第123話 初恋暴露

「ただいま」


 アーニーが探索から帰宅した。


「おかえり! 息子よ!」

「……」


 扉を閉めるのも忘れて硬直するアーニー。

 テーブルの向こうでにやにや笑っている育ての親がいる。本来ならいるはずの場所のはずであった。


 どうやら宴が始まっているようで、左右にはウリカとエルゼがお酌している。そしてテーブルにはレクテナとドワーフ姉妹までお酌をしているようだ。


「じいさん……」

「昔みたいにパパと呼んでおくれよ!」

「父さんと呼ぶの嫌がったのあんたじゃねーか。じじぃ!」


 父さんと呼ぶとフレディは照れて嫌がった。

 じじぃでいいぞ、と常に言い聞かせていた。


「あれ、そうだったか」


 悪い予感しかしない。

 レクテナとイリーネが出来上がっているのだ。


「合格点はやろう。この町な」


 身構えていた頃、優しい笑みを浮かべフレディがアーニーを褒める。


「それはどうも。ようやくじいさんに褒められたか。先生たちのおかげだな」

「イリーネ殿、ロジーネ殿、レクテナ殿には本当に頭が下がる思いだ。愚息が迷惑かけていると、それだけは聞いておった。それだけしか聞いてなかったけどな!」


 それだけ、を二回繰り返し周囲にアピールするフレディ。


「いえいえ。森の隠者様の薫陶を受けた弟子を持てて、僕は大変名誉でしたよ!」


 イリーネがにこにこと杯になみなみと酒を注いでいる。フレディはかなりの酒豪であった。


「同じくです!」

「育ての親にすら連絡しない子だったのね、アーネスト君……」


 姉に同意するロジーネと、無精なアーニーに呆れるレクテナ。

 

「気遣い無用と書かれていたおかげで、苦労したんだからな!」


 学生時代を思い出し、ふつふつと怒りがこみ上げるアーニーである。


「そのおかげで、変な権威にすがらず、良い師匠を見つけることができただろ? イリーネ殿にはもっと早く挨拶するべきだったと、今ここで歓談しておって思い知ったわ」

「いやー、照れますー。フレディ殿ー」

「厳しいところが良い。甘くするだけでは育たぬからな」

「そこなんですよねー」

「こき使われただけな気がする」

「技術は雑用しながら盗むものだと教えただろ。実に理に叶っている。そも役立たずに任せるぐらいなら自分でやったほうが早いんだ。育ててもらったことにも気付かない愚か者め」

「う。それは……」

「まあまあフレディ殿。そうはいっても優秀でしたし。慕ってくれているから気になりませんよー」


 お酌しながらイリーネが言った。でれっでれの態度もかなり珍しい。よほどフレディとウマがあったのだろう。


「解放戦争の件も噂で聞いておったぞ。ついでに褒めてやろう」

「ついでかよ」

「昔のことを引っ張り出されても嫌だろ?」

「うん、まあ……」

「お三方には、まこと感謝だ」

「とんでもないですよ! 私は大変助けてもらいました」


 レクテナがきっぱり言う。ロジーネも頭を縦に振る。


「俺の居場所がよくわかったな」

「知らん。別件できたんだがな。お前がここにいて、ハーレム作っていると聞いてショックで召されそうだった」

「作ってねー。そんなことで召されるタマかよ」

「ウリカ殿を正妻に、エルゼ殿を第二夫人に?」

「う」


 そこまでバれているとは思わなかったアーニーが硬直する。


「こんな美人の娘が二人も出来て、歓喜で打ち震えている」

「嘘くせー」

「聞けば先生方も順番待ちとか」

「俺はほら、人間だから。もう増やすの無理だから」

「まぁだそれをいうか。そういってエルゼ殿を泣かしてきたんだろ」

「泣かせていません」

「泣かされた教師はむしろ私とロジーネかしらね……」

「ごめん、悪かった先生!」

「エルゼ殿の悲しい顔をみると、ヘリュを思い出すんじゃ。また繰り返すのか」

「待って。ごめん悪かったからその名前出さないで」

「まだまだ時間はある。今日はこの辺にしておいてやろう。風呂借りるよ」

「さっさといけい!」


 アーニーは疲れ果てていた。探索より自宅のほうが疲れることが多いのは何故だろう。


「アーニーさん。お話があります」


 ウリカが怖い。


「はい」


 身を固くする。フレディがいらぬことを口走ったせいか。


「エルゼがアーニーさんの初恋の人に似ていて、実は好みの女性として超ど真ん中と聞いたのですよ」

「じじぃ! てめえ!」


 思わず風呂場のほうを睨んでしまった。すでに退散済みだ。


「言っている傍から昔のことを引っ張り出しやがったな」


 顔を元に戻すと、今のリアクションで事実とわかり、目が据わったウリカと、嬉しさを隠しきれないエルゼがいた。

 アーニーがめったに見せない、改心の墓穴だ。

 肩にぽんと手が置かれた。レクテナが移動して見下ろしている。そのまま隣に座った。反対の座席にいつのまにかロジーネもいる。


 逃げ場がない。


「ほ、ほら。俺はエルフに育てられたから、他の種族の女性のこと、よくしらなかったんだよ」


 声が震えているが、事実ではある。


「エルゼに冷たい割に、邪神の使徒相手には俺はエルゼも大切で独り占めするって話に違和感感じていたんですよ。それまでアーニーさんがエルゼにデれたことなかったし。エルゼは良い子だから、私まで嬉しかったし」

