第87話 思い出し恐怖
またしても全滅。
【鋼の雄牛】のチームたちは、一同に集まっていた。冒険者たちは全員座らされていた。
「相手は十数人。百八十人の冒険者がいて、何故制圧できないかなあ? お前らE級からやりなおせよ」
ロドニーが口汚く罵った。ふがいないにも程がある。
「む、無理だ…… あれは一夜城だ。落とせやしない」
冒険者の一人がぽつんと言った。
「なんだと?」
「俺みたんだぜ。殺されたというべきか。あのなかに
「確か、あの町の城塞を設計している奴がそいつだったな。そんな大物がこんな絶望的な戦いに参加するわけないだろう」
「いや、俺もみた!」
別の者が声をあげる。現場を見ようともしないロドニーに、不満が高まりつつあった。
「俺は鋼の糸で真っ二つにされちまった。あれはきっと、妹のロジーネだ。細工職人の【巨匠】までいる」
「あの竜殺しか」
ロドニーはロジーネも知っていた。15年以上前、暴れていた竜を不思議な技で倒したというマエストロだ。
「絶望的な戦いは俺たちのほうだ。ものすごい数の竜牙兵が復活水晶守っているんだぜ! どんな地下迷宮だってあんな数いねえよ!」
「勝てっこないよ。あんたらも戦えよ! わかるから」
「夜はモンスターまで敵なんだぜ。どうなってんだよ! ここって例の禁足地じゃないか?」
「黙れ」
ロドニーの冷徹な声が広間に響く。騒いでいた冒険者が黙った。
「百八十人いて、二十名にも満たない敵にこてんぱんにされ戦意喪失しました、っていうのか? メンツが欠片も保てねーぞ。冒険者できなくなってもいいのかてめーら」
「とはいっても」
「時間はたっぷりあるんだぞ? あいつらは何せ、勝利条件すら設定してないんだ」
「どうするんだ?」
「昼限定にして戦術を組み直す。パーティもこまめにわけてな。波状攻撃で行けばいいだろ。あいつらは基本籠城戦だ。各個撃破できる戦力はないからな」
「あんたたちも一回夜に出撃すればいいんだ!」
命令ばかりして動かないロドニーに、皆の不満も爆発しそうだ。
そうだと叫び声のように同意する冒険者に、さすがのロドニーも気圧され始めた。
「おう。A級の上位パーティのみで出撃してやる。お前らが腑抜けすぎるからな。まず夜のモンスターとやらだ。強さ次第では夜の進軍も再開する」
「わかってるのか。夜の櫓に立つだけで殺されるんだぞ」
「そこを含めて確認する。明け方まで使えない櫓なんぞ意味ないだろ。櫓で死んだ者はたまたまかもしれない」
「そこまでいうなら分かったよ。早くあの女と町を手に入れて終わらせてくれ」
「言われるまでも無い。お前らがしっかり働いたら苦労はしないんだ。相手の十倍の戦力だぞ?」
吐き捨てるように言う。
その日の夜、【鋼の雄牛】をはじめ、Aランク冒険者4チームが出撃した。
一時間も経たないうちに、青い顔のAランクチームのメンバーたちが復活する。
彼らは青い顔でかぶりを振った。震えが止まらない。よほど恐ろしい目にあったのだろう。
最後に【鋼の雄牛】が復活した。Aランクチームから遅れること五時間後である。
皆の視線が彼らに集まる。
「夜の出撃はなしだ!」
絶叫に近い悲鳴とともに、恐怖で震え出すロドニー。
歯を噛み鳴らし、、見るからに恐慌に陥っていた。
ドルフもまったくの無言だった。よくみると白目で気を喪っている。思い出し恐怖で気絶をしたのだ。
その日、ロドニーは部屋に引きこもり、二度と出てこなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
【タトルの城塞】では祝杯を挙げていた。
「いやー。まさか誰も一度も死なないとはねー」
「本当皆さん凄まじいですよ」
テテが酒を飲みながら感想を漏らす。戦闘力はもちろん、アーニーの的確な指示、そして各クラスの特性が噛み合って相乗効果を生んでいる。
「ポーラさんの殺傷力高いな。全然追いつけなかった」
コンラートは少し悔しそうだ。範囲攻撃ではさすがに殺傷速度では負ける。
「ローブ系だけを的確に射殺していたコンラートさんも見事でした」
間近で見ていたエルゼが断言する。ローブ職だけを正確無比に射貫く機械といっても過言ではない。
「ザルのようなルールに助けられているだけよ。ウリカちゃんいるからMP大量にあるし。この城塞の壁が高いのも利点。魔法使いなんて弓矢数本で死ぬんだから」
「私はイリーネさんとばんばん斬り殺せたから!」
ユキネも満足そうにいった。慎重さを利用した二段攻撃など考えたことがなかった。
「あいつら飛龍狩りのための編成だから、魔法使い中心な上、戦争装備じゃ無いから柔らかいのよね」
イリーネが評している。前衛たる戦士や騎士こそ比較的多いが、レイドに不向きとされる盗賊系やレンジャー系のクラスが極端に少ない。罠に対処できないのだ。
「俺はようやく、役に立てたかな」
ラルフは戦争職でありながら、めったに起きない戦争のため、対人スキルをまともに使ったことは数回しかない。
「何いってるんですか。あれだけの人数を一度に封殺しておいて。僕なんて後処理だけで済みましたよ」
テテが呆れている。彼は壁に張り付くように恐慌に陥った冒険者の止めを刺すだけで済んだのだ。
「俺はタイマン特化だからなー。さすがに一人一人片付けることがせいぜいだな、こっちは」
「敵が竜人に化けないかなあ」
