第46話 打開策①
すでに薄暗くなっている寒空の下、太一は明里と手を繋いで歩いていた。
最寄り駅で電車を降りてもうお互いの家の近くまで来ているが、演技のはずの手は繋いだままだ。
そこに会話はなく、二人分の足音だけが静かな住宅街に響いている。
もうめっきりと寒くなった今日この頃、明里と繋いでいる太一の手は、まったく温まることもなく冷え切っている。
冷たくなっているのは明里も一緒で、太一はまるでお互いに死人のようだと思った。
「……ぅ……ぅぅ……」
静寂の中に響いていた足音に、新しい何かの音が混ざる。
太一のすぐ隣から聞こえてくるそれは、明里の嗚咽だった。
いつからだったのだろうか、明里は歩きながら静かにその頬を涙で濡らしていた。
「明里……」
「ぅぅ……ごめんね」
「明里が謝ることなんてないよ。ちょっと休もう」
太一は明里をいつもの公園までゆっくりと手を引いて歩いた。
小さな公園に唯一あるベンチに二人で並んで腰を下ろす。
太一がハンカチを差し出すと、それまで我慢していたものが決壊したかのように、明里はボロボロと大粒の涙を流してハンカチに顔を埋めた。
背中を丸め、小さくなって震えている今の姿には、以前の凛とした明里の面影はどこにもない。
我慢して、さらに我慢して、自分の気持ちを殺し続けて、明里はついに我慢の限界を迎えてしまったのだ。
太一はその明里の姿を見て、自分の選択を酷く後悔した。
昴から好きな人ができたと宣言された時、明里は自分の気持ちを諦めて昴を応援する道を選んだ。
それでよかったのか太一はもちろん確認したが、明里は決意を曲げなかった。
何度も聞いて明里に鬱陶しがられるのを恐れた太一は、それ以上の詮索をしなかったのだが、嫌われることを恐れて踏み込めなかった自分を殴りつけたい衝動に駆られた。
「明里、ごめんね……僕がもっと明里を応援してあげてれば」
「…ちがっ……太一は、わるく、ないよ……」
こんな時でも優しい明里に、太一は思わずもらい泣きしそうになった。
自分が泣いたところで、何も解決しないし明里の迷惑にしかならない。そう考えて太一は溢れてきそうな涙をぐっとこらえる。
泣いている暇なんかない。そんな事をするより少しでも明里を慰めたい。
太一は恐る恐る明里の背中に手をおいて、ゆっくりと丸まった背中を撫でた。
太一が手をおいた瞬間、明里の身体がビクッと震えたが拒否されることはなく、明里はそのまま泣き続けた。
太一には明里が初めて昴にお弁当を作ることになったあの日が遠い昔のように思えた。
あの時も太一は明里とこの公園に来て、このベンチに座って語り合った。
違っているのは、あの時は希望に溢れていた明里が、今はこうして泣いている事。
自分たちはどこで間違ったのか、太一は明里の背中を撫でながらそればかり考えた。
「ごめんね太一」
「気にしないでよ。むしろ明里が謝る事なんて一つもないでしょ」
「そうは言われてもね……」
しばらく泣き続けていた明里は、今はやっと落ち着きを取り戻していた。
どことなく気まずそうなのは、幼馴染といえど泣いているところを見られたからだろう。
「僕なんて昔はいつも泣いてて明里に慰めてもらってたでしょ?」
「あれは小さい頃の話じゃない」
「そうだけどね。僕の方が散々明里に情けない姿を見られてるわけだからさ、明里はそんなに気にすることないよ」
「……ふふ、言われてみればそうだったね」
「本当に恥ずかしいって言うのはああいう姿ですよ」
「よく女の子に虐められたって泣いてたものね」
「女の子に虐められて女の子に泣き付くとか、もうね」
「太一も子供だったから仕方ないよ」
「それはあまり慰めになってないよ明里」
話をしているうちに、明里も少しだけ元気を取り戻して来たようで、軽く笑ってくれるようにもなった。
それでも明里の表情から陰がとれることはない。
どうにかして明里に元気になってほしい。そう考えていた太一は自然と思いの丈を話していた。
「ねぇ明里。僕ね、あの頃はいつも明里に慰めてもらってて、優しくしてくれる明里のことが好きだったんだよ」
「え、それって」
「あぁ安心してね! 小さい時の話で、とっくの昔にちゃんと諦めてるから。だからこそ言ったんだよ。今は全然そんな事ないし、誓って明里を変な目で見たりはしてないから」
「そ、そうだったの? でもどうしてその、諦めたの?」
「明里の好きな人は昴なんだってすぐに気が付いたからね」
「……そっか」
「だからね、僕はずっと明里を応援してたんだ。昴ときっと上手くいきますようにって、もちろん今でも僕は明里を応援してる。だから、もう我慢するのはやめよ?」
明里は何も答えてくれない。
俯いて歯を食いしばっている。
「明里がもうとっくに限界なことくらい僕にだってわかるよ。僕は明里が心配なんだ。だから昴に頼んでもうこんな事やめよ? 二人でしっかりと伝えればきっと昴も分かってくれるよ」
太一は必死に説得した。
ずっと隠していた自分の情けない想いを伝えたのは、自分が本心から明里の味方だと伝えたかったから。本当に心配していると伝えたかったから。
最後まで聞いてくれた明里は、顔を上げて笑ってくれた。けれど――
「ありがとう太一。でも、私はやめない」
――そう言って首を横に振った。
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