第114話 建国構想――国家主権
第三王子セオドアとマレックの会談は当日夜に行われた。
同席者はアーニーのみ。
ソファに座っている人物はマレックとアーニー。反対側にセオドアだ。
セオドアの挨拶と正式な謝罪、そして王の書簡が渡された。
王子自らの来訪にマレックも驚いたが、それ以上にアーニーを兄さんと慕う王子をみて、呆れた視線をアーニーに向けている。
アーニーはそっと視線を逸らすことが精一杯だった。
「ロドニーは市中引き回しの上、
王都市街を馬に乗せられ周回し、さらし者に。その後刑されたのだ。
「ありがとうございます。王としても名も無き町との対立を望んでおりません。賠償金という問題になりますので、三年の無税で講和を希望しております」
「少なくないか? 五年が妥当だろう」
「では、無税期間五年で。私の権限で条約を執行いたします」
即座に承諾したセオドアは書面を取り出し、サインする。マレックも同様にサインを行い、賠償問題も解決された。
「これで野暮用も済んだってところか。俺は帰っていいかな?」
アーニーが二人に聞いた。
「いえ。これからが本題でして」
「帰りたかった」
「どんな要件かな?」
「単刀直入にいいましょうか。僕はこの名も無き町が欲しい」
沈黙が降りた。
アーニーがぎょっとしてマレックをみる。意外なことにマレックは微笑を浮かべていた。
「マレック、怒らないのか?」
「第三王子セオドア——私も聞いている。大変聡明な王子だと。そしてロドニーの真相も知っているはず。何か考えがあるはずだ。まずは話を聞こう。くだらなかったら怒るがね」
「お前どうして」
まさか自分がいるから、とは言うまい。そこまで愚かな男ではない。
「続けたまえ」
マレックに促され、テディはにっこりと笑った。
「ありがとうございます。町が欲しいと言っても大義名分的なことでして。私はこの町が欲しい。そして、公国として成立させたいのです」
「——町一つで国は無理だ」
「何を仰る。すでにこの町は首都機能に近いものを持っている。近いうちにこの町を中心に、多くの村が生まれ、やがて都市へと育つでしょう」
「では国を作る目的はなんだ? それこそ王国にメリットはないだろう」
「王国は関係ありません。亜人の国を作るのです」
再度、沈黙が降りた。
「国の成立に必要なものは、主権、人、領地。主権を手に入れることでこの町は国として成立します」
「可能なのかね」
「統治権をもって政治的にグフィーネ王国より独立できます。公国としてグフィーネ王国に属しますが。僕が代表になることで、血統的なものや正当性は確保できるでしょう」
「他の国家も他国の王族を向かい入れ、正当化する場合があるな」
「その通りです」
「ほかに必要なものは?」
「すでに揃っていますよ。独立できるほどの経済性。災害級の闇の飛龍を討伐し【大暴走】を撃退できるほどの軍事力。王に謝罪させるほどの政治力」
「――亜人を守るための公国。案は悪くない」
「マレック様はそのままこの町を治めていただければよいのです。僕はちょっと大きめの屋敷でそれらしくすればよいですから。爵位でいえば公爵になりますか」
「君は何故そのようなことを? 君のメリットはあまりないように思える」
「ありますよ。我が身の振り方をさっさと決めてしまいたいのです。王位など興味ないのに長兄次兄の嫉妬が凄くて、いつ殺されるやら。ならばこの命が無くなる前に兄さんや先生たちのいるこの町の力になるためにも、最善の案を考えたのです」
「この町が栄えたら、それはそれで恨みを買うかもだぞ?」
そのとき初めて悪い顔の笑みが、テディに浮かんだ。
「——だから王国にも帝国にも負けない亜人の国を作る必要がありましょう? そのための主権確立と、暴力装置たる軍隊です」
暴力装置という言葉は政治用語の一種だ。国家の暴力装置が作動しなければ、国は守れない。
「この町は条約を結ぶこともできるし、それをもって帝国相手にも同格の主権をもつことになる。もちろん王国にも」
