第45話 恋人と修羅場②
太一が由貴と交流するようになったのは、昴の頼みを叶えるためだった。
初めは本当にそれだけだったのに、由貴と喋り、触れ合い、仲が深まっていくにつれて太一は由貴から離れられなくなっていた。
太一にとって由貴は、幼馴染の二人以外にも自分に優しくしてくれる初めての存在で、最近では唯一太一の心を癒してくれる人だった。
なぜか太一を気に入ってくれていて、いつも気にかけてくれる由貴。
そんな由貴から興味を持たれなくなったらと考えると、太一はどうしても寂しさを感じずにはいられなかったのだ。
ただそれでも、どっちつかずな太一には何も行動を起こせなかった。
結局は演技する明里に流されるまま放課後を迎えてしまう。
昴の思惑だけが上手く進む中、ひと悶着があったのはその放課後のことだった。
「太一、ちょっと今から付き合ってほしいんだけど、いいでしょ?」
事の発端は、放課後になってすぐ由貴が声をかけてきた事だった。
太一と由貴は毎日放課後は緒に遊んでいたのだが、それはあくまでも二人だけの秘密にしていた。
もちろん昴にバレないようにするために太一がぼかしてお願いしたことで、だからこそいつもは一緒には帰らずに、集合場所を決めて現地で集まるようにしていた。
それなのに今日の由貴は何故か教室の中で声をかけてきた。
どうして教室で、と考える間もなく、太一は由貴のすぐ後ろまで近づいてきていた昴と目が合った。
射貫くような昴の鋭い視線に太一は貫かれる。
下手な返事をすれば、その瞬間に昴からはもう友達として見られなくなるということは太一にもすぐに理解できた。
「えっと、今はちょっと、ね」
太一はそれとなくここではダメだと由貴に伝えようと試みる事にした。
いつものようにチャットで集合場所を決めて、隠密にしか会えないと目で訴えてみる。
「お願い、大事な話だから、ね?」
だがそう都合よく伝わってはくれなかったらしい。
何故か少し強引な様子の由貴は何となく焦っているようで、どうしても太一を連れて行きたい様子だった。
「だ、だからね、その、今はっていうか、ここだと」
「すぐ済むから、ちょっとだけ付き合ってくれればいいから、行こ」
ついには太一は由貴に腕を掴まれてしまった。
意外なほど強い力の由貴に強引に手を引かれて、太一は思わず立ち上がってしまう。
それを見ていた昴の表情がより険しくなった。由貴の誘いにのったと思ったのだろう。
太一がマズイと思った時、由貴に引かれている腕とは反対の腕を誰かに引っ張られた。
「ちょっと、どこ行くの太一? 今日からは一緒に帰る約束でしょ?」
太一が振り向くと、すぐ傍で笑顔を浮かべていたのは明里だった。
「ほら、もう帰ろ? 今日も宿題出てたし、帰ったら私の部屋で教えてあげるから、もちろん二人きりでね」
そう言って微笑む明里は、まるで太一しか見えていないかのように手を繋いだまま歩き出した。
引っ張られて歩く太一だが、すぐに腕がのびきって動けなくなる。
振り返れば由貴も太一の手を握ったままで、まったく放そうとしていなかった。
「あの、上埜さん?」
「私についてきてくれるよね、太一?」
そう言う由貴からはいつものような朗らかさが感じられない。
顔からは笑みが消え、真剣な眼差しを太一に向けて来る。
その瞳には太一以外の姿は映っていない。
「太一? どうして止まってるの? 早く帰ろ?」
そう言われて振り向けば、明里も真っすぐに太一を見つめてきていた。
由貴も明里も、本当に太一のことしか眼中にないその様子に、太一は冷や汗が背中を流れていくような感覚を味わった。
いつまでもこのままではいられない。
どうすればいいのか迷っている太一が右往左往していると、また睨みつけて来る昴と目があった。
「……ごめん上埜さん。僕明里と帰るから、それじゃ」
太一はついに自分から由貴の手を振り払った。
太一にとって少し意外だったのは、由貴が案外あっさりと手を離してくれた事。
だが由貴は、真剣な瞳のまま見つめてきて、その目に耐えられなくなった太一は逃げるように背中を向けた。
教室を出る前、太一が最後に見たのは、満足そうな様子で由貴に近づいてく昴の姿だった。
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