第122話 義父の来訪

 冬の厳しさもようやく薄れ、春の気配がする季節。

 冒険者たちも活動を再開する。


 迷宮に赴くもの。モンスター討伐に赴く者、それぞれだ。

 ウリカとエルゼは、二人で冒険者組合の酒場にいた。


 二人が談笑していると、声をかける者がいた。

 地元のもとはまず声を掛けない。この美少女二人がいかに特別な人物か知らない者はいないのだ。


 他の冒険者も不届き者の顔を確認したが、元に戻る。

 どうみても変な目的ではない。初老の男性だったからだ。


「お二人さん。旅の者だがお話いいかね」

「どうぞ。おじさん!」

「おじさんとは嬉しいこと言ってくれるね。じじぃでいいんだぞ」

「いえ。おじいさんには見えませんから」


 ウリカが元気よく答え、エルフも渋い顔を緩めた。


「ありがとう。お嬢さん。儂はアルフレッド、フレディと呼んでおくれ」

「はい。私はウリカです」

「私はエルゼです。同胞の方」


 二人は挨拶を交わす。失礼、といってアルはパイプを吹かし始めた。


「良い町だな、ここは。多くの種族がいて、文明と森が調和を為しておる」

「そういわれると嬉しいですね」

「ええ。誇りです」


 エルゼも、旅のエルフの感想にアーニーを誇らしく思う。。


「二人とも素直な良いお嬢さんだ。是非どちらかうちの孫の嫁にきて欲しいぐらいじゃ。孫はエルフではないがいい奴じゃぞ」

「ふふ。嬉しいことをいってくれますが、私たちには婚約者がいるのです」

「二人ともかい?! 実に残念じゃ。ところでエルゼ殿」

「はい。なんでしょう?」

「この町におばばがおると聞いておる。場所を教えてくれないか。古い知り合いでの」

「おばばに? はい。では私が案内しましょう」

「私も行くよ!」

「お言葉に甘えるとしよう」

「おばばに会いにきたのですか?」

「そうじゃな。それと弟子が生まれたようで、その弟子とは初対面というところか」

「会ったことがないのに弟子ですか?」

「そうなるな。特殊な事案だったからおばばと話がしたいわけだ。その弟子のことを聞かないと」

「そうですね。おばばはこの町のエルフには詳しいです。お弟子さんがエルフなら、きっと助けになるでしょう」


 二人はエルフの居住区画に向かう。おばばと長がちょうど揃っていた。

 何か予感があったらしい。


「おばば、客人をお連れしました。あれ長まで」

「おばばにちょうど呼ばれいてな。その方は?」

「旅人のフレディさんです。フレディさん。この町のエルフ族のおばばに、長のお二人です」

「久しいのビティ! 息災だったか?」

 おばばの本名を知っている者は少ない。長はかしこまった。

 その声を聞いたおばばは跪き、両手を握りしめ祈るような形を取り、涙を流し始めた。


「おう……おう…… これは【森の隠者】様…… こたびの生でまたお逢いできるとは夢にも思わなかったですじゃ……」


 ウリカとエルゼ、長も固まった。

 生きている伝説、そしてアーニーの育て親が目の前にいるのだ。


「おおげさだな、ビティは」

「何を仰る…… アルフレッド様はまっことお変わりなく…… 私はしわくちゃになってしまいました…… お恥ずかしい」

「歳を取って何が恥ずかしいものか。ほら、こうすると昔と何も変わらぬ」


 フレッドはおばばの手を取り、立ち上がらせた。

 おばばの顔が歓喜に満ちる。


「ありがとうございます…… これもアーニー様とエルゼのおかげですじゃ」

「何。不詳の息子を知っているのか」

「何を。この町を発展させている人物はアーニー様ですぞ。我ら、隠者様の教えを受けたアーニー様に導かれております」

「アーニーがこの町にいるのか? まじで?」


 森の隠者、口調が軽い。まったく知らなかった様子だ。


「はい。昨年よりウリカ様とご一緒に。アーニー様がこの名も無き街に移住していらい全てが良い方向に向かっております」

「本当か〜」

「本当ですとも! 私たちは彼がエルフだと思っております!」


 懐疑的な森の隠者に対し、長が割って入ってフォローする。

 エルゼを精霊使いまで導いたアーニーは、彼らのなかで完全にエルフとなっていた。


「そ、そうか? まあ、あいつの心の在り方はエルフだろうがなあ。しかしなあ」


 あまりの剣幕に、森の隠者が口ごもる。

 思わずエルゼの口の端がゆがむ。長と同席時に、森の隠者から言質は取った。もはやエルフ確定だ。


「あの、森の隠者様!」

「畏まらなくていいぞ、ウリカ殿。フレディって呼んでくれ」

「はい。ではフレディさん…… そのお義父様と呼んだ方がいいかもしれないですが」

「お義父様?!」

「はい。私はアーニーさんの婚約者です。先ほどのお話、謹んでお受けいたしますね」

「え、本当に? おまえさん、赤い瞳の――高貴な血筋よな。しかも歳の差があると思うが」


