第6話 己のクラスを活かす道
ウリカの赤い瞳。紅眼は珍しく、そして忌むべきものとされる。周辺を治めるグフィーネ王国なら追われるぐらいで済むが、この世界の覇者である帝国ともなると見つかり次第殺されるだろう。
人間でもごく希にいるにはいるが、その場合の髪の色は白髪だ。
吸血鬼という種族もいるが、もちろん日の光を浴びると灰になる。昼間に出歩くことは不可能だ。そんな化け物がいたら吸血鬼のなかでも上位種ぐらいである。
金髪に赤い瞳はアーニーも初めてみた。
——美しい。
魅入られたかのように逸らすことができなかった。
「魔神の末裔、か。かつて神に逆らい戦争して封印されたと聞くが」
「その魔神ですね。といっても私はごく普通の人間ですよ」
確かに特殊な能力を持っていたら、ガーゴイル相手に死にかけはしないだろう。
「わかっている。しかし、そんな話を俺にしていいのか」
「これから話すことにつながります」
ウリカは左右を確認し、フードを被り直した。
「私の一族には言い伝えがあるのですよ。タトルの大森林のとある一角——そこにある地下迷宮にはかつて魔神の神殿があったそうです」
「人間がいける迷宮なのか、そこは」
「今までは行けませんでした」
「過去形だな?」
「はい。その場所を含み、各地にある迷宮を攻略するために、現在砦を作成し、そして開拓村、ならぬ町を作っています」
タトルの大森林は現在、周辺に住まう国家勢力が開拓にいそしんでいる。ここより北にあるグフィーネ王国首都から、さらに北部に位置する。
ウリカの言う町はその中の一つなのだろう。
「確かに拠点があれば……」
「開墾する人手を集めるにも精一杯ですけどね」
「開拓の大変さはわかるよ」
土地を耕し、森を切り開く。魔物も出れば、町のなかでも安心とは言いがたい場所も多い。
さらに彼のクラスは、
「はい。冬を迎えるにあたっての備蓄に追われ、一日一日食べることが精一杯。開拓地はどこもそうでしょう。その砦も例外ではありません」
「よく知っているな」
「私の――故郷ですね」
「なるほど。で、俺か? 俺の職のことは何か調べたか?」
アサルトパイオニア――先鋒、戦闘工兵を意味するクラス。
戦争職だが、開拓者の上位クラスでもある。未開の地を開拓するにはこれ以上にない最適なクラスともいえる。
「? いえ。何も調べていませんが…… 軽装の魔法戦士系ですよね?」
本当に何も知らないようだった。
アーニーのクラスはいわくつきだ。人に話したことはほとんどない。冒険者組合関係者以外で知っている人物はポーラぐらいだろう。
いわくつきだけに、あまり知られたくないのも本音だ。
「いや、すまない。こっちの話だ」
この少女を疑っても仕方ない。こちらは昨日まで、無能なDランク冒険者だったのだから。
「開拓途上の城塞砦――名も無き町なのです。しかし周辺に数多の迷宮があり、自然にも恵まれています。発展する土壌は大きいです」
「その迷宮のレベルは高そうだが、周辺から攻略していけば、実力も付けられる」
「はい。そうです!」
「町も十分に発展すれば拠点になるし、か……」
アーニーは思う。
名も無き町がどのような町かは不明だが、村ではないのでそれなりの人口だろうと。
ひょっとしたら自分の技能で開拓を手伝えることもあるかもしれない。
アーニーはここ十年を振り返る。
☆2でスキルも所得できず、絶望していた。
自分の体質のせいで魔法は多少変わったことは可能だが、活かしていると言い難い。
開拓者のはずなのに地下迷宮に閉じこもっていた理由。それはそのクラスを活かすことが困難な自分に絶望していたのだ。
もし実際自分のクラスで役立つ場所がそこにあるというのなら——
そう思うと、ガーゴイル狩りで周回しているより、充実した生活ができそうだ。そしてSSRになったことで彼の目的は半ば達成されている。
「アーニーさんでないといけない理由はちゃんとあるんです」
物々しい口調に変わった。アーニーも身構える。
「俺でないといけない理由?」
先ほど口にした以外、心当たりは一切ない。
「はい」
「ここで話せることか?」
雰囲気の変わりように、かなり重要な話だと予想する。
「今は通りに人は少ないですから、大丈夫です」
左右を見回し、確認する。人影はまばらだ。立ち話している二人に気にかけるものなどいないだろう。
「聞きたい。教えてくれ」
「――魔神の神殿。そこで引けるという伝説の10連ガチャがあります」
「伝説の10連ガチャ?」
その響きだけで心が躍る。
「そして神代のアイテムが排出し【確定SSR】が約束されていると」
「確定ガチャだと……」
「はい」
驚愕のあまり、硬直するアーニー。
ダブルスーパーレアが約束されたガチャ。
まさに伝説のなかにしかない、神代のガチャだ。
心から惹かれる、抗えない響き——
(確定SSR……確定……!)
アーニーが心の中で反芻する。目的は達成された。だがそれとこれとは別だ。
(目的を達成したとはいえ、そんなガチャがあるなら回したいに決まっているだろう!)
苦悩するアーニーに口元に笑みを浮かべ、畳みかけるウリカ。
「SSR確定10連の迷宮。ただし1回限り。私と一緒にどうですか!」
なんという頭の悪そうな響きの迷宮。
彼自身を誘惑するかのようなウリカの
うっすらと見える赤い瞳が挑戦的で、輝いている。
自分は魅入られたのだろうか。眼が離せない。
ウリカはアーニーがこの話に乗ると確信していた。
アーニーもまた、ウリカにしてやられたと思った。これでは断ることなど出来ない。
悪い気分ではなかった。
「確かに俺じゃないと、って理由だ。その話乗った」
その返事に安堵したかのような微笑みを浮かべ、ウリカは手を差し出した。
アーニーはその手を取り、握りしめた。
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