最終話(表) ③続・上埜由貴の幸せ計画
「ちょっと聞いて欲しい話しがあるんだ。安心して、田端さんにとってもきっといい話だから」
太一から幼馴染たちの関係について相談を受けた後、由貴は明里に接触した。
この頃はもう末期だ。
昴の暴走は見るに堪えないところまで進み、太一と明里は心労を溜めこんでいた。
表面上は昴のために進んで協力しているように見えた明里も、トイレでは現状に対する不満や苛立ちを露わにしていて、由貴はそんな明里の心につけ込むように声をかけた。
「田端さんってさ、赤羽君が好きなんでしょ?」
由貴を見て身構えていた明里は、その言葉を聞いて目を見開いていた。
それは当然驚きの感情の表れ。どうして知られているのかという動揺。
その心の隙を由貴は逃さず明里の感情を煽る。
「私に協力してくれたらさ、赤羽君と付き合わせてあげるよ」
「……いきなり何言ってるんですか? 付き合わせてあげるって、何様のつもりですか」
「何様って言われたら、その赤羽君に惚れられてる上埜由貴様って感じ?」
「っ!? な、なんでそれを!?」
「いやぁそんなに驚かれても、太一を使って私の事色々聞き出してるくらいだし、バレバレなんだよねぇ」
「昴の気持ちを、ずっと知ってたっていうの?」
「まぁね。ついでに田端さんの気持ちも知ってるよ。ずっと赤羽君が好きだったんだよね? ねぇ、好きな人から違う人が好きだって聞くのはどんな気持ちなの?」
「……最低」
「アハハ! ごめんって、勘違いしないで欲しいんだけどさ、別にマウント取ってるわけじゃないんだよ。むしろ私は田端さんにとって都合のいい人間だからさ」
「都合のいい人間? それって、どういう事ですか?」
「だって私、赤羽君なんかに微塵も興味ないから。あんなクズに好かれて気持ち悪いったらないってわけ」
由貴の言葉を聞いていた明里の視線がきつくなる。
思い通りに怒りを露わにしてくれる明里に、由貴は満足していた。
由貴はむしろ明里を心配していたのだ。
傍から見ていても昴の明里に対する態度は酷いものだった。さらに太一から聞いた実情は、それはそれは可哀そうなもので、同情してあげてもいいくらいだと由貴は思っていた。
だが、正確に言えば由貴は明里を心配していたわけではない。
好きな人からそんな酷い扱いを受けた明里が、心変わりしてしまわないかを心配していたのだ。
好きな人が振り向いてくれない時、傷心の心を慰めてもらっただけで、すぐに違う相手に乗り換える人間はこの世にごまんといる。
そしてこの場合、明里を心配して寄り添っていたのは、あの太一だ。
明里が太一の優しさに気が付き、太一の良さを認めてしまったら……それが由貴が唯一恐れていた展開だった。
由貴は、太一の明里に対する気持ちにもなんとなく察しがついていた。
だからこそ、明里の気持ちが太一に向いてしまうのだけは避けたかった由貴は、先手を打つ事にしたのだ。
やっかいな明里をちょうどいい邪魔者の昴に押し付けて、二人とも太一から引き離すために。
荒れていた明里の様子を見るに、だいぶ心をやられているらしい。
あの状態では昴への気持ちが切れるのも時間の問題だっただろう。
だから由貴は、わざと明里を煽ったのだ。
昴が好きなんだろ、今まで一途に想い続けてきたのだろと、その気持ちをもう一度しっかりと明里に思い出してもらうためにだ。
「おっと、どしたの? もしかして怒ったとか?」
「当たり前でしょ。幼馴染の事をそんなふうに言われたら誰だって怒るわ」
「え~、それだけ?」
「は? 何言って――」
「幼馴染ってだけじゃないんでしょ? もっと特別な想いがあるから怒ったんじゃないの?」
「……貴女って本当にクズみたいな女なのね」
「アハハ! 久しぶりに言われたなぁそれ。まぁいいや、で、どうなの? そうじゃないなら遠慮なくまた馬鹿にしてあげるけど?」
「……はぁ、そうよ。好きよ」
「おぉ~よく言えました! じゃあ改めて、赤羽君が好きな田端さん、いい話があるんだけど、私に協力してくれない? 報酬は赤羽君で」
