catastrophe

アタラクシア

Hero of the Shadowルート (如月楓夜 編)

第1話 終わりの始まり

目の前に体が紫色に変色した人間のようなものがよたよたと歩いている。体はボロボロで朽ちかけており、知能も感じられない。人間の形をしているが本当に人間なのかも怪しい。そのような生命体がそこらじゅうにうじゃうじゃといる。


電線は千切れ、車は破壊され、ところどころの家は火事になっている。地獄絵図。この言葉がここまで似合うのには驚く。唖然とする。言葉が出ない。人類は僕一人だけになってしまったかのような気分になる。


周りの奴らが僕の方に目を向ける。それに気がついた僕はそっと奴らから逃げたのであった。















どこから話せばいいか分からない。何しろ本当に突然だったからね。まぁが起きる1日前ぐらいがいいだろう。


その前に自己紹介がまだだったね。僕の名前は如月楓夜きさらぎふうや。ごく普通の高校二年生さ。海洋系の高校で色々習っていて、アーチェリー部に所属している。こんなところかな。




「おっはよう!」


後ろから声をかけられる。こいつの名前は巻白一虎まきしろいちこ。一応同じクラスの友達だ。元気なやつだ。たまにうるさい。


「おはよう、朝から元気だな」

「元気が1番だからな!朝補習なんか元気がないと死んでしまう!」

「朝だからうるさすぎるとこっちはイラつくぞ」

「すまん!」


こんな会話をしながら教室に入る。机が少なく、そこまで大きくない教室が広く感じる。既に2,3人ほど教室にいるようだ。


バッグを机の上に置いて椅子に座る。最近は暑くてたまらない。バッグを背負っていると背中が蒸れてだるい。近くにある扇風機で背中を冷やす。とても気持ちが良い。ただ風邪になりそうで少し怖い。


「なぁ楓夜。今週の日曜日に近くのゲーム屋で遊ぼうぜ」


隣の席の山下太町やましたたいちが話しかけてくる。荒っぽい性格だが猫にだけは優しい。


「すまんな。日曜は彼女とデートの約束をしてる」

「まーーた彼女か。お前本当にずるいよな」

「悔しかったらお前も作れよ」

「やだよ。俺は独り身が好きなんだ」


そう。僕にはもうそれはそれは可愛い彼女がいる。名前は蒼木桃あおきもも。性格がよくて可愛くて料理もできて頭も良くてもう本当に最高の彼女だ。中学は同じだったが高校では離れ離れになってしまった。だがその後、奇跡的に再開し、色々あって付き合えることになったのだ。もちろん僕から告白した。告白が成功した時はもう目の前がバラ色になって……これ以上は話が脱線してしまうか。とにかく僕には彼女がいる。


「まぁいいよ。その代わり、また俺にも女の子紹介しろよ」

「わかったわかった考えとく」


僕は桃以外の女の子の知り合いは少ないのだがな。


「デートってどこ行くんだ?」

「山登り」

「山登り!?デートで!?」

「そんなに変か?」

「いや、別に変ってわけじゃ……渋いなお前」

「そんな偏見を持ってるから彼女が居ないんだぞ。あと、提案したのは俺の彼女からだ」


太町に小突かれた。悔しかったら彼女のひとつでも作ればいいのにね。


「おーい席つけよー」


担当の先生がやってきた。ここからは特に何もない普通の学校生活だ。長くなるから飛ばそう。




トンッ。

矢が的に当たる音がする。授業が終わり、今は部活の時間。アーチェリーは他の運動部みたく、激しく動いたりしないがなかなかに楽しい。心を落ち着かせ的に狙いを定めて撃つ。こんな簡単な動作でも点数が取れない時もある。奥深い競技だ。


