最終話(表) ②上埜由貴の幸せ計画


 由貴はクラスの中でも特に引っ込み思案だった太一に興味を持った。


 別にただ気弱そうだから興味をひかれたわけではない。


 気弱そうというのは一つの条件なだけで、それだけの男子ならこれまでも沢山由貴は見てきた。


 由貴がその中でも太一に興味を持ったのは、太一の人との関わり方に感じ入るものがあったからだ。


 太一は基本クラスメイトと会話をしようとしなかった。


 それは雰囲気通りに引っ込み思案だということの証明だった。


 自分からは人との交流を広げられず、あるもので我慢してしまう性格。これは一つめの要件にすぎない。


 だが、ここからが他と太一が違う所だった。


 恥ずかしがり屋の太一が、自ら声をかける相手が二人いたのだ。


 それが赤羽昴と田端明里だった。


 まともに相手の目も見れず、他人から話しかけられるだけで気が動転してしまっていた太一が、その二人には自分から積極的に話しかけ、普通に会話をしているではないか。


 由貴が興味を惹かれたのは、その時の太一の献身的な姿勢だった。


 昴と明里のために、太一は自ら進んでどんな事でもやっていた。


 見ていた限り、太一が二人から見返りを貰っているような様子もない。


 ただ純粋に太一は二人に尽くしているようだった。


 由貴にはそんな太一の姿が、両親に付き従う事しかできない無知な子供か、もしくはご主人様の傍にひかえるペットに見えた。


 二人以外には興味を示さない太一の目には、他の人間が映っていないかのように由貴には見えた。


 忠誠心の高い武士、とは少し違うだろうか。依存しているというのが一番しっくりくるかもしれない。


 ご主人様の二人に気に入られたいがために、ただひたすらに尽くす。そんなことが素でできる人間はあまりいない。


 自分にはこれしかないと思い込むほど追い詰められているのか。


 はたまた異常にのめり込んでしまうタイプなのか。


 どちらにしろ、由貴にはそんな太一が魅力的に見えたのだ。


 この人なら、自分にピッタリかもしれないと、由貴がそう思えた初めての相手だった。


 由貴はその時、太一のご主人様である昴や明里と自分の立場を入れ替える妄想をした。


 呼ばずとも自分から傍にやって来てくれる太一。


 こちらの言うことは何でも笑顔で聞いてくれる太一。


 他の人間には見向きもせず、自分だけに縋り付き離れない太一。



 妄想に入り浸っていた由貴は、自分の口の端から涎が垂れている事にも気が付かなかった。


 そうなってしまう程、太一が尽くしてくれる妄想は最高だったのだ。


 太一は自分から世界を広げる事はできない。他人から声をかけられなければ、自分からは人間関係を構築できない。


 頼れる人の元から離れられず、その人から捨てられるのを恐れて、その人に都合のいい人間になろうとする。


 自分の望みや考えなんて、そんな太一にとっては何の価値もないものなのだろう。


 太一にとって大切なのは、今あるものにしがみつく事だけ。


 興味を持ち始めてから何日も太一を観察していた由貴は、太一がそういう人間だと確信していた。


 今太一がしがみついている相手は、昴と明里の二人だけ。


 その二人からどうにかして太一を引きはがし、自分が太一の縋りつく相手に成り代われば、それは由貴にとってこれ以上ないほど望み通りの状況だと思えた。


 太一なら自分からはどこにも行かないだろうし、気に入られようと何でもしてくれる。


 嫌われたくないからこちらの言う事は否定しないし、どんな気分の時でもそれにあわせてくれそうだ。


 そして、由貴が見ている太一の姿は決して取り繕った表面というわけではないだろう。


 あれがありのままの太一で、そう確信できたからこそ由貴は安心できた。


 この人なら、自分だけに依存して、ずっと自分から離れないだろうという確信が持てたのだ。


 そして、由貴は太一を自分に依存させ、自分だけのものにするために動き出したのだった。




 由貴はそれから何か月も太一の事を密かに観察していた。


 軽いところでは、休み時間何をしているのか。


 昴や明里とはどういう関係で、一緒にいる時はどう過ごしているのか。


 それ以外にも授業中の様子など、由貴は一日中太一を見ていた。


 自分だけは悪い印象を持たれないように気を付けて、友達を使ってわざと太一を困るような状況においてみたりもした。


 太一の席を友達に占領させたのもその一環だった。


 そういう時の太一は、由貴の期待通り自分ではどうする事もできなかった。


 まともに会話もできず、頼れる人がいなければ一人では何もできない。太一はいつも昴に頼り切りだった。


 そんな姿が愛おしくて、由貴はどんどん太一にのめり込んだ。


