第86話 ひねもす空で啼きますはああ雲の子だ、雲雀奴だ

 夜明けを迎え、ひばりの声が囀り響く朝を告げる。

 全員早めに就寝し、快調そのもの。緊張感がなさすぎて皆困惑するほどだ。


「うーん、城塞戦最中とは思えませんなあ」


 朝は軽めに取ることにしている。

 カミシロが実感を呟いた。


「まだまだ序盤だからな。暴れたい人挙手してくれ」


 アーニーが間延びしながらみなに尋ねる。


 全員威勢良く手を挙げた。


「うん。わかった。では敵に手のうちをみせるか」

「というと?」

 イリーネが小首をかしげた。


「この【タトルの城塞】の城門を開いて、中を見せてあげようかなと」

「え?」

「彼我の戦力差の認識は大事だよな。殺されてもすぐに復活できるし。とくにこの大部屋は見せてやりたいな」

「本気状態の?」

「もちろん! 俺たちが城塞戦をする気があるって相手に認識してもらわないとな。マレックが夜明け前に報告きてな。愉悦っていってたからな。相当暴れてたみたいだ」

「あーあー」


 ポーラが呆れながら笑った。

 何が起きたか察しがついたのだ。マレックが愉悦に浸るほど大暴れしたのなら、敵冒険者はさぞ惨状を極めた状態だろう。


「敵が賢かったら様子見なんだろうけどな」

「馬鹿だったら?」

「森から昨日の集団で進軍かな。範囲魔法に警戒して固まってはいないだろう」

「中にいれる必要がわかりません」


 ジャンヌが考え込む。


「単純な話だ。逃げられないようにするためだよ」

「わざと開けて、門を閉じると?」

「そう。あとはみんなが暴れて好きにするといい。俺たちは籠城戦に持ち込みたいと思わせることが大事だ」

「なるほど!」


 あえて堅牢な【タトルの城塞】を見せることで、攻勢はないと思わせるのだ。


「もちろん、入る前に数は減らしてもらうけどな。ポーラとコンラート、城壁上は任せたぞ」

「あいよ!」

「お任せあれ。一人でも多く減らして見せましょう」

「ウリカとエルゼは二人のサポート」

「はい!」


 MP支援ができる二人も忙しい。


「レクテナ先生はこの復活水晶の大部屋に入ってきた奴を攻撃して」

「任せなさい」

「他の皆は入ってきた奴を見つけ次第殺せば良い。頼んだ!」

「おう!」


 前衛陣が気合いをいれた。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 



 【鋼の雄牛】の軍勢は、正午過ぎに森から侵攻してきた。

 魔法や火矢を壁に打ち込んでくるが、強化された城壁は傷一つ付かない。


「どこが掘っ立て小屋だよ! 俺たちの城塞より百倍堅牢じゃねえか! 鋼か何かで出来てねえかあれ」

「幻影のブラフっていってやがったよな。ふざけるなよ。あれが幻影なら俺たち全員幻影だ」


 あまりの要塞の堅牢さに悲鳴を上げていた。


 適度に範囲魔法を打ち込むポーラと、主にローブ職を狙って狙撃するコンロート。頭上のため、彼らに反撃は届かない。


 高所の利を存分に利用して、敵は瞬く間に数を減らす。

 魔法攻撃は痛いが、ポーラは魔法抵抗力が極めて高い。打ち合いなら余裕で分があった。魔法を警戒し、慎重になる【鋼の雄牛】指揮下の冒険者たち。

 タトルの城塞城門が開いた。


 驚いた軍勢はしばし躊躇した。

 戦場が膠着する。あからさまな罠だ。


「い、いくか?」

「あなたたちから行きなさいよ」


 しかし、目的はこの城塞の制圧だ。

 彼らはパーティごとに順番を決め、突入を決意する。

 重装備を中心としたパーティが先陣を切るのだ。


 重装の人間が二人、待ち構えていた。

 イリーネとユキナだった。

 二人とも長柄を構えている。


「はい!」


 イリーネが横薙ぎに振るう。

 背の小さいドワーフの突き刺し。彼らは腹部から血を流して突っ伏した。

 後続は覚悟だったのだろう。仲間を踏み越えて侵入しようとする。


「ほい!」


 次はユキナが同じく長柄の武器であるハルバードを振るう。

 人間よりも大きな体躯から生み出す横薙ぎは、軽々と甲冑を引き裂いた。


 種族差を最大限に利用した交差二段構え――


 二十名ほど倒れたのち、現状に気付いた冒険者たちから魔法が雨あられと打ち込まれた。


「うひゃ! 大成功! 撤退ね!」

「完璧でしたね!」


 二人は慌てて後ろに下がっていく。

 冒険者たちがなだれ込む。残りは八十名ほど――負ける要素はないはずだった。


「ぎゃあ!」

「いてえ!」


 目の前には敵はいない。

 なのに、なだれ込んだ冒険者が胴体から両断されていく。


「なんだこれは? 鋼線?」

「鋼の糸だ! 研いでいやがるぞ、これ! 切れ! 切れ!」


 八人ほど真っ二つになったところで、彼らも気付いた。

 ロジーネはそれをみてほくそ笑み、その場を離れた。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 【鋼の雄牛】に所属する冒険者たちが、場内になだれこむことにようやく成功する。