そういうニックとパイロンも相当数の冒険者を倒している。斬っては逃げるニックに、空中からの奇襲を想定していない冒険者たちは良い的だった。
「私はこういうとき強いですよ!」
ジャンヌは鉄壁の守護で皆を守っていた。
「あのねー。ゴーレム君すごいの! もうバンバン倒しまくり!」
「ゴーレムにスキルは本来ないはずなのに、妖精族と組み合わせてスキル発動させるとか、アーネストちゃんの守護遊霊まじやばい」
レクテナが呆れていた。
ミスリルゴーレムとロミーの組み合わせは守護遊霊の提案だったのだ。
「それになによ。あの竜の牙。おかしいよ、あなたたち」
「ちょっと前に古代の火竜討伐をしたからな。素材は全部確保してあった」
「古代の火竜討伐とか簡単に言わないでよね!」
「【古代召喚】でやってきたモンスターだぞ? 新鮮な上に上物だ」
「何してんの……」
「こんな数の【竜牙兵】を一度に作れることに驚きです」
ウリカが感激している。地下迷宮にはよくいるタイプのモンスターだが、現在の魔術技術でこれほどまでに龍牙兵を創り出すことが可能な術者がいるとは思わなかった。
その【竜牙兵】宴会中は壁際で待機中だ。
「ゴーレム作ったりは魔力付与士の本業だからですね」
「戦闘中の眼鏡は?」
「教師モードです。ロジーネ作の伊達眼鏡です」
「なるほど……」
口調がまったく違う。落ち着いた物静かな先生モードとは眼鏡モードのことだったのだろう。
「私とレクテナが武器を作っています。これが完成すれば、アーニーの力となるでしょう」
ロジーネがアーニーに伝える。細工こそが彼女の本職。レクテナの魔力付与と素材次第ではとんでもない代物が完成する。
「それは楽しみにしよう」
「はい。この【アンサインド】でなければ出来ない一品です。ご期待に添えるよう、頑張ります」
「アーニー様単体の戦力がどんどん恐ろしくなる」
エルゼにはどんな品物が完成するか、想像もできない。ただでさえ四回攻撃可能なアーニーに魔法の武具が加わるのだ。
「もうちょっと人間の範疇でいてくださいね。最近甘え足りないです」
「甘えといわれても、困るが……」
「そうですね。エルゼはもっと構ってやって欲しいですね」
ウリカが助け船を出す。
「ウリカちゃんはいいよね。ウリカは俺の女、と町中で宣言だからなー」
ポーラが茶化した。
ウリカは顔が赤くなって無言になった。
「あれぞ男の宣言ですね。僕はむしろしびれました」
その場にいたテテが褒め讃える。
「事実だと思うんですが、町中での宣言はどうでしょうか」
エルゼが真顔になった。
「マスターまたやっちゃったか」
ジャンヌも呆れた。
「俺、深夜の偵察にいこうかな」
女性陣の絡み酒の気配を感じた。
「マレックさんに出るなって言われたでしょ!」
「呼んだかな? やってるね」
「おかえり、マレック」
全力で彼の帰還を歓迎するアーニー。
「おかえりなさい!」
アーニーとウリカが出迎える。
「今日は早いな」
「バトルマスター君たちと邂逅してね。最初の挨拶は済ませて置いたよ。――会話はしてないが」
「淡々と処理か」
「そうとも。私が何者か教えてやる義理は無い。魔法を使うまでもなかった。歯を一本一本抜いてやって、股間を踏み潰し、両目をくり抜いて、手足もいだところで絶命した。わずか数時間しかもたないとは実に貧弱だ。あのゲスな巨漢のほうは生きながら解体し、脊髄をえぐりとったところで、死んでしまった。見かけのわりにヤワで残念な冒険者だ。まだポーラ殿の仕返しもし足りないのに」
「そりゃ残念。やりたりないだろう」
「理解してくれる者が君ぐらいなのが残念だよ。いや、理解者ができたと喜ぶべきか」
ドン引きしている他の者を、二人は気にしていない。
「アーニーさんとマレックが遠い場所にいる気がする」
「おう。この場所にこさせないように、俺とマレックは頑張っているんだ。遠い場所でいいんだよ」
「そうだな。さすがアーニー。いいことを言う」
「守られているなー。みんなに……」
ウリカがしみじみ言う。
「そういえばマレックさん! 【メテオ】凄かったよ!」
「さすがポーラ殿。見事です。あの威力は並の術者ではそうそう出せまい」
「条件揃ったらとんでもない威力を叩き出すね。ダメージ上限突破してそう」
ポーラとマレックは魔法談義に入っていった。
「私の出番は明日からですね」
おっちゃんがうずうずしているようだ。
「私の守護遊霊が楽しみで震えてましたが」
「ごめんな、俺の守護遊霊が非常識で」
「いえいえ。こんな戦いもあるのかと」
カミシロがにっこり笑う。
「私も明日からがんばります! テテさん、サポートお願いしますね」
エルゼも同じく、気合いを入れた。
「任せてください」
「俺は遊撃兵だな。なんだろう。こんなに好き勝手やらせてもらっていいのか、と言いたいぐらいだ」
「どんどんやってくれ」
「ああ!」
ストイックな印象を受ける、このダークエルフの青年もすっかり彼らに馴染んできた。
「敵の動きは明日から複雑になって読みにくくなる。ようやく本番だ。敵が怖じ気いてないといいがな」
「本当に」
恐怖を撒き散らしていたラルフが相づちを打って、ニックが咳き込む。
暖かな笑いが【タトルの城塞】を包んでいた。
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