第10話 壊れの秘密-バグと仕様
「ほ、本当に二人で狩ってきたのですね」
受付嬢の声が震え、顔がこわばっている。
ブルーベアは二人で狩れるような魔物ではないし、何より本来ならBランクパーティ相当の依頼だ。
D級とE級二人で狩れるような相手ではない。
「さすが【SSR】……」
「感心することはいいが、報酬を頼む」
「はい、少々お待ちを!」
受付嬢は室内に入り、魔霊石を6個と金貨をもってきた。
「一つ多いな」
「早期達成ボーナスです。かなりの被害がでていますからね」
「ありがたく受け取っておくよ」
「はい。またのお越しをお待ちしております」
宿に戻った二人は報酬分配で揉めた。
「こ、こんな半分なんてもらえませんよ! ほとんどアーニーさんが倒したようなもんじゃないですか」
「言うと思ったぞ。ウリカがいなければ成功しなかったんだから受け取って欲しい」
「私なんて」
後ろで見ていただけ、と言おうとするが、アーニーが遮った。
「私なんて、は言うものじゃないぞ。私にもらって欲しいんだけどなあ——もらって?」
「……く、そんな言い方に甘えるような声だすんですか。卑怯ですよ」
「受け取ってくれ。今日の食事代はウリカ持ちで」
「宿代も私が出します。——本当にありがとうございます」
お互いがようやく妥協するには時間がかかった。昼も終わる頃合いである。
ランタンで照らされた部屋のなか。
アーニーが片あぐらの状態でくつろいでいた。
ウリカも部屋着で、足を崩している。
「今日のこと、俺のことを話そうか。冒険者仲間に話す相手はウリカが初めてかな」
「はい」
「今から話すこと、俺の職ことは秘密で頼む。絶対ではないが、心に留めておいてくれたら」
「わかりました」
「なんだろうな。恥ずかしい話なんだ」
ぽつぽつと語り出す。
「俺はね。バグ持ちで【壊れ】ていた冒険者なんだ」
「バグって世界の法則によって異常が現れるという…… それで【壊れ】だったのですか?」
「そう。使えない【壊れ】。S級冒険者を『コワレ』や『チート』って呼ぶだろ。ぶっ壊れているぐらい有能な連中だ。
「聞いたことはあります」
「俺はそういう『コワレ』ではなくて言葉通り、冒険者としては不具合を抱える【壊れ】ていた冒険者だった。おかげでパーティも組めず、一人で狩り三昧さ」
「そこまでの不具合って……」
「実際みせてみよう。俺がウリカと初めてあった、石竜の迷宮でのスキル構成を」
アーニーギルドカードを取り出して裏面をいじる。
裏面は冒険者のスキル構成だ。すなわち、思想、特技、長所も弱点もすべてわかる。これを他人に見せる冒険者はいない。
「失礼します」
ウリカが隣にきて覗き込んだ。魔法種別に見慣れない単語が並んでいた。
「工兵術式?」
「珍しいだろ。古代魔法の一種だよ。バグの理由は【
言いにくいのか、いったん区切った。
「見るところはそこじゃない。おかしい項目があるだろ?」
そういわれて、再度ギルドカードに目を通す。
「えと、普通って
スキルが二つ並んでいるのだ。【魔法投射倍化】という単語が二つ並んでいる。普通ならあり得ない。
「そうだろ。これが俺の[壊れ]ている理由。【バグ】だ。一つ選んだら、勝手に同じものをもう一つ取ってしまうんだよ」
「それは……」
「冒険者になったときから、この現象だ。教会にいっても魔法学院にいってもだめだったよ」
「一つのスキルを所得したら勝手に二つのスキルで枠がいっぱいになると?」
自動的に二つものスキルを入手してしまうのだ。不便なことこの上ないだろう。
「そうだ。俺は☆2のアンコモンだったから、自動的に重ねて所得してしまうと、実質的にパッシブスキルは一つしか選べない」
「そんな……」
「魔法専門職だったらまだいけたかもだが、常時発動スキルは極めて重要だ。1種類しか取れないなんてコモンと変わらない。つまり冒険者失格だな」
ウリカは絶句する。自身も冒険者の駆け出しである。その苦労は察して余りある。
「悪いことばかりではなかった。常時発動スキルの効果がね。【重なる】んだ」
「重なる?」