由貴には、もう明里が後には引けなくなっているのが分かっていた。
後は明里に迷いが出ないように押し切るだけだ。
「……何が目的なの?」
「私は太一が欲しいだけだよ」
「え、太一が?」
その明里の以外そうな反応は、由貴にとっては嬉しい反応だった。
由貴にとって最大のライバルはこの明里だ。
その明里が太一に興味がないなら、それに越したことはない。
「そ、太一を独り占めしたいの。田端さんと赤羽君から奪い取りたいの」
「奪うって、別に私たちは太一の事は……」
「別に拘束してるわけじゃない?」
「当たり前でしょ」
「じゃあ太一が私だけのものになってもいいよね?」
「それは……太一の自由で私が口を出す事じゃ」
「そうだよね! じゃあ太一が私を選んでくれたら、もう田端さんたちは太一に関わらないで欲しいだよね。それを守ってくれるなら、赤羽君の気持ちが田端さんに向くように協力してあげるから」
「……なんで、そんなに太一の事を?」
「それは別に教える義理ないよね。それよりどうなの? 協力してくれる?」
「…………本当に昴は私を見てくれるの?」
「ふふ、もちろん」
明里が食いついた瞬間、由貴は笑いをこらえきれなかった。
その瞬間に、もう太一が由貴の物になったのは決まったようなものだったからだ。
由貴の計画は端的に言えば昴のプライドをズタボロにして明里に依存させるというもの。
わざと由貴が昴に心を開いたふりをして有頂天にさせ、その後に太一との濡れ場を見せつけながらこき下ろして、昴の心を壊す。あとは明里が好きにすればいい。
由貴は軽く説明しながら、昴をボロボロにする事について明里がごねないかと心配していた。
そうなったとしても言いくるめるつもりではいたが、明里はそこには何も口を出してこなかった。
だがほっとしたのも束の間、明里は思いもしない所に口を出して来た。
「ねぇ、太一とその、するのは、どうやってするつもりなの? まさか無理やりだなんて事はしないでしょうね」
鋭い視線を向けて来る明里。
面倒だとは思いつつも由貴は嘘で誤魔化す事にした。
「もちろん同意は得るってば」
「……どうやって?」
「そんなもん、この身体を使えば一発なんだよねぇ。田端さんとはできが違うからさ、羨ましい?」
「馬鹿じゃないの。そうやって沢山の人に自分の身体を差し出してるのね貴女って……私にはまったく理解できないわ」
「まぁ何とでも思ってくれていいよ~。どうせ計画が成功した後は私たちも一生関わる事なんてないんだしね」
正直、由貴は心中では怒りを抑えるので必死だった。
由貴は自分の身体を、ただ一人のために大事にしてきたからだ。
自分の相手になる人に、自分の全てを受け入れてもらうために、だから明里の言葉には少なからず思う所があったのだが、計画のために笑って流した。
全ては太一を手に入れるため。
それから計画を細かく話し合い、利害関係で結ばれた二人は一時的な協力体制の元で動き出した。
由貴は昴の前でわざと太一に絡み、昴の太一への敵意を大いに煽る。
明里にも太一に夢中になっているように演技を徹底させた。これは後で昴に効いてくるからだ。
太一を取り合う修羅場も演じた。
演技とはいえ、昴にバレないよう本気でやらなければならない。
という建前で、由貴は明里を本気で突き飛ばした。見下された仕返しだった。
明里からも本気で突き飛ばされたから、あまり由貴の気分もはれる事はなかったのだが……。
それからも吐き気を我慢して昴を煽てたり、寒い中待たせている太一の元まで全力ダッシュしたり、太一に辻褄が合うような嘘をついたりと、それなりの苦労はあったが、由貴はその全てをやり遂げた。
そして、やっと訪れた記念日。
あの日、ようやく由貴は太一を手に入れた。
太一と一つになり、太一の全てを手に入れた。
邪魔だった二人も邪魔者同士で片付け、心の底から求めてやまなかった太一と一つになった。
由貴の幸せ計画はこの日、完遂されたのだ。
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