 早く自分に傾倒させたくて仕方なかった由貴は、すぐに帰る太一の後をつけるようにもなった。


 わざわざ太一が降りた駅で自分もおり、家までつけた事も何度もある。


 そのまま家の周辺をうろついて、太一が帰った後に電気が付いた部屋を何日も確認して、その統計から太一の部屋まで突き止めた。


 由貴は太一について知る事ができる情報はなるべく集めていたのだ。


 その過程で由貴は、昴や明里についても気が付く事がいくつもあった。


 例えば明里が昴に惚れているだろうという事。これは明里の態度を見ていればすぐに分かった。


 そして、たぶん太一は明里の事が好きなのだろうと言う事。


 太一のような恥ずかしがり屋が唯一優しくしてくれる異性に惹かれるのは当然だろう。


 由貴は明里が羨ましくなったが、すぐにその立場を奪うと考えれば、なんとか我慢できた。


 由貴が一番我慢できなかったのは、昴が自分に向けて来る悍ましい想いだった。


 いつからだったか、昴は気持ち悪い視線を由貴に向けて来るようになった。


 周りの友達もよくカッコいいと噂していて、スポーツも得意なクラスの人気者。


 一見すると人当たりもよく気さくな印象の昴だが、由貴は太一を観察している間にその本性をある程度見抜いていた。


 三人を観察していた由貴は、昴が太一を心の中では見下しているのが分かっていたからだ。


 由貴の目には、昴はだいぶ傲慢な男として映っていた。


 太一に手を差し伸べる昴を見て、他の皆は口を揃えて友達想いのいい人だと言う。


 だが由貴には、逆に太一を利用しているようにしか見えなかった。


 弱い者には積極的に手を差し伸べて周りからの評価を得、褒められる自分に酔っている気持ちの悪い男。それが由貴の昴への印象だ。


 由貴は昴が太一を助ける度に、昴のオナニーを見せられているようで吐きそうになった。


 だからこそ、途中からは由貴がそうなる前にさりげなく太一を助けていたのだ。


 まるで自分が他人よりも数段上にいる存在だと勘違いし、自分が気持ちよくなるために弱者を助ける。


 他人は全て自分の引き立て役で、自分に跪くものと疑わない。


 その昴の傲慢さは、由貴の父親にそっくりだった。


 由貴の父親も、自分が一番で相手に言う事を聞かせないと我慢できない人だった。


 だからこそ由貴は吐き気がする程昴という存在が嫌いだったし、その昴から向けられる想いは気持ち悪くて仕方なかった。


 だが、すでに少しずつ太一へ接触していた由貴は、そんな昴の気持ちを利用して、太一と距離を詰められるかもしれないと思いついた。


 由貴はわざと昴と太一への扱いに分かりやすい程の差をつけて、昴の嫉妬心を煽ったのだ。


 何の因果か、由貴にとっては都合よく昴も動き出してくれていた。


 太一が自分から由貴に色々と質問をしてくるようになった時、由貴には初めから昴に言われて太一が動いている事は分かっていたのだ。


 太一に他のクラスに友達がいない事なんて、一日中太一を見つめていた由貴はもうすでに知っていたのだから。


 だからその状況を逆手に取って、太一との距離を思う存分に縮めていった。


 これまでずっと観察していて、太一の状況と性格を理解していた由貴には、太一を誘導する事は簡単だった。


 自分の意志では何も決められない太一だが、由貴は太一が置かれている状況を利用して、なし崩し的に太一と毎日放課後を二人で過ごす事にまで成功した。


 二人きりの時間を重ねていくごとに、太一はどんどんと由貴に心を開いてくれた。


 前までは昴と明里にしか見せていなかったような笑顔も、随分と由貴に向けてくれるようになった。


 由貴はそれが嬉しくて、太一との距離が縮まるたびに、早くこれを手に入れたいという思いが抑えきれなくなっていった。


 早く太一に夢中になってもらうため、どんな太一の一面も否定せずに受け入れ、時には自分の身体を上手く使って、太一の気持ちをあの二人から引きはがす。


 由貴は自分が太一と仲良くなるほど、昴や明里との関係が悪化している事にももちろん気が付いていた。


 昴をあしらった目の前で太一に抱き着き、昴のプライドを刺激する。


 どうしても由貴から相手にされない昴は怒りを抑えられなくなり、三人の空気も悪くなる。


 昴は太一を見下していた事を隠すこともなくなり、明里ですら道具のように扱い出す始末。


 そして由貴の狙い通り、向こうの空気が嫌になった太一は、どんどん由貴に依存度を傾けて来た。


 つまり、この最近の出来事は、全て由貴の掌の上だったということ。


 何もかもが由貴の思い通りになり、もう一押しで太一を手に入れられると確信した由貴は、そこで最後の仕上げに取り掛かった。



 明里を使って。

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