第44話 恋人と修羅場①
「あ、そこ間違ってるよ太一」
「え? あ、ホントだ……ありがとう明里」
「ふふ、いいんだよ。だって私は太一の彼女なんだから、いつでも頼ってね?」
「……う、うん」
太一は今、ざわついている教室の中心にいた。
何故教室中がざわついているのかといえば、昴の作戦を実行している太一と明里が注目を集めているからだ。
「じゃあ最後の問題も頑張ってやってみて」
「うん……明里のおかげでなんとか間に合いそうだよ」
「もう、いつも宿題は帰ったらすぐやらないとって言ってるのに」
「……ごめんなさい。いろいろ考え事してて」
「やっぱり毎日私が見てあげないとダメだね」
「いやそんな、そこまでしてもらわなくても大丈夫だよ」
「遠慮しなくていいの、私が太一ためにやりたいだけだから」
太一は明里に忘れてきていた宿題を教えてもらっていた。
それだけならあまり人目を引くこともないのだが、太一に明里がピッタリと寄り添っていたら話は別になる。
椅子を隣にくっつけて、まるで太一の肩に寄りかかって来るくらいに明里が身体を寄せて来る。
太一は明里の身体の感触をはっきりと感じていた。
いくら幼馴染で仲がいいとは言っても、それだけでは説明のできない距離感だ。
そして明里がさり気なく何度か口にする言葉「私は太一の彼女なんだから」が、クラスメイト達の耳に入れば、ざわつくなという方が無理というものだ。
主に男子たちが必死になって真相を探ろうと、昴のもとに集まっている。
「あぁ、本当だぞ。あいつら昔からお似合いだったからさ、今はもう俺も間に入れないんだよ。ちょっと寂しいけどそれ以上に嬉しくてさ、お似合いだろあいつら!」
そんなふうに説明する昴の声が、太一の耳にまで届いてきた。
昴は自分でも作戦を成功させるために、太一と明里の関係を積極的に広めるつもりらしい。
太一にとってそんな昴の行動は意外でもなんでもなかった。
太一が明里と付き合っているとわざとクラスに見せつけているのは、他でもない昴の考えた作戦だからだ。
太一がもう別の人と付き合っているなら由貴も興味をなくし、今まで以上に自分を見てもらえるようになる。
そう確信している昴は、明里を巻き込んでこんなことまでさせている。
恋に盲目どころではない。明らかに昴は暴走している。
太一としてはこんなことは止めさせたかった。昴のために諦めたとはいえ、明里は昴の事が好きなのだ。
その相手からこんなことをしろと言われて、明里が傷つかないわけがない。そう思っていた。
そう思っていたのだが、太一が驚くほど明里は自然に恋人のように振舞っていた。
明里の方から積極的にやってきては、わざと目立つように距離感の近さを見せつけて、会話の中でさり気なく「彼女」や「付き合っている」という言葉を口にする。
さらには身体をくっつけたりすることにも躊躇しない。
演技でやっているはずなのに、それを知っている太一ですら、明里の行動にはドキドキさせられる程真に迫るものがあった。
いくら幼馴染とはいえ、本当ならこんなことをさせられたくないはずだ。
それでも好きな昴からの頼みならと、明里は身を削る覚悟なのかもしれない。
そう考えると余計明里に無理はさせたくないのだが、昴から協力しなければついに友達を辞めると言われてしまった太一は逆らえなかった。
太一はそれだけまた一人になるのが怖かったのだ。
昴から見放されたら、きっと明里からも距離をとられてしまうことになるだろう。
太一と昴、どちらを明里が選ぶかなんて考えなくてもわかることだ。そうなれば、他に友達のいない太一はまた一人。
情けない、と太一は自分を恥じる。
明里のためにこんなことは止めたいと考えてはいても、実際にはそのために何の行動も起こすことができない。
しかも、明里は昴に言われて演技をしているだけだというのに、太一は初恋の人が恋人になったという状況にドキドキしてしまっている自分にも気が付いていた。
明里が今まで以上に近くにいて、まるで本当の恋人のように太一ばかりに構ってくれる。
あの昴の話すら一つもせず、太一のことしか見えていないかのように明里が振舞ってくれている。
そんな夢のような状況に、最低だと自覚しても、どうしても心臓が高鳴ってしまう。
太一はそんな自分が過去最高に嫌いになった。
そう太一が自分を責めていると、また昴の上機嫌な大声が聞こえてきた。
「急ってわけでもないんだよ。あいつら昔からお互いに好きだったの丸わかりだったのに、どっちも恥ずかしがり屋で中々進展なくてよ。そこで俺がちょっと手助けしてたんだけど、やっと想いが通じ合ったんだ。二人とも大切な幼馴染だからさ、俺は本当に応援してるんだ!」
今いい気分でいるのはきっと昴だけだろう。
昴の考えた作戦は、今のところ明里の演技力のおかげで上手くいっているのだから。
太一と明里が付き合っているという情報は、もうクラスメイト達には広がり切っているはずだ。
もちろんその中には由貴も含まれている。
太一が一度由貴をチラ見した時は、驚いたような顔でこちらを見ていた。
あの様子なら由貴もすぐに真実だと思い込むだろう。
そうなればすぐに太一への興味をなくして、積極的に距離をつめようとしている昴に意識がむくはずだ。
これが昴の作戦で、その第一段階は上手く完了したということ。
先ほどから昴の上機嫌な声が聞こえてくるのもそういうわけだからだ。
太一はそれについても、モヤモヤとしたものを抱えていた。
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