第42話 最悪の作戦①


「いい作戦を思いついたんだよ!」


 最近では珍しく上機嫌な昴にそう言われた時、太一は何故か嫌な予感がした。


 コンビニのパンを片手に持ちながら、昴はわくわくを抑えきれない少年のように、目を輝かせて満面の笑みを浮かべている。


 今は昼休みの最中で、太一と明里は妙に張り切っている昴に連れられて人気の少ない中庭に来ていた。


 こうして三人で集まるのは今ではある意味貴重な時間になってしまっている。


 昴は由貴に夢中で、明里は無気力で自分の机から動かない。


 太一はといえば、昴の邪魔にならないように廊下で休み時間をつぶしていた。


 今やこうして三人で集まるのは朝の登校時と、このお昼休みだけで、それすらもイライラしている昴を筆頭に空気は最悪だった。


 のだが、今の昴は妙に機嫌がよさそうだった。


 朝までは難しい顔をして何やら考えこんでいたようだったが、先ほどの言葉からすると、由貴と距離を詰めるための何らかの方法を思いついたらしい。


 普通なら昴の機嫌が良くなって喜ばしいことのはずだった。


 前までなら昴が楽しそうなら太一も自然と嬉しくなった。


 それなのに、何故か太一は昴の笑顔がよくないことの前兆のように感じたのだ。


 なにか想像もできないような、とんでもないことを言われてしまいそうで、ビクビクと怯えていた太一は、すぐにその予感が正しいものだったと味わうことになった。



「明里さ、太一と付き合ってくれよ!」

「……え?」


 素で疑問の声をもらす明里。


 今の明里の心情はきっと、思いもしなかったというよりも、すぐには言葉の意味を理解できなかったという方が正しいかもしれない。


 声こそ出せなかったが太一も同じような気持ちだった。


 どうして昴がこんなことを言うのか、まるで意味が分からない。


 そのまま太一が呆然としていると、昴が得意げな顔でいい作戦とやらを明里に説明し始めた。


「いいか明里、今上埜さんは、なんでか分からないけど太一なんかを気に入ってるんだ。そのせいで俺は見向きもされない。そこで明里の出番なわけだ。明里が太一と付き合って、太一がフリーじゃなくなれば、流石に上埜さんだってちょっかい出さなくなるだろ?」


 だろ? と同意を求められた明里が困っているのは、太一にも顔を見ているだけですぐに分かった。


 無理もない。昴の言いたいことは何となくわかったが、その方法があまりにも乱暴すぎるのだ。


 それに諦めたとは言え、自分の好きな相手から、他の男と付き合うように言われたら、誰だってショックだろう。


 明里は昴のために自分の気持ちを諦めたのに、この仕打ちはあんまりだった。


「ちょ、ちょっと待って昴!」


 太一は流石に黙っていられなかった。


 何も言えないだろう明里に代わって、それだけは撤回させなければと思ったのだ。


「なんだよ太一。言っておくけどな、俺はもうお前のことは信用してないんだ」


 明里に声をかけていた時とは打って変わって、辛辣な言葉を返してくる昴。


 もうそんな風に思われてしまっていたことに傷つくも、今は明里のためにと太一は言葉を続ける。


「役に立てなくてごめん。でも、いくらなんでも横暴だよ」

「横暴ってお前なぁ、元は太一がいくら言っても上埜さんから離れないからこんな事になってんだぞ」

「えぇ!? そんな……」

「何驚いてんだよ。太一がちゃんと協力してくれたら明里にこんなこと頼まねぇって、つまり明里がこんな事しなくちゃなんねぇのもお前のせいなの、わかる?」

「待って待って! 僕はもう学校で上埜さんに声かけたりしてないよ!」

「関係ねぇんだよ。上埜さんの興味を太一から失くすために必要なんだ」

「なら、別に明里じゃなくても」

「ハッ、笑えるなぁ。たとえふりだとしても太一なんかと付き合ってくれる女の子なんているか? お前自分でそんな相手いると思うのか? 随分自信過剰になったんだなおい、いるなら行って見ろよ、ほら、誰なら太一なんかと付き合うふりしてくれんだ?」


 太一は今、本当の絶望を味わっていた。


 太一のせいで明里にまで、昴の無茶ぶりがまわってしまったのだ。


 しかも、考えうる限り最悪の形で……。

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