第85話 夜のとばり

 日が沈み、【タトルの城塞】では宴が始まっていた。

 哨戒に出ている者はいない。夜の決まり事だからだ。


「みんな。今日はお疲れ様。ゆっくり休んでくれ。朝は早いからな」

「私たち戦争中なのに、宴会してていいんですか?」


 エルゼが料理の準備をしながら聞いてくる。


「敵が夜襲に来るぞ、間違いなく」

「何か手は?」

『「俺は打っていない」』

「守護遊霊様?」


 アーニーに守護遊霊が降臨していた。


『「みんな。休んでくれ。そして言いつけは守ってくれ。夜の森にはでない、と」』

「理由を聞いてもいいんだろうか?」


 ユキナが恐る恐る聞いてくる。


『「もちろん。夜は彼の時間だ」』

「あ!」


 ウリカが叫ぶ。


『「今回のことで、もっともも激怒している一人は領主たる彼だ。俺たちだってウリカやポーラにした仕打ち、あの横暴は許せないが、彼の領土侵攻を街中で宣誓したんだ。バンパイアロードだって暴れたいときはあるだろ?」』

「マレックさん!」


 ポーラも納得した。ウリカをかばったために蹴られた時にできた、腹部の傷を異様に気にしていた。

 歯噛みして鬼のような形相を浮かべているマレックは周囲のものも驚くほど。。傷跡を綺麗に治したカミシロを抱きしめて感謝した程の喜びようであった。


『「領地を簒奪しようとし、ウリカを襲おうとし、ポーラを殺そうとした。あいつらは馬鹿だよ。温和なバンパイアロードから全てを奪うと宣言、実力行使に踏み切った。未遂ですらない」』

「考えたくないですねえ、そんなこと」


 テテが震えた。領主の力はよくしっている。


「相談されてましたよね」

『「お願いしただけだ。【要塞戦】最中に、町にいる生きる者、砦にいる者すべてを出さないで欲しい。町の外は――お任せするってね。マレックを含め、どこの誰がどれだけ暴れようが、知ったことでは無いと」』

「守護遊霊様…… バンパイアロードに人の赦しをあたえたのですね」


 ウリカがおそるおそる言った。


『「俺はこういっただけだ。森や森の近場で不用意にうろつく者がいてどんな末路になっても俺はマレックを支持する、と」』

「人の赦しを得た吸血鬼は、その行動範囲を広げることができる。今のマレックは【要塞戦】の最中ではその力を銛のなかでも最大限に使えます」


 ウリカが皆に説明した。


「夜が増すにつれ、魔王ともいうべき存在に近づくのです。そう。魔王。――多くの魔物を自由自在に従える王に。そして夜は私たちの味方です。よく食べよくおしゃべりし、よく寝て明日に備えましょう!」


 ウリカはにっこり笑った。

 彼女は叔父に絶大な信頼を置いている。彼の時間を破れる者など、いるはずがないのだ。


「これほど心強い味方はない。魔王が味方とか」


 ユキナがぼそっといった。


「確かに。必ず休める時間がある。これはとても大きなことだ」


 ラルフも感心していた。彼らの領主なら、万全の護りを施してくれるだろう。


 彼らは知らない。

 タトルの城塞周辺を、強力な魔物が徘徊し絶えず警護していることを。


『「夜のとばりは降りた。朝の雲雀、そのさえずりを聞きことはできるかな」』


 アーニーは嬉しそうに笑った。

 それはアーニーの笑みか、守護遊霊の笑みか――


 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 


 森の中で、冒険者たちは侵攻を開始した。

 闇夜の奇襲だ。敵は人数が少ない以上、見張りにも限界はある。


 先頭の集団が音もなく、死んだ。首が刎ねられたのだ。

 殺戮者はとても美しい青年であったが、彼らが認識することはなかったであろう。

 別の集団からも悲鳴が上がっていた。


「助けてくれ! 【デュラハン】がいる!」


 その後、悲鳴に変わった。

 冒険者たちが狂乱する。


「ぎゃあ! 【デスナイト】だ! 【デスナイトロード】までいる!」


 悲鳴もすぐに途絶えた。その末路は誰もが想像できた。


「【アンデッドホース】が! 誰か! 」


 あちこちで悲鳴があがり、すぐに沈黙に変わる。


「こっちは【シャドウウルフ】だ! ひぃ!」


 城塞の外に出た者は等しく鏖殺された。

 恐ろしいことに、モンスター達は明白な殺意を持って冒険者を殺しにきていた。

 その殺意だけで戦意を失いそうになった者もいる。


「さっさと再出撃してこい! モンスターなんて返り討ちにしろ! なんのための冒険者だよ?」


 死に戻ったところで、話を信じようとしないロドニーに激怒される。


 学ばなかった愚かな冒険者は殺され続けた。

 幾度も出撃を行い、そのたびに殺される。


 要領の良い者は、砦の外にでた瞬間、外壁にへばりついていた。

 届いてくる悲鳴に、耳を塞ぎながら。


 そして与えられる軽減なしのデスペナルティ。


 神経とレベルをすり減らしながら、彼らは朝まで虐殺され続けた。


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