第11話 ウリカは守られている
「あ……」
冒険者組合に二人は向かっていた。
遠目で何かみたのか、ウリカが足を止める。
「どうした?」
「ごめんなさい。なんでもありません」
「話してくれ。頼む」
声が強ばっている。何かあるのは明白だ。
「私と初めてあったときのこと、覚えていますか」
「覚えているよ」
「あのとき、私を強引に連れ出したパーティが…… ちらっと見えたもので
」
視線の先には、ファイター風の男二人と、女性冒険者が二名いた。
雰囲気的にも、ベテランのように見える。
「そうか」
「気のせいかもしれない。——別に私は悪いことしたわけじゃないし、堂々とすればいいんですよね」
大きく深呼吸して、受付に向かおうとしたウリカを、アーニーが腕を取って引き留める。
「待て」
腕を捕まえられた。
「大丈夫ですよ、アーニーさん」
言い募るウリカを無視し、彼は強引に自分のほうへ引き寄せる。
外套を明け、すっぽりウリカを覆ってしまう。
ウリカが外套のなかにいるのを確認すると、外套の胸元を閉じてしまった。二人羽織のような状態だ。
これ以上ないぐらい密着している。アーニーの体温を感じ、少し慌てる。
「アーニーさん? あの……」
「町の外へ行くぞ。宿屋に置いてある荷物が無いことが幸いしたな」
すっぽり覆われて歩きにくいが、ウリカの歩調にあわせてゆっくり移動する。
ウリカはアーニーの胸あたりまでしか身長がないので、子供を保護している親のようだ。
「あ、あの! 大丈夫ですから! もう負けませんから」
「勝ち負けじゃない。トラブルになりそうな要素は一つでも減らす。気付いていないうちに離れるぞ」
ベテラン冒険者にとって、ウリカの顔など覚えていない可能性すらある。だが、そんな問題ではないのだ。
レベルの低いヒーラーをパーティにも入れず、迷宮の外に放置する。そんな非常識な連中に関わって不愉快な思いをすることはない。
アーニーは口にこそ出さないが、彼らのような悪質冒険者のことを知っている。
彼らは強引に連れ出したウリカを外部ヒーラー—PT外のヒールとMP回復用の装置として利用しようとしたのだ。逃げようにも迷宮のなかまで連れてこられたら、不可能だっただろう。
パーティ外だから気を遣われるはずもなく、ウリカがガーゴイルに襲われても誰も気付きもしない。いや、気付いていて放置しようとした可能性もある。
こんなことは冒険者組合も許していないし、決して許された行為では無いが、高効率パーティでは低レベル帯のヒーラーを無理矢理連れ出して回復要員にすることは実際あるのだ。
そんな外道とウリカを合わせたくはなかった。
「そんな。でも……」
「思ったより負けず嫌いなんだな、ウリカは」
強情なウリカに、アーニーは薄く微笑んだ。
「いいんだよ。ウリカが気にすることはない。俺が勝手にやりたいだけだ」
「そんな、またアーニーさんにご迷惑を」
「迷惑じゃ無いから」
ぎゅっと回されている腕に力が込められる。
「すまない。俺が守ることができるとは限らないが最善は尽くす。——何を言われてもいい。ウリカが嫌な思いをすることはないんだ」
片手で肩を抱きしめられる。
嫌ではなかった。
「ここはあくまで通過点。目に見えている地雷を踏むことはない。行こう。な、ウリカ」
優しく耳元で囁かれる。
ウリカはこくんと首を縦に振る。
ウリカは顔が真っ赤だが、アーニーには気付かれてはないはず、だ。
(狙ってやっているのだろうか。この人は?)
守れるとは限らない?
今、この場でウリカは誰よりも守られているではないか。
(ほんと、誰よりも守られてるいよね、私……)
ウリカを落ち着かせるように、肩に回された手は定期的にぽんぽんとリズミカルに触れられる。
(この人、ダメだ…… 私がダメになる……)
冒険者組合が見えなくなる位置まで離れた。
「もう、いいのでは」
嬉しさと恥ずかしさで死んでしまいそう。
「もっと離れるまではこのままだ」
アーニーは外の門付近まできて、ウリカを解放する。
真っ赤になった顔を見られないため、大きく深呼吸をしようとしたそのとき——そのまま、しっかりと手を握りしめられた。
「出るぞ」
「は、はい!」
「離すなよ」
彼はそっと指をそれぞれ絡ませて、離れないようにする。
息がつまりそうで返事など出来るわけがなかった。
(やっぱり狙ってやっている! この人は!)
離れないように——離れられるわけがなかった。
門番の視線が生ぬるく、ウリカは頬を染めながら下をうつむく。
トラブルもなく二人は町の外にでることができた。
しばらく進んで、ようやくウリカは解放された。
名残惜しくて、なかなか離せなかった。彼女自身の秘密となった。
「強引だったな。すまない」
アーニーが謝罪する。
(え、やっぱり狙ってないの? それはそれで、やだ)
内心焦るウリカ。
(言わないと…… 言わないと!)
恥ずかしくて言えない。
でも言わないと後悔する。勇気を振り絞って、背後から声をかける。
「あ、アーニーさん。あ、ありがとうございました」
気の利いた台詞や、艶っぽい言葉一つでない自分が酷く恨めしい。
「ん。ああ」
精悍な顔がほころんだ。その笑顔でウリカは墜ちた。
(やっぱり私、もうダメだ)
ウリカは確信した。
彼の腕を手に取り、体を委ねて寄り添って歩み出す。アーニーは少し驚いた顔をしたが、気にせず付き合ってくれた。
絶対にこの腕は離さないと、心に誓って。
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