「そう。二倍、四倍ってなる。魔法投射倍化だったろ。俺はマジックアローが四本。八本になって、十六本になる。威力は低いがMP効率はいいからな」
「あの数の理由はそれでしたか。一度にあんなに放たれたマジックアローはみたことがありませんでした」
「不具合の利用だが――守護遊霊にいわせれば修正されない限りは【仕様】だ、とのことだ。どういう意味かはわからないが、これからも利用させてもらう」
「利用できるものは利用しないといけませんね。大切な枠を削られてしまうのですから」
ウリカもそう思う。何か問題があれば即刻神々に修正されるのだ。それまでは使っていい力だろう。
「今日のブルーベアの戦闘覚えているか」
「アーニーさんはものすごい早さで動いていましたね」
「ウリカもSSRの常時発動技能【行動倍化】を持っているだろ?」
【行動倍化】は英雄スキルとも言われている。これを持つことが出来るソウルランクは【SSR】及び【SR+】と言われる者だけと言われている。
「はい。あれは別次元のスキルです。って……あ…… アーニーさんが持てば?」
「そういうこと。俺はほかの人間が一度行動する間に対し、四回行動できる。行動追加じゃなくて倍化、がキーワードだったんだな」
ウリカは口をぽかーんとあけて呆然とする。そんな冒険者など聞いたことが無い。
「それが……仕様を利用するってことに……」
「そういうことだな。今まで苦労させられてきた分、報われたと考えることにしている」
苦笑した。
「一人で冒険する方が楽だったんだよ。役割分担するには、多芸無芸そのものだった。下手にユニーククラスについてしまったばかりね」
「ずっと孤独で危険な冒険は、辛かったと思います」
「根が臆病だからな。俺のような狩り方はは、狩りじゃなくて、
淡々と告げた。
「俺がガチャに手を出したのも、この不具合体質? 能力を打開したかったんだよ。神様たちが生み出すガチャでね。例えば、スキル枠が一つ増えるアイテムとか、さ。おかげで解決されたが――でも今後もガチャはやめられないだろうな。笑うだろ」
乾いた笑いだった。
「笑いませんよ。私も同じです」
「ウリカが? 何故?」
「――私はこの赤い瞳です。なんの特殊能力もない、魔神の末裔の証といわれます。瞳を普通に青い色にしたかった。子供から石を投げられることもなく、吸血鬼に間違われて殺されそうになることもない、普通の瞳に」
「……」
「不必要なトラブルがいやで街ではずっと外套を被っています。変えたくて、神様のガチャに祈りながら回していました」
「綺麗な瞳なのに」
「やめてください…… 私のなかにあるガチャを引く理由が一つ減ってしまいます」
いつの間にか、ウリカはアーニーに密着するように隣にいて、見上げていた。
薄いランタンのあかりの照らされた赤い瞳はまごうことなく美しい。
「こんな瞳ですよ?」
「ルビーのように綺麗だ」
ウリカは柔和な笑みを浮かべた。
「正直に言いますね。アーニーさんならこの瞳を嫌わないでくれると思っていました」
「嫌うものか。俺にしたら変わって欲しくない……その苦労をしたのだから、簡単に言ってはいけないんだろうが」
変わって欲しくない。
初めてかけられた言葉。
赤い瞳なのだから、外の世界にでなくていいよ。
私たちが守りますよ。
そういう者たちは名も無き町にはたくさんいた。
彼女の夢を、応援してくれる者たちはいた。彼女を気遣ってのことだ。ありがたいとは思う。
それでも変わって欲しくないと言ってくれた人間はいなかった。
「――ガチャは私のお願いを一つ聞いてくれたのかもしれません」
「ん?」
「こちらの話です。でも私の夢、瞳の色が変えられる願いが叶うことになったら――真っ先にアーニーさんに聞くことにします」
「それはだめだ。俺ならそのままで、って言いそうになる」
「それも含めて、です」
「重いぞー。ウリカー」
「軽いですよ。えい」
ウリカがお尻からアーニーの膝に飛び乗って、体を委ねた。
ね? とにっこりするウリカ。
苦笑するアーニーと、幸せいっぱいのウリカがそこにいた。
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