第2話 無情の虹回転

「おかえりー。ガーチャーさん」


 女性冒険者が、建物に入った人間に声をかけた。


「帰ったか。ガーチャー。久しぶりだ。迷宮で死んだかと思ったぜ!」


 酒場のあちこちで声があがる。


「生きているよ」


 冒険者が集まる冒険者組合に入るなり、皆から「ガーチャー」と囃し立てられる男がいた。顔まですっぽりと外套をかぶり、口下を覗かせる。アーニーだ。 迷宮で人助けしてから半年近く経っている。今日もまた同じ迷宮だった。


「今回もガーゴイル狩りか?  ガーチャー」


 冒険者組合と酒場が一体になっているこの施設は多くの冒険者が集まる。

 気のよさそうな髭面の大男が声をかけた。


「そうだよ」

「やっぱりガチャ狙いじゃねえか」


 声をかけたファイターが笑う。

 混沌の経路カオスルートと呼ばれる異次元の箱ディメシヨン・ボツクスを呼び出す。制式名称はルートボックス。またの名を——ガチャ。


「ま、それは否定しないな」


 彼は組合の受付に向かった。


 冒険者組合の受け付けは女性が多い。

 今いるノラエガの町もそうだった。


「はい。アーニーさん。アイアンガーゴイルの魔石の鑑定、終わりましたよ。クエスト達成報酬は金貨1枚と魔霊石3個です」

アーニーは頷いて了解の意を示す。


「あとこちらの継続冒険活動記録ボーナスが7個貯まりました。追加の魔霊石も4個です」

「もう一週間経ったか」


 冒険者組合に所属する冒険者は、継続的に冒険者活動を行うと、冒険活動記録ログインボーナスというものがもらえる。

 魔霊石はそのなかでも最大の特典だ。異界の経路を開く唯一の手段なのだ。


 王族や貴族も、この魔霊石目当てで冒険者登録している者も少なくない。

 通常の手段で手に入らない、特殊な能力、アイテムなどが手に入るのだ。


「こちらこそ、いつもありがとうございます。良質の魔石を供給していただいているのですから」

「嬢ちゃん、そいつはガチャしたいだけだぜ」

遠くから野次が飛ぶ。アーニーは怒るそぶりもみせず、苦笑で返す。


「だめですよ、そんなこといっては」

「事実だから仕方ない」


 彼は魔霊石が入った袋を掲げてみせた。

 冒険者組合の床に、魔方陣の描かれた大きな用紙を広げた。

 酒場の喧噪がやむ。ガチャの結果は皆が気になるのだ。


「そこそこ貯まったな。——よし、10連いくか」

 ガーチャー。それはガチャ中毒者の美称だ。——蔑称かもしれない。


「引くんだろ? なあ引くんだろ!」

「回せー!」

「ガーチャーさんの良いところ、みてみたい!」

「それ酒の合図や!」


 アーニーはパーティを組むことはない。

 このような場所で積極的にガチャを回すため、有名人ではあるのだ。


「任せろ」


 魔方陣に魔霊石を大量に置く。

 手慣れたもので、40個まとめて置いた、

 その瞬間、魔方陣は眩しく輝きだし、空中に大きな水晶を連想させる、幻想的な物体が浮かび上がる。

 この水晶の箱こそ、混沌の経路からアイテムを取り出す、ガチャだった。


 ガチャン、ガチャンと不気味な機械音がする。ガチャといわれる由来はこの音なのだ。

 一回転するとボックスの下部が開く。ポーションが落ちてくる。いわゆる外れだ。


 ガチャから手に入るアイテムは実に多種多様。

 ごくごくまれに魔法を付与するアイテムや、冒険者の経験となる秘伝書。武器そのものまでも手に入る。


 その光景を見守る冒険者や受付嬢。


「今のガチャって確か24時間限定か!」

「そうだ。限定期間が短いほど、すごいものが手に入る。冒険者の常識だな」

「あれみろよ。ミスリル鋼だぜ。原石じゃない!」


 虚空から生み出されるアイテム。

 ポーションが7個、鉱石が2個落ちてきた。

 最後の一回転————


 まばゆい光が周囲を覆った。

 虹色に輝くそれは、明らかにいつもと違う雰囲気を醸し出していた。


「こ、これは……!」

「初めてみるぜ! こんな演出——もとい発光!」

 挑戦している青年は食い入るように七色の光に見入っている。


 ガチャの箱が開かれた——


「な、まさかそんな」 


 絶句からアーニーがつぶやいた。


「何も、なし?」


 何も出てこなかった。

 冒険者組合の静寂は、爆笑で破られた。


「なんだ、と…………」


 力なく膝をつき、そして両手も地面についてしまった。まさにorz。


「元気出せよガーチャー」

「いっぱいおごるぜ。ガーチャー」

「生きていたらいいこともありますよ……」

「次も爆死だなガーチャー」」


 最後の一人だけはこつんと小突いておいた。

 慰めの声援を背に受け、アーニーはふらふらと外に出た。


「いやー、助かった。不発レアなんてあるのか、俺絶対回さねえ」

「24時間限定だし、あの輝きはすごかったもんな。俺なら憤死もんだぞ。伝説の剣が出現してもおかしくなかった」

「私も回したかったけど、あれは怖いわね」


 ウィザードらしき女性冒険者が呟いた。


「あの人、名前忘れた——ええと、ガーチャーさんって職業何なんですか? ギルドランクはCぐらい?」

「クラスはガーチャーだろ。あいつ」



 アーニーはガーチャーで通じてしまう程度には有名人である。


「冗談抜きで知しらねえな。ランクはDだったはず。ウィザード系だったはずだぜ。石目当てにガーゴイルばっかり狩っているらしいからな」

「ガーゴイルは物理に強いですからね。あれソロできるなら、パーティも選び放題だと思うのに勿体ない」

「そういやガーゴイルってギルド推奨のパーティモンスターだよな。そいつをソロって」

「そうそう。ダンジョンにいるモンスターで野外にいる連中より遙かにタフいのよね。だからソロするにしてもタフさも必要だし高い魔力の魔法の必要。もしかしてソウルランクが高いとか?」


 ソウルランクとは、冒険者のポテンシャルを決める位である。

 ギルドカードに自動的に記載されるものではあるが、星——星の数で表現される。多くの者は☆1か2、である。

 冒険者組合に登録できる者は☆2からであり、ほとんどの者が☆2か☆3という。


「いや、あいつは確か☆2アンコモンだ。☆3のレアですらない。確か致命的な不具合を抱えている【壊れ】のはずだぜ」


 ☆の数は選択できるスキル数にも影響し、ポテンシャルを決める重要な要素だ。

 守護遊霊世界ではバグ持ちといわれる【不具合仕様】の冒険者ということだ。


「不具合持ちの不遇職なのかもしれないけれど、ガーゴイルソロできる魔法職なのに。もったいない」

「あいつと組んだ奴、ほとんどいないんじゃないかな。ガチャをやるならガーゴイルソロがもっとも旨い」

「ガーチャーさん、そんなにガチャを」


「あいつがガチャやめてみろ。世界の終焉サービス終了だ」


 男が守護遊霊のスラングで例えた。

 この世界は一度終焉を迎えている。古代召喚戦争時代ともいわれ、この時呼び出された数々のモンスターが跳梁跋扈している。彼らに対抗するために冒険者は生まれたといっても過言ではない。


「間違いありませんね」


 女性冒険者は苦笑した。


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