってやろうか…?」

「おいてめぇらやめろ!」


藤木さんが止めに入る。やはりこいつとは仲良くなれそうにない。とゆうかなる気は無い。くたばれと今でも思う。


「全く、騒動が終わったというのにお前らは……とりあえず今後の方針について考えるぞ。ヤツらの襲撃のせいで食料がない。ここからは出ないと餓死してしまう」


藤木さんに無理矢理肩を押されて、座らされた。割と力が強かった。クソ金髪も同じようであぐらをかいていた。


「もう一度言うがヤツらの襲撃のせいで残っていた食料がほとんど無くなった。それにあのチェーンソー野郎がいなくなったからおそらくヤツらも普通に出入りしてくるだろう。ここにはもう居られない。ここからは移動しなければならない。どこかに行く宛てというのはないか?」

「行く宛て……というか元々行く予定だった所なら俺が通っていた高校があります」

「……よし、そこに行くか。高校なら生存者がいるかもしれない。そこならお前の彼女さんもいる可能性があるぞ」

「通っている高校が違うのでおそらくないとは思いますが……行く価値はあります」

「なら、とっとと行こうぜ、日が暮れるとヤツらを視認しずらくなる」

「いや、その前にお前らと俺の傷の手当てをしないといけねぇ」


2人が立った。僕も体を起こす。











頭と腹と肩から脇腹にかけての傷に消毒をしてから包帯を巻いた。頬に関しては絆創膏がなかったので消毒をしただけだ。


腹の傷のガムテープを見せたら、馬鹿かと言われて頭を殴られた。まぁ自分でもおかしいとは思っていたが。


あのクソ金髪は頭と肩に包帯を巻いただけだった。軽傷じゃねぇか。もっと傷がついていたら良かったのに。


藤木さんは無傷だった。血が着いていたのは全部返り血だった。超頼もしい。


それから残っていた食料をバックに詰めて学校を後にした。その際にグラミスさんの銃も借りることにした。


名前はウィンチェスターM1887。レバーアクションのショットガンだ。装弾数は5発。グラミスさんが愛用していた銃だったらしい。


映画とかで見たことはあるが、実際にこの目で見るのは初めてだ。見た目がとても滑らかでかっこいい。


藤木さんに撃ち方やリロードの仕方を少し習った。不安だがなんとかできるだろう。グラミスさんの残っていた弾は120発。大事にしていかないといけない。


警官の弾は頑張って見つければあるかもしれないがこの銃の弾はおそらく見つからないだろう。



グラミスさんが寝ている所に黙祷する。原型をある程度残して死んでしまった人はグラミスさんだけだった。


顔をできるだけくっつけて毛布を被せている。毛布を被せているのを見ると糸部さんと花蓮ちゃんを思い出す。あの人達も俺がもっと強ければ救えていた。


もうこれ以上俺の前で死者は出したくない。俺はグラミスさんに背を向けて歩き出した。隣にいる藤木さんとクソ金髪と共に。










続く

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