「悪くはない。悪くないな」
マレックはこの町を国にしようと思ったことはない。
しかし、主権が確立できるなら——亜人たちを守れる場所。ウリカの両親が描いた夢の実現。
セオドアは遠い目をした。いつかみた光景を思い出し、長年抱いていた想いをマレックに告白する。
「兄さんについて亜人解放戦争に参加しました。まだ10歳にも満たない僕には衝撃的でした。長生きだからといって、殺される人々。生け捕りにあうエルフ。両足を切り落とされて物を作るだけの装置にされたドワーフ。人を食べないために自決したハイオーガ。色んな亜人をみました」
「——悲惨な戦争とは聞いている」
「兄さんも同じ光景をみていました。悪いこともしてないのに、酷いよな。だから、できる範囲で守りたいなあと兄さんは呟いて。そして一夜城を作り、数少ない義勇兵をまとめあげ、亜人たちを助けた。今でも僕の心に残っています」
アーニーも無言。居心地が悪そうだった。マレックはそんなアーニーとセオドアをみて、薄く微笑んだ。
「それが原点かね」
「はい。だからこそ僕は、古代将軍〔インペラトル〕になる道を選んだのです」
「インペラトルだと? 君がか?!」
マレックが驚愕した。彼が生きた時代の将軍の能力だ。スキルはよく知っている。
「そうです。僕はいわば爆弾なんですよ。このまま、ですとね。まさか国一つ左右するスキルになるとは思わなくて」
「——だからこそ、闇の飛龍を撃退できた」
「アーニー。お前五回行動になったか」
「ああ」
マレックは目を瞑り熟考する。
「〔エンペラー〕になることもできるぞ? グフィーネ王国の王になり、全権を駆使し、周辺国に攻め入れば、大帝国を興せる。君ほどの人物であれば、兄二人を退けるなど容易いはずだ」
「望みません」
「そうか。——しかし第三王子を迎えるとなると、ウリカをやるわけにはいかないしな」
「そんな恐ろしいことをいわないでください。いっそ妹を兄さんの妾にしようかなと思いましたが。兄さんを王に。ウリカさんが妃で」
「頼むからやめてください。お願いします」
「町長を嫌がる男が王になどなるわけがない」
マレックが苦笑した。テディは本気のようで、じっとアーニーを見ている。
「父君はその話を存じているのかね?」
「いえ、知りません。闇の飛龍討伐中に思いついたのでですから」
「なんでまた」
アーニーが呆れた。あの死闘中、テディの負担は相当だったはずだ。
「どこの世界に【
「確かに神々の接続障害のなか、これだけの実績を残したのだ。何かに利用しないと、勿体ないな」
マレックは満足げだ。
眼の前の若者は大きな有望株だ。
「君の考えはわかった。私としても検討させてもらおう」
「ありがとうございます」
二人の階段は終わった。先にセオドアは退出した。
「亜人の国、か」
「すまないな。俺の弟分がとんでもないことを言い出して」
「何。彼にこの街を任せるのも一興だ」
「本気か?」
「本気だとも。常々いっているだろう。不死者に統治させるなと。そうだな。私は学校の校長に専念するよ。隠居生活としては最上だ」
「セオドアは悪い奴じゃない。ただ、発想が普通の王族と違うんだ」
「切れ者だな。魔法帝国なら即刻暗殺対象になりそうな男だ。命を狙われるというのも頷ける。お前が連れてくる連中は面白い者ばかりだ」
「誰一人呼んでないんだがな」
「人徳かね? しかしこの町も私がいなくなった場合のことも考えねばならん。セオドアとお前がいたら、杞憂もない」
「おいおい、消えるようなフラグ立てないでくれ。接続障害で気が滅入っているのか?」
「そうかもな? 彼個人の資質は心配はしていない。彼がお前と、そしてウリカのデメリットになるようなことはすまい。だから安心できるのだ」
この町の未来を思ってマレックは考えた。
一人の冒険者によって、道しるべが生まれようとしていた。
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