第3話 ケッサイテイシの危機! 天井がないガチャは悪いカルチャー

 アーニーは酒場から自宅に戻り、いそいそと準備を行って居る。


 外套は脱いでいる。

 黒髪はぼさぼさ。濃いブラウンの瞳。精悍な顔付きは、同期の冒険ですら知らないからの素顔だろう。


「ガチャは爆死してから本番だ。だから無料石はメなんだ」


 強い意志を込めて宣言した。無料石とは冒険で手に入る魔霊石を意味する。

 家のなかにある祭壇で祈りを捧げる。


守護遊霊プレイヤーよ——導き給え」


 アーニーの頭上が光り輝く。

 そして半透明の同じような長方形の真っ白な物体が現れた。羽が付いている。

 これはセイエンと呼ばれる精霊だ。


 守護遊霊プレイヤー。冒険者を守護する霊の一種と考えられる。

 神々は世界の理システムを作り、守護遊霊は冒険者たちに時には助言を、時には支援を行う。

 普段は別世界に存在し、彼らを見守っているのだ。現実社会リアルという世界と言われている。


 セイエンは守護遊霊の加護の一つ。彼らを天に還すことで、魔霊石を入手し冒険者に加護を与えることができるのだ。

 これ以外にも守護遊霊の加護を持つ者に復活がある。蘇生魔法の恩恵を受け入れられるのだ。守護遊霊の加護がないと、復活魔法は効果がない。


『今月は他の世界のガチャもあって厳しいんだ。お馬の美少女がな…… ケッサイテイシ寸前だ。そんなにセイエン遣うのか? ご利用は計画的に。俺が死ぬ』


 守護遊霊の声が届く。セイエンは守護遊霊に取っても痛いらしい。アーニーには理解できないことを呟いている。

 現実世界にも守護遊霊たちの世界があり、生活しているのだ。

それでも五枚セイエンもきた。セイエンの単位は枚。


「五枚も。ありがたい!」


 守護遊霊はセイエンを遣わす。一番魔霊石との交換比率がいいからだ。

 しかし守護遊霊との交信から、セイエンの多用は守護遊霊に大きな負担をもたらすとのこと。感謝の念は忘れてはいけないのだ。


 冒険者たちが強く念じると別世界にいる守護遊霊たちが、セイエンを遣わしたくなるとの伝承も残っている。


「来てもらったところ悪いが、魔霊石を置いて天におかえり。——ありがとう」


 五枚のセイエンに語りかける。

 置かれる巨大な魔霊石。大魔霊石といい、一個で通常の魔霊石の10個分に値する。つまり1個で10連ガチャが開けるのだ。


「大魔霊石が55個、魔霊石残り400個弱」

 呟きながら、一人で納得する。


「戦力の逐次投入は悪手だ。全力で回す!」

 力を込めて宣言する。


「そう。――ガチャは裏切らない」


『いや? 普通に裏切るからな?!』


 慌てた守護遊霊の声が聞こえた。気のせいだと思うことにした。


 24時間限定ガチャ。

 ガチャは神々からの告知によって内容が事前に報告される。

 現物——いわゆる武器や防具は少ない。迷宮産の魔法武器より若干弱いものがほとんどだ。

 多くは魔法を覚えるための呪文書や武器や防具を強化するスクロールであり、素材であり、ポーション類なのだ。


 しかし、今回のガチャは極めて希なものだった。

 一番のレアが《???》であり、確率は0.7%。しかも24時間限定だ。

 何が手に入るか、不明だ。しかし関係ない。


 ただ手に入れたい。

 それはまさにガチャ中毒者の業であった。


「でも回すしかないだろ?」

『そうだな、回すしかないな』


 この冒険者にしてこの守護遊霊である。


 アーニーは全力で回した。そりゃもう全力で回した。

 あまりに引きが悪くて顔が無表情になる。


『そりゃ真顔にもなるよね?』


 守護遊霊の問いかけに応える余裕もない。

 ここまでフレンドリーな守護遊霊は珍しい。


 10連20回終わったあとで、アーニーの顔が引きつり始めた。


『0.7%なら100回引いても当たる確率は50.5%。だからくじけるな』


 地味に数値化してくる守護遊霊の応援が辛い。


 ——そして最後の10連が終わった。


 次元を隔てた守護遊霊も、アーニーも死人のように横たわっていた。

 彼の隣には大量のアイテムの山。ポーション、呪文書、素材——安くはない量ではあるのだが。

 魂が抜けている。


「やっちまった……」

『爆死おめでとう。ていうか俺が辛いわ! 今月どうする……』


 このガチャの徒労感と虚無感。

 守護遊霊からも深刻な呟きが聞こえてくる。


「ガチャ……天井が欲しい……」


 床を涙で濡らしながら脱力している。


『天井じゃなくて上限っていえよ!』


 守護遊霊が慌てて訂正を入れてきた。


 そのまま起き上がることなく、床の上でアーニーは眠りについた。


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