 そのとき、城門が閉じられた。


「な! まさか? 閉じるとは罠か!」

「いや落ち着け。相手は二十人もいない。いくら復活するといっても、復活水晶さえ抑えれば!」

「そうだな。いくぞ!」


 彼らの前に立ちはだかる、漆黒の甲冑――ラルフがいた。


「数で群れるしかできない連中が。【恐慌】」


 溢れ出る鬼気。

 抵抗できなかったものが、一斉に逃げ出す。壁をどんどん叩き出すほど恐慌に襲われた。

 ラルフは【恐慌】にレジストし、残った冒険者と剣を交える。


「おっと俺らも忘れるなよ」

「同じく!」

「私もね!」


 ニックとパイロンとジャンヌが加勢にきた。


 ラルフの恐慌によって、壁に向かってでもがいている冒険者たちが順に絶命していく。

 テテだった。


「まだ麦の収穫のほうが大変ですよ。なんて楽だ」


 背後から頸動脈を掻き切るだけの、簡単なお仕事だった。


「みんな! 復活水晶を抑えるんだ!」


 交戦している冒険者が叫ぶ。

 三人を脇目に、残った冒険者がさらに侵入する。


「いかせないよ! やっちゃえ! ゴーレム!」


 明るい声が響いた。

 銀色の人型。くねくね動いてとても気持ちが悪い。

 肩には妖精が止まっていた。


 ゴーレムが凄まじい早さで襲いかかる。


「こ、このゴーレムは!」

「みんな! ここは俺たちが足止めする。こいつは、ミスリルで出来ているゴーレムだ! 倒せるのか、これ…… 悪夢だろ」


 絶望的な声がする。


「【必中】!」


 ロミーが叫んだ。

 隙が大きい冒険者には宙返りする不思議な跳び蹴りを見舞っている。顎から突き上げるような蹴りであり、一発の蹴りで頭を刎ね飛ばしている。拳法家のような動きだった。

 大ぶりの攻撃だが、ロミーのスキル【必中】がある。頭部を喪った冒険者は即死だった。


 手刀は剣よりも鋭く、冒険者達は折り重なるように倒されていった。


「ゴーレムは回復できない! ダメージを与えろ!」

「へっへーん! 【回復】」


 ロミーたち妖精は支援する者を回復できる。それはゴーレムとて例外では無い。

 みるみるゴーレムの傷――破壊痕が塞がり復元する。冒険者たちは絶望した。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 残った冒険者が、仲間の健闘を祈る気持ちで応援し、先に進む。

 扉の前に座っている男がいる。アーニーだった。


「待っていたよ。ほら、この先が復活水晶だ」


 アーニーはそういって、室内に入る。

 残った者は二十名。

 中にいるものが何名か、わからないがなんとか制圧出来るだろう。


 意を決して残った人間は中に入る。

 扉が閉まった。

 アーニーが背後にいた。


「ほら、目の前に復活水晶があるぞ」


 確かに復活水晶が目の前にあった。

 ぞっとする美貌のダークエルフがいた。天鵞絨のローブに、眼鏡をかけている。

 冷酷な笑みを浮かべて言った。


「ようこそ。ここまで。制圧して私たちとお楽しみするんでしょ?」


 挑発するように言う。


「でも先にこの子たちとやりあってから、お願いね?」


 レクテナが呪文を展開させ、何かをばらまいた。

 それは——かつてジャンヌ達が倒した竜の歯であった。


 散らばった歯から巨大な髑髏の戦士が生まれる。【龍牙兵】だ。

 総勢20体。一体一体が、A級冒険者パーティに匹敵するといわれるモンスターが、それだけ一度に現れたのだ。

 冒険者たちが恐慌に陥った。逃げようとするもアーニーが立ち塞がっている。


「なんでこんなに新鮮な竜の歯があるのか、あとで問い詰めないとね、生徒アーネスト」


 冷酷な微笑をそのままに、レクテナは攻撃を命じる。

 アーニーは首を横に振った。そして冒険者に告げる。


「行くぞ。俺たち二人とこれを倒せばお前らの勝ちだ」


 流れるように、アーニーは二人斬り殺す。背後から迫る龍牙兵が襲いかかる。

 勝負はものの数分も持たず、一方的に終わってしまった。



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今回はサブタイトルで遊んでいます。

小説家になろう版ではサブトイトルは万葉集ですが、カクヨム版では中原中也の詩を引用しております。

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