第100話 簒奪者の末路

 タトルの大森林は静寂に包まれていた。

 アーニーは一人、【鋼の牡牛】たちが根城にしていた城塞の焼け跡にやってきた。


 その場には誰もいない。そう思われたが、人影が動いた。

 復活水晶の台座を背に、座り込んでいる男が一人だけいる。


 男というよりは老人だろうか。髪は真っ白であり、顔には深い皺が刻み込まれている。泣き叫び続けた結果だが、ひどく老けて見えた。

 歯は折られ、右腕と右脚は乱暴にひきちぎられ、左腕は変な方向に曲がっている。股間が血に染まっていた。


 水晶はすでに消滅している。【城塞戦】は終了したのだ。


「逃げもしないか。いい度胸だ」


 アーニーが仰向けに倒れている男を見下ろしている。


「……動けないんだ。鎧が重くて動けないんだ」


 かすれた声。折れた前歯からひゅーひゅーと荒い呼吸音を漏らしている。

 レベルが下がり続け、防具を装備するための必要なパラメータに届かなくなってしまったのだ。重量オーバー状態だ。この男も消失ロストが見えかけたほど、殺さている。

 男は涙ぐんでいた。別人のように老けているが、かれこそ【鋼の雄牛】リーダー、ロドニーだった。


 アーニーが周囲を見回した。


「お前以外、いないな。【城塞戦】終了は驚いたが、パーティメンバーさえいなければ、当然か」


 チームは脱退か消滅で解散される。もはや【鋼の雄牛】は成立するほどのメンガーがおらず、【城塞戦】は終了した。


「ドルフは俺の眼前で発狂して【消失ロスト】した。残りは全員、悪魔が森に連れ去っていった……」


 【城塞戦】はチームとチームの抗争である。片方がチームとして維持できなければ終了する。


「ひ、ひどい…… お前らは悪魔だ」


 アーニーが白髪をつかみ上げ、睨みつける。


「数の暴力で蹂躙しようとしていたやつは、どこのどいつだ?」

 

 怒気を隠さず問い詰めるアーニー。


「ここまでやる必要ないじゃないか」

「お前は俺の【消失】を狙い、まわりの連中は女たちをおもちゃにする予定だったろ?」

「だってぇ…… 欲しかったんだもん……」


 ぐすぐすと泣き始めた。

 ロドニーの幼児退行化が始まっていた。


「わ、わざと勝利条件を設定しなかったんだろ? 【城塞戦】を受けてMPKを狙ったんだろ? デスペナから逃げられないように!」

「なんでもありだから面白い。大所帯だと大変だよな? どこかのだれかさんのセリフだ。そっくりお返ししたまでだ」

「最初から【城塞戦】なんてするつもりなかったんだ! 卑怯だ!」

『「その通りだが何か問題でも? 俺が勝利条件を設定しなかったことをお前らはほくそえんで喜んでいただろう?」』


 アーニーと守護遊霊が同時に言った。

 ロドニーはこたえることができなかった。ただ泣くだけだ。

 実際その通りだからだ。


『「お前は自分の欲望だけで俺からすべてを奪おうとした。俺達は決してお前たちを許さない」』


 ロドニーは泣きじゃくるだけだった。


『「お前の守護遊霊は俺に直接喧嘩を売ったんだ。お前の意思と同調してな。地位、数、能力、仕様の穴すべてを使ってきやがった――俺が大嫌いなやり方で、だ。弱者の報復と知れ」』

「誰が弱者だよぅ……」


 ロドニーの守護遊霊はもう彼の呼びかけには応じようとしない。匙を投げ、ロドニーを見捨てたのだ。もうこの世界に干渉することはないだろう。現実世界の言葉にある【引退ゲームリタイア】と呼ばれるものだった。


『「200対16の戦争吹っ掛けておいてか? 降参は許されず、問答無用の【賭けアンティ】を成立させておいてか?」』

「欲しかったんだもん…… 今までは手に入ったんだもん……」

『「今回は手に入らず、反撃を受けた。それだけだ」』


 アーニーは立ち上がり、その場を去ろうとした。

 殺されると思っていたロドニーが声をからして絶叫する。


「殺してくれよ!」


 ロドニーが叫んだ。このまま生き延びたとしても、過酷な人生となるしかない。


「いっただろ彼女が。簒奪者には永劫の苦痛を、ってな」

「殺せよ!」

「お前にはまだまだやることがいっぱいあるだろ? 王都に戻って大量失踪の件を報告しなければいけないだろ?」

「そんな…… お前らが。いいや、お前がやったんじゃないか!」

「俺たちは【城塞戦】に巻き込まれただけさ。すべてにおいてお前の責任だ」

「待て。待ってぇ!」


 立ち去ろうとするアーニーを追いかけることは叶わなかった。

 鋼鉄の鎧が重すぎて動けない。


「【鋼の牡牛】のリーダーとして、最後まで責任を持て」


 悲痛な懇願が背後から聞こえてきたが、アーニーは振り返らなかった。


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