第99話 血染めの月に謳う花嫁

 燃え盛る【鋼の牡牛】の城塞を見届け、彼等は【タトルの城塞】に戻った。


「おかえりなさい!」


 留守番だったウリカが彼らを迎えた。


「ただいま。ああ、ウリカ。【鋼の牡牛】のリーダーには決着を付けた」


 ウリカは無言でアーニーの胸に飛び込んだ。嬉しさで涙目になっている。


「おおっと」


 そのまま抱きしめる。


「ありがとうございます」


 はにかみながら顔を赤くする。


「最後の仕上げは、ウリカだからな」

「本当に、やるんですか?」


 顔を赤くする。兼ねてからの計画は彼女にとって気恥ずかしいものだった。


「もちろん。マレックも守護遊霊もノリノリだったろ?」

「ちょっと恥ずかしいです…… でも、わかりました! 私が発端ですしね!」


 ウリカは決意を新たにする。


「こちらは用意完了です」

「同じく」


 ロジーネとレクテナが待機している。


「ほら、準備を」


 アーニーに背中を押され、ウリカたちが別室に消えていった。


「アーネスト君。君もね。計画ちょっと変更あったんだよねー」


 これまでにない邪悪な笑みを浮かべたイリーネに捕まった


「え? ちょい、待っ……」


 同様に意地の悪い笑みを浮かべたニックに羽交い締めされ、アーニーもまた違う部屋に連行された。


  

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 【鋼の牡牛】の冒険者たちは燃え続けた。

 全員ではない。主要メンバーたち全員とローブ職だ。

 何をどうやっても鎮火することはできなかった。


 僥倖にも外にいた周囲のメンバーたちは、ただ沈静化を祈り火勢の衰えを祈るしかなかった。


「もう何も残ってない……」


 虚ろな声で一人の冒険者が呟く。


 火が収まった時刻は夕暮れだった。

 そのころには城壁さえも燃え崩れ、残ったものは焼け跡のみだった


 焼け落ちた廃墟で、幾人の人間が突っ伏していた。起き上がる気力もない。

 焦土のなかを座っている冒険者もいる。


 朝からだった。早朝殺されたものは、夕方まで死に続けたのだ。

 何度死んだか数えた人間はいなかった。それぐらい死んでは蘇生を繰り返した。


 そして、ついに蘇ることが叶わなかったものも出た。【消失】だ。

 多くは治癒士系や術士系だった。

 火災による死亡は、通常のデスペナルティを負う。


「もうすぐ夜が来るな……」


 誰かがつぶやいた。


 森に逃亡した人間も、いつのまにか城塞跡地に戻ってきた。

 森に潜伏していても、徘徊する魔物に殺されるだけだ。


 もはや口論すら起きない。

 みな、沈黙していた。


 闇の帳が降りる――


 無気力でも生存のために努力したものがいた。

 火をおこし、その種火を皆に分け与える。


 かがり火がぽつんぽつんとつき、各々火を囲んだ。


 満月がまぶしいほどの夜。

 不気味な程、赤い月――血染めの月ブラツドムーン


「こんばんわ」


 朗々とした声が轟いた。


 場違いなほどに美しい貴族風の青年がそこにいた。純白のドレスを着た、美しい少女を抱き抱えている。まるで新郎と新婦のようだ。


「動かないでください」


 男が言った。


 全員、動けなくなった。抵抗する気力も、もはやなかった。

 正体はわかっている。――彼らが名付けた名で、殺戮の悪魔だ。


「あ……あ……」


 無気力だったロドニーが立ち上がり、よろよろと青年に近づいていく。


「お前……」


 少女を指差す。。


「こんばんわ。【鋼の牡牛】のリーダー様」


 少女――ウリカが言った。


「あの男です。私を無理やり迷宮に連れていって放置した挙句、この町に来て拉致しようとした方です」


 青年――マレックに向かって、甘えるように言った。


「そうか」

「私を手に入れたら、あなたたちの勝利ですよ」


 ウリカが眼下のロドニーに告げた。


「あ、悪魔ー! 寄越せ! その女を寄越せ!」


 狂ったように叫んでいた。――もう狂っているのかもしれない。


「そう仰られておられます。どうなされますか? ――お父様」


 小首を傾げながら、彼女は己の父に問うた。


「は……?」


 ロドニーが間抜けな声を出す。【鋼の牡牛】の面々は茫然と自分たちのリーダーを見た。


 冒険者たちも固まっていた。恐怖で泣き出すものも出た。

 自分たちが手を出そうとした存在の恐ろしさに、はじめて気付いたのだ。


 夜の悪魔が、モンスターが彼らに殺意を向けた理由が、明らかになった。


 禁足地と言った者は誰だったか――


「私を欲し、お父様が愛するポーラ様を足蹴にし、殺害せんとしました。あの町のすべてを要求されておられます。彼は私たちの町を治め、女は性奴隷に。男は労働力に。財産は略奪するそうですよ?」

