第2話 暗闇

家の中に戻る。突然すぎて頭がとても混乱している。あいつらはなんなんだ。わけがわからない。


夢ならさっさと覚めて欲しいが頬をつねっても、壁に頭をぶつけても、夢から覚めてくれなかった。しかし本能でこの状況がまずいことはわかった。


地震の時のために置いておいたバックを手に取る。水や食料、防寒具やマッチなどが入っている。地震以外の時で使うのは予想してなかった。


しかしこれだけでいいのかわからない。外にいるヤツらが襲ってきた時のために武器が必要だ。倒れている母を見る。さっき刺した包丁がまだ刺さっている。使うべきなのだろうがあまり使いたくない。母に刺さった包丁を抜いて、その場に捨てた。そして母に布団を被せた。


近くのタンスをあさってみるとポケットナイフを手に入れた。正直心もとないがまぁいいだろう。半袖半ズボンのパジャマだった服を脱いで長袖長ズボンの服に着替える。さっき外を見た時は尖っているものが多く散乱していたためである。死んでいる母に手を合わせた。


「……なんでこんなことに……ごめん、行ってくる」


こんなことしかできない自分が嫌になる。僕がやったのだが、せめて天国に行って欲しい。僕は玄関の扉を開けた。











外は静寂に包まれていた。さっきまでいたヤツらがどこかに消えていた。この状況は嬉しいが妙な不気味さがある。


とにかくここから離れたい。近くに僕が通っていた小学校がある。そこは地震の時の避難場所になっている。もしかしたら誰かいるのかもしれない。目的地はそこだ。僕は歩き出した。




周りを見ながらゆっくりと歩く。見た感じヤツらはいない。中腰だった体勢をあげて歩き出す。周りにガラス片やら電線が飛び散ってとても危ない。長ズボンを着ていて良かった。


手には刃を出したポケットナイフがある。いざという時はこいつで応戦する。少し気が緩んでしまいそうになるがそれでも周りに集中し続ける。



交差点の所まで来た。この道を真っ直ぐ進めば小学校に着く。しかしヤツらが現れた。交差点の真ん中に三体ほどいる。右側には五体、左側には二体いる。ここを隠れながら行くのはかなり至難の業だ。


所々壊れた車があるのでそこを隠れながらしゃがんで移動する。心臓が鳴る。この量だ。一体だけなら何とかなりそうだがこの物量だと無理そうだ。


それにさっきの母のスピードを見るに、逃げ切るということも難しそうだ。中学校時代は陸上で長距離していたがそこまで速くなかった上に今はやめてだいぶ経つ。さすがに走れない。息を潜めて静かに移動する。


目の前に警官の死体を見つけた。首元が食いちぎられており、顔に至ってはもはや無かった。顔の表面全てを噛みちぎられたようだ。見てて痛々しい。


警官の服を静かに漁る。銃を発見した。よくテレビで見るリボルバー式の拳銃。撃った形跡はないが弾は込められている。装弾数は5発。弾がもっとないか漁ってみるがどうやらないらしい。警官の人に黙祷し拳銃を懐に入れて、先に進む。


