第43話 最悪の作戦②
明里はずっと黙って昴と太一のやり取りを聞いていた。
もう驚いていたような表情は消えていて、感情の読めないその顔から、太一には明里が何を考えているのか読み取れない。
だが太一のせいで昴からこんなことを言われてしまったのだ。明里に恨まれてしまうのは避けられないだろう。
当然だ。いくら昴の頼みでも、明里だって好きでもない男と付き合いたくはないはずだ。
そして、明里が怨むのは、惚れている昴ではなく、太一の方なのだろう。
明里から恨まれる。そうなってしまった状況を想像して、太一は絶望で何も言えなくなった。
「……ふり、でいいんでしょ?」
すると、太一が何も言えなくなったのを見計らったように明里が口を開いた。
しかも好きな相手からの頼みだからだろうか。太一の予想に反して、明里はこんな無茶な要求にもできるだけ応えようとしているようだった。
「いや、ダメだ。本気で付き合ってくれ」
そんな明里の気持ちを知ってか知らずか、昴はさらに残酷なことを真剣な目で口にした。
「ネットで調べたんだが、こういうのって適当にやるとだいたいバレるらしいんだよ。女の子って男女関係には特に敏感らしい。それだと意味ないからな、明里は本気で太一と付き合って、上埜さんの前でいちゃついてくれ。協力するって言ってたんだから俺のためにそれくらいやってくれるだろ?」
この時、太一は昴に対して初めて抱く感情を自覚していた。
太一自信ははっきりと理解していなかったが、その感情は怒りというものだろう。
自分のせいでこうなったのだということも忘れて棚に上げ、昴に対する我慢できない想いが止めどなく太一の中で溢れて来る。
太一にとって今の昴の言い方は、そうなってしまうくらい身勝手なものに思えた。
いったい明里のことをなんだと思っているのだろうか。
いくら昴が明里の気持ちを知らないとはいえ、あの言い方だとまるで都合のいい道具のように太一には聞こえた。
明里をそんなふうに扱われて、太一も我慢できなかった。
「昴! いくらなんでも明里がかわいそうだよ!」
太一は人生で初めてと言ってもいいような大声を出した。
これには昴も少しは驚いたようだが、所詮迫力のない太一ではそれが精一杯だったらしい。昴はすぐに不敵な顔に戻ってしまった。
「なんだよ太一、俺に協力しないだけじゃなく、文句まで言うのか?」
「協力ならちゃんとしたよ!」
「最初だけな、必要以上に上埜さんと仲良くなりやがってよ。お前が上埜さんの身体目当てなの分かってるからな」
「な!? 何言ってるんだよ昴!」
「真実言ってるだけだって、抱き着かれてにやけづらしてるじゃねぇか。むっつり野郎」
「ぅ、ぅぅ……」
「すぐだんまり、図星だったわけだスケベ野郎。なぁ太一、お前オレに怒ってるけどよ。お前のせいで明里がこんな目に合ってるって分かってるか? 普通に恨まれるのは太一だぞ」
「それでも、酷いよ……」
「俺だって明里がかわいそうだよ。太一なんかと付き合わなきゃいけないんだぞ? 女としてこれ以上終わってることもないって」
「なら、そんなこと明里に言わないでよ。幼馴染でしょ? お願いだから止めてよ昴」
「馬鹿だな、俺は太一のせいで仕方なく言ってんだよ。それにさ、明里はかわいそうだけど、俺が昔からどれだけ明里の面倒見てやったか、太一と違って明里はそこんところちゃんと分かってんだよ。だから明里は協力してくれる。な、明里?」
昴から脅迫にちかい言葉を向けられた明里は――
「いいよ。もちろん昴のためなら協力するから」
――最近はすっかりと消え失せていた優しい笑顔でそう答えた。
太一は言葉がでなかった。
昴は満足そうに頷いている。きっと、明里が心から協力してくれているとでも思っているのだろう。
だが、太一には今の明里の笑顔が、何もかもを諦めたような、そんな投げやりなものにしか見えなかった。
前までは明里の笑顔を見れば心が温かくなったのに、今はただ悲しみしか太一は感じない。
「流石明里! 太一とは違うよなぁ。俺、明里と幼馴染になれて本当によかったよ」
「うん。昴の役に立てるなら何でもするよ」
「ホント恩知らずの太一にも見習ってほしいわ。じゃ、急で悪いけど教室戻ったらすぐ頼むな」
「わかったわ。具体的にはどんなことをすればいいの?」
「そうだな。基本的には上埜さんに見せつけるように太一と仲良くしてもらう感じだな」
太一が何も言えないでいる間にも、昴と明里で会話が進む。
太一は止めてあげなければいけないと思うも、例え間に入ったところで、明里は太一の話を聞いてくれないような気もしていた。
「まぁそうだな……手つないだり、身体くっつけたりくらいは普通にして欲しいな」
「教室の中で?」
「もちろん。上埜さんに見せつけるわけだからな。安心しろって、流石にもっと激しいことしろなんていわないからさ」
「うん。じゃあ言われた通りにするね」
「あぁ、あと付き合ってるって積極的に言ってくれ。太一との会話の中でとか、誰かに聞かれた時にな。わざと周りにも聞こえる感じで」
「……その方が上埜さんにも信じてもらえるものね」
「そう! その通り! 流石明里だ、頼りにしてるぜ!」
上機嫌そうに明里の肩を叩く昴と、嫌な顔一つせず頷いている明里。
太一には、もうこの流れを止めることができそうになかった。
「じゃ、今から二人は恋人同士な! いやぁおめでとう! 昔から太一と明里の面倒を見て来たけど、まさか二人に恋人ができるなんて思ってもいなかったよ。当然二人とも恋人ができるなんて初めてだろ? せっかくだから楽しんでくれよ!」
上機嫌に笑いながら明里の背中を叩く昴。
明里も笑っていた。
太一は笑えなかった。
「おい太一、これからも俺たちと幼馴染を続けていたからったらせめてこれくらいは協力しろよ。昔みたいに一人ぼっちに戻りたいっていうなら別だけどな」
そう吐き捨てるように言う昴からは、もう昔の面影は微塵も感じることができなかった。
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