「そうかそうか。私のすべてが欲しいか。彼らは」


 鷹揚に頷いてみせるマレック。


 ロドニーを呪う怨嗟の声があちこちから漏れ始める。


「お前は何を望む? 愛おしい我が娘よ」


 嬉しそうにウリカはマレックの頬にキスをし、【鋼の雄牛】チームの面々を冷たい瞳で見下ろした。

 ウリカは謳うように、語り出す。


「――身の程を弁えない愚者に絶望と死を。力に溺れる簒奪者には永劫の苦痛を。そう思いませんか? お父様」


 それは紛うこと無き死刑宣告。

 当事者たる者が発言する重み。


 すすり泣く声が増えた。我が身の末路を悟ったのだ。


「その通りだ。我が愛娘よ。私もその処置が妥当だと思う。なあ? そう思うだろう。【鋼の牡牛】のおのおの方」


 誰も返事はできない。へスターも絶望のあまり静かに泣き出した。


「アーネストはいるか!」


 マレックが背後に声をかけた。


「ここに」


 どこから現れたのか。

 すっとマレックの背後からアーニーが現れる。ウリカと同様、純白の衣装に身を包んでいる。片膝をついていた。誰もが悟る。真の花婿はこの男だと。


「我が娘を頼む」

「は。命に代えましても」

「アーネスト。共に同じ道を歩みましょう」

「わが命果てようとも、魂は永久にウリカ様とご一緒いたします」


 そっと抱えるウリカに口づけをし、ウリカは彼の背に手を回した。

 満足そうに頷くマレック。


 場違いすぎる結婚式のような光景。幸せそうなウリカのはにかんだ笑顔が、惨めな彼らをより惨めにする。


「嬉しいです。私の魂も永久に貴方のお傍に。――お父様。あとはよろしく頼みます」


 ドレスのウリカを恭しく受け取り抱きかかえ、アーニーは立ち上がる。


「マレック様。これにて」

「我が娘、幸せにせよ」

「我が名と血染めの月に誓いましょう」


 すっと、彼らの姿は掻き消えた。

 追いかける者はいなかった。


「彼等とは【城塞戦】で決着がつくまでやりあってもらうとして――」


 冷酷な微笑が浮かんでいる。


「今から、私の街を奪おうとする侵略者たる君たちと、私の戦いを行おう。戦争だな。なぁに。夜は長い。君たちは何度でも蘇ることができる。【城塞戦】でね。鏖殺には頃良い月でもある」


 復活水晶を指す。

 今では忌々しい水晶に過ぎない。

 さながらモンスターハウスで無間復活することを強制する、呪いそのものだ。


「どのみち、この城塞戦がなくても武力で攻撃を仕掛けるつもりだったんだろう? 結果は一緒だ。死ぬか【消滅】するかの違いだ」


 冒険者たちの言い訳は通用しない。

 ロドニーは確かに、彼らが名もなき町を襲撃する話を宣言したからだ。


「好都合なことに血染めの月の下では、私の配下たちも無限に湧き出るのだよ。死なない君たちと良い勝負だろ?」


 パチンと指を鳴らす。

 死霊の騎士が、闇の獣たちが――森の中から現れた。冒険者たちを包囲する。


 冒険者たちがよろよろと剣を持って立ち上がる。

 もう戦意はほとんど残っていない。少しでも命運を長引かせるための、最後の抵抗だった。


「昼は彼らと、夜は私と――さあ踊ろうじゃないか!虫けらども! 簒奪者に呪いあれ。神々が許しても私が許さん!」


 マレックが見せた憤怒の視線を浴びただけだけで、即死した冒険者がいた。それはまさに魔王の降臨。


 【鋼の牡牛】の、最後の夜が始まった。


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