第84話 初手からリスキル

 一夜にして出来た【タトルの城塞】に、【アンサインド】のメンバーは集まっていた。

 今日の正午ちょうどに、決戦が開始する。期間は一ヶ月。


「守護遊霊がいうには、この用意した台座に、と」


 大きな室内にぽつんと台座がある。

 そこに魔方陣を置くと、光り輝き、発光を発する水晶のような物体が現れた。


「この復活水晶は破壊できない。ここが復活ポイントになる。【アンサインド】のメンバーである限り、どんな死因だろうがここで復活する。連中はこの場所の制圧を狙うだろう」

「破壊できない物体ってところが重要ね」


 レクテナが指摘する。このアイテムは神々が用意したイベントアイテム。通常手段では破壊できない。


「あいつらはそれを知っていた。まだ神々もルール構築中だったんだろうな」

「つまり我らは勝利条件を提示していない以上、通常の勝利として【城塞戦】の終了する手段を持たないということですな」

「ウリカか町を差し出せば敗北条件だけは達成できるけどな。あり得ない選択だ」


 ウリカをみながらアーニーは断言した。


「はい。死力を尽くして戦います」


 ウリカが握りこぶしを作って宣言する。彼女のために、これだけのメンバーが集まったのだ。

 最善を尽くしたい。その思いはメンバーにも伝わっている。


「その意気だ。相手に殺されるか自害もありだ。ここで復活するからな」


 アーニーは淡々と言った。

 そういう戦いなのだ。


「この城塞の防御付与も終わったわ。鋼より堅く火に強い。タトルの大森林の祝福と付与の相乗効果ね。あのとき以上、いや、比較できないほど堅牢な城塞よ」


 レクテナが言っている城塞は亜人解放戦争時の一夜城だ。


「状況全然違うにしても、僕たちもレベルは上がっている。アーネスト君なんてSSRだ。彼らが可哀想――でもないか」

「ないね!」


 ポーラが断言する。手ひどい怪我を負わされた彼女には容赦をする理由がない。


「そろそろ時間かな」


『――【城塞戦を開始します】』


 彼らの頭のなかに声が響く。

 薄い青いオーラに包まれた。


「俺たちが青、連中が赤か。間違えなくていいな」

「夜に紛れなくなります」


 ダークエルフのコンラートが不満げだ。


「夜は基本籠城だ。理由は夕方説明する」

「わかりました」

「敵は精鋭で数も多い。こちらの人数も知らせてある。多分平野経由で進軍、制圧の短期決戦で来ると踏んでいる」

「こっちの内訳も知らずにね」

「そういうこと。では初日の城塞戦行くとするか。俺が平野を。テテとコンラートは森の偵察を頼む。あとのメンバーは城塞に待機、防衛だ」

「了解!」


 三人が偵察に出かけた。緒戦がスタートしたのだ。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 アーニーは森沿いの平原を走っていた。1ターン4回行動を移動に全振りだ。この地上でもっとも脚の早い一人だ。

 遠目で進軍する集団を見つけ、脚を止める。

 数は180人程度。高レベル帯は温存しているのだろう。普通考えれば彼らの出る幕では無い。


 こちらは20名もいないのだ。迂回する必要もない。城塞について包囲し、攻め落とす。それだけだ。

 向こうは【タトルの城塞】を、幻影か何かと侮っている可能性もある。


 アーニーは城塞に舞い戻った。

 城塞に帰還後、木製の城壁に、ポーラとアーニーとウリカが立っていた。


「敵の位置は把握した。地図でいうとこのあたり。望遠の魔法なら視認できるぞ」

「わかった。いたいた。――一発魔法ぶちかましていい? フルパワーで。敵の戦力も測れると思う」

「いいぞ。どんどんやれ」


 ポーラが邪悪な笑みを浮かべ、杖を取り出した。


「じゃーん! レクテナ先生に借りたんだ!」

「おまえ! それ!」

「すっごい! 初めて見た」


 ポーラの手には虹色に輝く魔法の杖が握られていた。

 魔法の杖で、かつ+20といわれる虹色の輝き。


 伝説の【達人アデプト】のみがなすことができる究極の武器——ではなく。単に頭がおかしいと言えるほどの試行錯誤の末、強化魔力を施した品。過剰魔力付与オーバーエンチヤント中毒者の成果物だ。


「奇跡の一品、究極の過剰魔力付与された、魔法の杖でーす!」

「範囲攻撃で一網打尽は余裕か?」

「半減はできそうね。ウリカちゃん、サポートお願いね」

「はい! 【超新星】ですか?」

「新技! マレックさんに教わった【隕石落下メテオ】だよ! あれは射程が長いしね! もう射程範囲だよ」


 日夜マレックと魔法談義しているポーラは、古代帝国の魔法をいくつか教わっていた。


「まだ敵の軍勢、豆粒ぐらいの大きさだが、これだけ離れていたらいいな」

「普通はこんな大規模破壊魔法使えないんだけどなー」

「戦争や集団闘争レベルでの対人相手へは禁止されているな。建物ならいいらしいが…… 神々の法で。そもそも禁止なら発動しない。抜け穴で発動してもなんらかの警告、ペナルティが降り注ぐ」