「は~、さすが部長。xが3個もあるじゃねぇか」


矢取り中に話しかけてきたこの陽気な奴は江口正一えぐちしょういち。アーチェリー部の同期で僕と同じか僕以上に上手いと言われている。


「まぁな、今日はとても調子がいいからね」

「いいなー、その腕だとインターハイ出場確定だろ」

「まぁ俺が勝つけどな」


隣で撃っていた2人が話しかけてくる。片方の横にでかいやつは葉内剛はうちたけし。こいつも俺の同期でかなりアーチェリーは上手い。


その横にいる細いやつは伊崎敦貴いざきあつき。またまたこいつも同期で俺に継いでアーチェリーが上手い。


「残念だったな。今年のインターハイ出場は諦めろ。来世になったら行けるかもしれないな」

「へぇ、言うねぇ」


僕と葉内が睨み合う。別に仲が悪いわけではないが、アーチェリーのこととなると何故かいつもバチバチしてしまう。


「はいはい喧嘩はよしなさい。早く戻るよ」

「はーい」

「わかったよ...」


この小さい女の子は平野百合ひらのゆり。これまた同期でアーチェリー部の紅一点。アーチェリーの腕も僕達に全然引けを取らないほど。


まぁこんな感じの仲間と共にアーチェリーをしていたよ。このままだと部活動紹介になっちゃうね。次に行こう。








部活が終わり、自転車に乗って暗い道を走っている。暗いと言っても車はよく通るから危ない場所でもない。


「あ、楓夜!奇遇だね~」


何も考えずに走っていると聞き覚えのある声が聞こえた。


「おお、桃」

「久しぶり!」

「久しぶりと言っても2日前だがな」


この天使みたいな子が蒼木桃だ。ほんとに可愛い。


「一緒に帰ろ?」

「わかった、いいよ」


2人で並走して帰る。違反だがまぁこういう時くらい許してくれ。色々なことを話す。勉強のことや部活のこと、将来の夢のことも話した。くだらない話もした。たくさん話した。こんな時間が永遠に続けばいいと思った。


「ねぇ、楓夜は私が死にそうな時は自分の命を賭けて助けてくれる?」

「唐突だな。なんでそんなこと聞くの?」

「なんとなくだよ。気になっただけ」

「……多分助けないと思うよ。僕は自分の命が1番だし」

「え~そういうのって嘘でも『俺が命に替えても助けるよ』とかって言うんじゃないの?」

「残念ながらそんなことを言う勇気はない」

「え~」


2つの分かれ道に着く。ここからは家の方向が違うので離れることになる。楽しい時間はすぐに過ぎてしまう。


「あ~ここでお別れだね」

「おう、それじゃあまた日曜日に」

「そうだね、それじゃあまた今度」


手を軽く振り自転車のペダルを漕ぎ始める。その体はリズム良く跳ねていた。





「ただいまー」

「おかえり」


母が返してくれる。卵のいい匂いがする。今日はオムライスだろうか。


お腹を鳴らしながら手を洗い食事をした。とてもとても美味しかった。母の味はいつまでたっても最高にいい。


その後、風呂に入って疲れを取り、歯磨きをして床についた。今は最高に楽しい。明日も最高に楽しいだろうか。楽しみにしながら目を閉じた。


















目が覚めると異様な感じがした。空気が違うというかなんというか。よく分からないがとにかく変な感じだった。風邪だろうか。とりあえずリビングに行ってみることにした。


リビングには母が立っていた。普通に。いつも通りに。ただ何かが違う。何かがおかしい。


「母さん?」


話しかける。しかし応答はない。


「……母さん!」


話しかける。しかし反応はしない。母の肩を掴む。


母がゆっくりとこちらを向いてきた。腐った頬。グラグラの歯。目は溶けて液体となっており、瞼は完全に開ききっていた。ハロウィンの衣装でもここまでリアルなのはそうそうない。


言葉を失い思考が完全に停止する。そらそうだ。昨日まで普通だった母がボロボロになっているのだから。


「――アヒャアヒャひゃひゃひゃひゃひゃ!!!」


思考が停止し、何も考えられずに立ち尽くしていたその瞬間母が襲いかかってきた。母にものすごい力で押し倒され覆い被さるようになる。歯をカチカチと鳴らして僕の顔に噛み付こうとしてきた。


母と部活をしている男子高校生。普通ならば男子高校生の方が力が強いはずだ。しかしどうしても母をどかすことができない。


何とか母の顔を持って押しのけようとするが一向に動かない。仕方なく足を使って蹴り飛ばした。そのおかげで母から解放され立ち上がることができた。


飛ばされた母はすぐに体勢を立て直してこちらを睨みつけた。その顔は酷く歪になっている。


何となく自分の手のひらに目を向ける。そこにはよく分からないドロドロとした紫色の何かが着いていた。手を叩いてそれらを払い除ける。


頭が少し冷静になり辺りを見渡す。台所に目を向ける。包丁がポツンとある。母が使っていたのだろうか。母に目をやる。腰を低くして今にも襲ってきそうだ。今度襲われると払い退けることができるだろうか。包丁で母を刺す。正直絶対に嫌だ。どんなになっても相手は肉親だ。今まで大事に育ててくれた母。その母を手にかける。そんなのは嫌だ。しかし躊躇している暇なんてない――。




大きく1歩を踏み出して台所の包丁に手を伸ばす。包丁を強く握る。母がすぐそばまで迫っている。包丁を母の方向へ向ける。それと同時に目を瞑ってしまった。母親が死ぬ所なんて見たくなかったからな。



10秒くらいだっただろうか。ゆっくり目を開ける。そこには包丁の刃が頭に突き刺さっている母の姿があった。少し安堵した。呼吸は乱れて、冷静になろうとゆっくりと呼吸をする。


少し冷静になってから気づいてしまった。僕が母を殺してしまったことに。少し涙を流す。倒れている母を退けて立ち上がる。足がふらつく。とりあえず外に出て今の状況を判断しないといけない。僕は扉を開けた。



まぁこんな所かな、今までのあらすじは。ここから1番最初のところに戻る。僕はこれから始まる、地獄に足を踏み入れることになってしまったんだ。











続く

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