まだ気づかれてはいない。しかし車がそう都合よく何台も置いてあるわけがなく、車がなく見晴らしのいいところを通り抜けないといけなくなった。


横のヤツらには気づかれてないようだが前に進むには三体のヤツらを回避しないといけない。息を止めて進み出す。


できるだけ自分が発する音を小さくする。三体は全て左側にかたよっているので右側を進む。ここは運が良かった。息を潜めてゆっくりと着実に動く。


時折ヤツらを見ながら動く。死にたくない。母を殺したのだ。死ぬわけにはいかない。







ヤツらのうちの一体の頭が動いた。一瞬全ての細胞の動きが止まる。体が動かない。やつがゆっくりとこちらを向いてくる。死んだ。そう思った。










その瞬間さっき銃を取った警官の死体が地面に倒れた。どうやらさっき銃を取った時に体が斜めになっていて、その影響で転けたようだった。


ヤツらが一斉に死体の方に向く。その隙にそそくさと前に進む。そしてすぐに塀の後ろに隠れた。


緊張と恐怖で、吸えなかった息を大きく吸う。目の前が歪む。肩が大きく上下に動く。そして少しして、呼吸が整った後、塀の影からヤツらの方を見る。


ヤツらは僕に気づかずにそのまま動いていなかったようだ。安心で体がだれる。しかしこのままでもいけない。僕はそのまま静かに前に進んだ。




ようやく学校に着いた。時間にしてみれば10分程度だっただろうが、僕には1時間にも思えた。


校門から校舎の中に入る。とりあえず生存者はいるか確認したい。外に付けられている階段を使って2階に上がった。



体育館の扉をゆっくりと開けて覗く。その瞬間、高速の物体が右頬をを通り過ぎた。驚いて後ろの手すりに倒れかかる。


すると中から60歳前後の老人が出てきた。手には狩猟用のライフルを持っている。そのライフルをこちらに向けてきた。


「ま、待って!撃たないで!」

「うるさい……お前はではないな。さっさと入れ」

「は、はい」


なんだこの爺さんと思ったがどうやら中に入らせて貰えるようだ。


中に入るとだだっ広い体育館の中身が見えた。ほとんど通っていた時と変わらず、小学生に戻った気分になった。


辺りを見渡すと1人の少女が毛布にくるまって寝転がっていた。その子の周りには食料や水、血の着いた包帯が置かれていた。


「お前、何か手当てできる物は持ってるか?」

「え?あ、はい。ガーゼとかならあります」

「ちょっとよこせ」


カバンから出した応急処置用の箱をぶんどられる。その箱の中を開けて、雑に中身を漁る。その中から消毒とガーゼを取り出し、少女の毛布を取った。


少女の腕とふくらはぎには大きな噛みちぎられた跡があり、とても痛々しいことになっている。


「ごめんな花蓮…ちょっと痛むぞ」


爺さんは少女に消毒をふりかけた。少しビクッとしたがその痛みに我慢しているようだった。見た感じまだ10歳程度なのに強い子だ。


その後消毒を終え、ガーゼを巻いて手当を済ませた。僕はその様子を静かに見ているしかできなかった。




「……さっきは撃ってすまんな。ヤツらが来たのかと思った」


手当を終えた爺さんが話しかけてきた。


「大丈夫です。ケガはなかったので」

「そうか、ならいい」


なんか無愛想だな。感じも悪いし……。でもこの女の子を必死で助けてるんだからまぁ悪い人ではないんだろう。


「そういえば聞いてなかった。お前の名前はなんだ?」

「あぁはい、僕の名前は如月楓夜です」

「如月楓夜か、儂の名前は糸部神蔵いとべかんぞうだ」


目の前に手を出してくる。その手を握り返して握手した。握力が強くて普通に痛かった。


「この子はお孫さんですか?」


眠っている少女の方に向いて問う。


「あぁ、名前は花蓮かれん。ちょうど学校が休みで儂のところに来てたんだ…」


少女の髪を撫でる。とても大事にしているようだ。


「その子の怪我は…」

「ここに避難する時にヤツらにやられてな。儂がちょっと目を離してしまったからこんなことになってしもうた…」

「そうなんですか……」


糸部さんの悲しい顔が目に映った。


「……この状況は一体何なんでしょうか。僕が寝て起きたらこんなことになっていて…」

「儂にもわからん、気がついたら婆さんもあんな姿になっていた…まさか30年以上暮らしていた嫁も殺さなくてはならないとはな……」

「僕もさっき実の母に襲われて殺してしまいました……」

「そうか…苦労は同じということか」


空気がしんみりとする。どちらにも苦労はあるのだ。悲しみというのは人それぞれあるようだ。


「とにかくここからはあまり出ない方がいい、外にはヤツらがうろちょろしとる。こっちには食料がある。儂らの物も分けてやるからお前も分けろ。そうやって助けが来るまでここでいた方がいい」


確かにここからは出ない方がいい。しかし僕には心残りがある。桃だ。あの子が心配でならない。あの子が死んでいるかもしれない。もしかしたら外のヤツらと同じように…いや、考えたくはない。


「そうですね、そのほうがいいですよね」


とにかく助かっていることを信じて今は待つしかない。そうじゃないと精神がおかしくなりそうだった。




辺りを見渡す。体育館なのでかなり広い。人が3人しかいないととても広く感じる。


糸部さんは花蓮ちゃんの近くで銃の手入れをしている。銃も大事に扱っているようだ。銃を見ていると自分の弓を思い出す。


母に買ってもらった弓。全部のパーツを合わせるとだいたい20万円ほどしたっけな。あんなに苦労かけたのに僕は親孝行できただろうか。


母を殺したのは僕だ。親孝行なんてできてなんかないな。花蓮ちゃんには僕みたいなやつにはなってもらいたくない。














続く

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