「なんで禁止されてないのかな?」

「これは【戦争】じゃないんだ。あくまで【城塞戦】。まだルールが完全に施工されていないんだろうな。敵もなんでもありって言ってたしな」


 ザルなルールだ。本来ならこんな形で実装するべきではないシステムであった。


「守護遊霊様って【仕様】を重んじながら、仕様の抜け穴を探しているよね」

「あれはそういう性格だ。じゃあ、ポーラ。頼んだ」

「祝別も用意してるからね! 資金はマレックさん全持ちらしいよ。あの人には頭が上がらない」

「マレックはポーラに頭が上がらないだろうさ」

「嬉しいね! ――エーテルの海に浮かぶ、岩石よ。我が声にこたえよ——」


 ポーラが呪文の詠唱を開始する。

 ウリカがMP回復を開始する。本来なら常人の手に余るレベルの呪文なのだ。

 そんな魔法を使いこなすことができる術者こそ、S級冒険者の実力を持つポーラゆえに行使可能だ。


「【メテオ】」


 呪文が唱え終わった。


 進軍する集団の頭上の天空が目映く光った。火球といわれる現象だ。

 突如発生した、世界の終わりのような風景。赤熱する大地と、天空まで立ち上るきのこ雲が発生した。

 

  激しい発光。遅れてやってくる耳を押しつぶす轟音。そして世界を吹き飛ばすかのような爆風。


「つかまれ!」


 ウリカとポーラを支え、アーニーが踏みとどまる。


「本当にメテオか、これ」


 ようやく視界が回復した。

 巨大なクレーターが、そこにあった。


「あれ? 全滅?」

「全滅というより蒸発したな。隕石が追突する前に爆発していた。ほら、かろうじて死体が残ってる連中……原型とどめてないな。お、消えていく。復元水晶行きか」

「何が起きたかわからず死んだんじゃ……」

「一回の攻撃で一網打尽されたんだ。最初は城塞戦をしてやるつもりだったが、方針変更だな。復活水晶周辺はさぞ悲惨なことになっているだろう」

「あ!…… 広間などに置くわけにもいかず、隠せるような小部屋だろうから……」

「そういうことだ」


 その光景は壮絶だろう。背筋が凍り付くウリカとポーラ。


「一つわかったこと。――もうフルパワーで使わない」


 ポーラは自分が行ったことに恐怖した。

 クレーターは彼女がみたこともない大きさだった。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆  



 【鋼の雄牛】たちが占拠している城塞。


 復活水晶がある、城塞奥地の小部屋で冒険者たちが転送された。


「ぎゃあ!」


 その場にいた人間はその多さに驚いたものだが、一斉に復活し始めた数は膨れ上がり、冒険者が小部屋に積み重なっていく。


「重いー! たすけてー! た……こふっ!」


 可哀想なことに、ローブ職の魔法使いや治癒士は、金属鎧の冒険者が積み重なり、そのまま圧死して、再び復活して上に押し込まれ、積み重ねられていく。

 緒戦からリスキル――リスポーンキル状態に陥っていたのだ。

 圧死は通常デスペナルティである。敵の攻撃ではないのだから。


「何が起きた!」


 別室でくつろいでいたロドニーが、無数の悲鳴に気付き復活水晶がある小部屋付近まできた。

 鼻につく血の匂いが濃さを増している。


「申し訳ございません。全滅です!」

「どういうことだ? なんだあれは」


 復活水晶の部屋はあっという間にいっぱいになった。山が崩れ、圧死したものが続出している。

 出口近くの人間が外にでようにも、積み重なった人間の重みで出ることは叶わない。非常にグロテスクな光景だ。

 HPが高く運よく外に這い出たものが数名現れた。積み重なった人間の山から一人ずつ必死に、引き抜いて助け出していた。


「我ら進軍した者一同、一撃の魔法でやられまして」

「そんな馬鹿な話があるか。180人の冒険者を、一撃?」

「事実です。その結果があの復活ポイントでの同時復活です」


 復活水晶がある小部屋から絶え間なく苦痛と悲鳴が響いてくる。見つかりにくくするため、小さな部屋に配置したことが裏目になったのだ。


「どんな魔法を使えば、そんなことが可能になる?」

「天空が一瞬光ったと思うと、我らは焼かれるような痛みとともに死んでおりました」

「天からの光? まさか…… 【メテオ】?」


 女ウィザードのヘスターが呟く。


「あんなの使える人、ほとんどいないはず」

「使えたとしても使用禁止だろう! あれは!」


 【メテオ】は使用禁止リスト筆頭に、常にあがっている。

 どんな堅牢の城でも、不意打ちで落ちる。戦争にならないのだ。その割に被害が大きく、環境に致命的。天候にも大きな影響をもたらす。天体衝突事象だ。

 平時では発動しないはずである。


「ちょっと待って。守護遊霊に確認する。――【城塞戦】は大規模破壊禁止魔法の制限、ないみたいよ。【戦争】じゃないからね」

「なんだと! いや、今はなんでもありか」

「【城塞戦】なんて始めたの、私たちが最初か二番目だもの。前例で問題になっていない以上、禁止もされないわ。使える奴がいないっていったほうがいいけど」

「俺たちも使っていいのか?」


 戦術的には同じ手が使える以上、使わない手はない。


「私だって無理よ。【メテオ】なんて。というかメテオってこんなに威力あるのかな。向こうは、異次元級のウィザードがいるってことね」

「ちきしょう!」

「【城塞戦】で良かったのか悪かったのか、わからないわ。【メテオ】が使える以上、禁止されていない魔法でも瞬殺可能でしょうよ。術者は誰なのかしら?」


 ヘクターはウィザードらしく被害にあった冒険者たちより、何者が行使したか気になっていた。

 彼女とて特A級冒険者だ。有名なウィザードはだいたい把握しているつもりだった。


 【メテオ】を行使できるとなると、ごく一部。冒険者ではいるかいないかレベルだ。

 そんな魔法が使えたら、各国の争奪戦になるに決まっている。人間兵器だ。


「くそ。仕方ない。平原は悪手ということか。ならば夜襲だ。それまでに軍勢を再準備だ」


 ロドニーが冷静さを欠いているようだ。

 仕方なく復活推奨に詰め込まれた冒険者を、生死問わず引き抜く作業に参加した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る