 森の隠者は赤い瞳の、ウリカの素性を見抜いていた。


「さすがお義父様。愛の前には血筋や歳の差など関係がなく」

「あいつ、相変わらずやらかしとるな」

「あの、隠者様!」

「おお、エルゼ殿。済まない。こちらで盛り上がってしまい。何も聞いていなかったもので」

「わ、私もアーニーの婚約者なのです。その私は第二夫人的な立場になりますが。先のお話、謹んでお受けいたします。お義父様」

「はあ? 第二夫人? エルフ族のなかでもとびっきりの美少女の部類だと思うんだが。 いいのかビティ? 長? 銀の髪の乙女はエルフでも稀少だろう」


 エルフは基本一夫一妻だ。

 本人が望んでも周囲が許しはしないだろうと踏んだのだ。

 森の隠者は明らかに混乱していた。


「この町のエルフ族全ての公認でございます。隠者様」


 長が重々しく口を開く。


「えー」


 森の隠者は不満げだ。あの息子にもったいない、といったところか。


「あとで私たちの家に案内いたしますね。お義父様」

「よろしく頼むよ。あいつとはもう二十年はあっておらん」

「はい!」

「そも、今回の訪問はアーニーと一切関係なくてな。この町で精霊使いが誕生したので導く必要があると、アトラスが教えてくれたんじゃ」

「それはもしや、この町で新たに生まれた?」

「やはり精霊使いがいるんじゃな」

「はい。私です…… 先日なったばかりです」


 消え入るような声で、エルゼが小さく手を上げた。

 森の隠者は目を丸くし、微笑んだ。


「……もう何が何やら」

「アーニーの導きで、私は精霊使いになれました」

「アーニーを無理して持ち上げなくていいんだぞ。エルゼ殿。惚れた弱みか?」


 彼の知っているアーニーと、エルフたちが持ち上げるアーニーが別人な気がしてならない森の隠者。


「いえ、とんでもない。アーニーはウリカに夢中で。私、必死に振り向いて欲しくて。最近ようやく打ち解けてきたぐらいです」

「それはどうじゃろ…… おぬし、あやつの初恋の女性に似ておるしのぅ。アーニーの好み的にも超ど真ん中だからよほど照れておったか、人間であることを気にしておったか…… 両方かの」

「詳しく! お義父様!」

「おっと口を滑らせてしもうたわ」


 ウリカちエルゼの鋭い叫びに、慌てて口を塞ぐ隠者。しかしどこか目が笑っている。

 超がつくほど真ん中とは…… エルゼは澄ましているが歓喜を隠し切れていない。浮かれている。


 ウリカはそんなそぶりを一回も見せたことがないアーニーに苛立ちを隠しきれない。嫉妬とはわかっている。

 何せ、エルゼをことあるごとにティーダ-の実家に返そうと画策し、エルフが実は嫌いなのかと思わせるほどだ。イリーネが亜人嫌いじゃないといっても信じられなかった。

 ウリカを想うあまり、エルゼを追い出そうとしていた可能性は高い。相思相愛になる可能性を避けようとしていた。


(それはわかる。だけど)


 むしろ、好きの裏返しであれば、とんでもないライバルを身近においていたことになる。アーニーを信じているし、エルゼは大好きだが、それとこれとは話が別だ。


 ロジーネとレクテナを巻き込んだ連合を組んで攻めるしかない。ウリカは覚悟した。


 考え込むウリカと顔を紅くして舞い上がってしまったエルゼに、森の隠者がおばばと長老に助けを求めるような視線を送った。


「ビティに長よ。不肖の息子が非常に迷惑かけている気がしてきたぞ……」

「とんでもない。森の隠者様の名に恥じない、立派なご子息でございますぞ」

「あいつが森の隠者の名を使いたがるとは思えないから…… まあ、あの手抜き男がそこそこやってるということか」

「森の隠者様。本日はアーニー様のお宅に行かれるでしょうから、後日この町のエルフ族の歓待もお受けいただきたい」

「うむ。しばらくいるつもりだ。頼むよ。二人とも」

「私は嬉しゅうございます。長生きはするものですじゃ」

「古い馴染みが少なくなることは寂しいな、ヒディ。後日ゆっくり昔話もしようか」

「喜んで」


 三人はおばばの家をでて、自宅に向かった。


「エルゼ……これは緊急招集の必要があるね」

「わかりました、ウリカ。女子会メンバーですね」

「女子会メンバー? 女性陣囲っておるのか、あいつは」

「ええ。【巨匠】に【達人】、大物の亜人にモテています」

「まじかー」

「お義父様を歓迎します、私たち。今日は皆で飲みましょう!」

「うむ。大変華のある飲み会になりそうで楽しみだ」


 飄々と言ってのける森の隠者に、エルゼはくすっと笑った。そういえば彼女のことをとびっきりの美少女と言い切った。エルフは普通、そこまで言わない。

 アーニーとは違い、飄々とした性格で、どうやら女好きのようだった。


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