「それは……」


 圧が今までにないほど高まっている。


「エルゼは初恋の人ヘリュさんに似ている?」

「じじぃ、そこまで言ったのかよ。――俺も風呂入ろうかな。親子水入らずは久しぶりだ。熱湯でもかけてこないと気が済まない」

「そんな歳でもあるまいに。入るなら私とエルゼの三人で入りましょうか。楽しいですよ?」

「怖いですよ、ウリカさん。俺はいつもウリカのことを考えているぞ」

「そこは疑っていませんから。常に私を最優先にしてくれたのは身に染みてしっていますし、エルゼに申し訳ないぐらい。でもエルゼが好みでした、ぐらい一言ぐらい言ってくれてもよかったんじゃないかなーと」

「そうですね。私もずっと。嫌われていまいか気まずい気持ちを覚えながら押しかけてしまいましたし。ウリカとは別の意味で教えて欲しかったです」

「怒っているな、二人とも」

「俺人間だからーといって、逃げ回っていたのはなんだったのかと。レクテナさん、イリーネさん、後はお任せしますやつちやつてください


 ウリカは詰問すべき人間が他にいると思い、怒るべき当事者たちに振った。


「そこでパスするのかよ!」


 レクテナとイリーネが参戦してきた。

 絡み酒である。


「ナイスパス、ウリカちゃん。そうねー。初恋がエルフ、ねえ? 聞いたことなかったよね。エルフがよくてダークエルフがだめな理由を教えてもらおうかしら?」


 酒臭い息を耳元で吹かれる。レクテナも明らかに不機嫌で恐ろしい。


「初恋とかってさ。ほら淡い思い出みたいなもんだからね? 俺6、7歳ぐらいだから! 子供の頃の思い出だから!」

「エルゼさんに似ているというのはどういうことですか? ロリ枠なら私だってオーケーですよね?」

「ロジーネ睨まないで。ふ、雰囲気が似ているぐらいだと思うけどなー」

「私、自分で言うのもなんですが仏頂面の鉄面皮で、柔らかさなど欠片もなくて初恋の対象になりにくいと思うんですが」


 エルゼが疑問をそのまま口にする。外見の容姿だけではないはずだ。アーニーがそんな男ならウリカも自分もとっくに手を出されているだろう。


「ヘリュも風みたいな女性だったんだよ。喜怒哀楽をどこかへ置き忘れてしまったようで、内に秘めた……ってもういいだろ、この話題」

「も!」


 まずイリーネがそこに突っ込んだ。悪い顔でにやにやしている。


「も、ですってよ。ウリカさん、ロジーネ」

「も、とは相当似ているということですね。へー。確かにエルゼを連想するなー」


 ウリカの圧が増す。


「風とは、ずいぶんエルフ的な表現ですよね、アーネストさん。この偽装亜人」

「風のような…… えへへ。私、そういうイメージだったのですね」


 エルゼは珍しく照れていた。


「内面に共感してくれていた、と。凄く嬉しいです。そして喜怒哀楽を置き忘れた、ですか。その方もさぞ辛いことがあったのでしょうか。本当に自分のことのようで、とても気になってきました」

「婚約者を亜人狩りで亡くした人だったんだ。それでも他者を恨まず、自分をどこか責め続けているような。そんな人だった」

「ああ…… 知りたいです。切実に」


 エルゼも両親を亜人狩りで無くしている。とても他人事とは思えなかった。

 自分がいたから両親が死に、兄が苦労した。そう思ったことも一度や二度ではないのだ。


「もういいだろ。なんでそんなに気になるんだよ、みんな」

「それはですね。きっとまだ壁みたいなものを少し感じるのです。こんなに仲良くなれた、今でも」


 ウリカが胸の内を打ち明けた。


「だから少しでも知りたいし、知って欲しいのです。ちなみに私の初恋はアーニーさんと出会った時ですから、安心してくださいね」

「あの時なんだ? って、ウリカに壁を感じさせていることはゆゆしき事態だな」

「私たちなんて三人がかりでも無理だったしねー」

「あーもう。今からじじぃを殴ってくる!」

「逃がしません!」


 詰問はフレディが風呂からあがるまで続き、さらなる爆弾を投下されアーニーが翌日寝込むほどのものだった。


 それは、『エルフになれないと泣いていた幼少期』事件をばらされてしまったのだ。

 まさに質の悪い酒宴の、典型のような暴露だ。


 翌日、ウリカが付きっきりでアーニーを看病する羽目になった。


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