第41話 居心地のいい場所


 太一にとって最近の学校は、かなり居心地の悪いものになってしまっていた。


 その原因は昴の機嫌が最悪なほど悪いこと。


 由貴との距離を上手く詰められない日々が続き、昴はみるみるうちに荒れていき、最近ではイライラを隠そうとすることもなくなっていた。


 そんな最近の昴の様子は、昔から知っている太一にとっても衝撃的なもので、イライラを構わずぶつけて来る昴に太一は少し怯えていた。


 明里も怖がっているのかビクビクしているように見える。


「なぁ、なんかいい案ないのか太一? まぐれだとは思うけどよ、いったいどうやって上埜さんに気に入られたんだ?」

「いや、僕もどうしてなのかさっぱりで」

「お? なんだ? 自分が気に入られてるってことは否定しないのか? 随分自信過剰になっちゃったんだな。俺にはただ揶揄われてるだけに見えるけどな」

「あ、いや、ごめん。昴の言う通りだよ。僕は揶揄われてるだけだから」

「はぁ~そうかよ。そうやって俺にはなにも教えないつもりかよ。今まで散々面倒見てやってたってのに、そりゃないだろ」

「そ、そんなつもりは!」

「じゃあ何か役に立つこと教えてくれよ。なぁ? ほら、教えてくれ、どうやって上埜さんに気にいられたんですか?」

「いや、僕は気に入られてなんて……」

「結局黙るわけな。ホントイラつくなぁ、何回上埜さんに近づくなって言っても聞きゃしないしよ。そんなに頭悪かったのか太一って?」

「あれは、僕からはホントに近寄ったり、話かけたりしてるわけじゃ」

「あぁそうだな。お前も自分から離れようともしないで鼻の下伸ばしてるけどな。ちょっと幻滅するくらいスケベ野郎だったんだなお前」

「ぅぅ……」


 太一がどう言い訳をしても、昴からは責められてしまう。


 何も言えなくなった太一が黙るしかなくなると、昴からわざとらしくため息をつかれてしまった。


 太一はとても悲しくなったが、昴としては太一の心情などまるで気にならないのだろう。


 役に立たないとばかりに興味を失い、今度は明里に助言を求めている。


「なぁ、明里も何か案出してくれよ。太一は役に立たないからさ、女の子の観点から見てどうすればいいか教えてくれ」

「そ、そうだね、上埜さんの好きな話題とかを選んでみる、とか……」

「そんなことは当たり前にやってるんだよなぁ。もっとこう劇的な効果があることとかってないのか?」

「えっと、ごめん」

「はぁ~、まぁそうだよな。明里なんかに上埜さんみたいな明るい人の気持ちがわかるはずないもんな」

「……本当にごめんなさい」

「いいよいいよ。俺は二人をいっぱい助けて来たけどさ、結局俺は一人で頑張るしかないってこと分かってるからさ」


 完全な八つ当たりをされて、明里はもう何も言えなくなってしまったようだった。


 明里がかわいそうだと思いつつも、太一がそこに口を挟むことはできない。口を挟んで余計な流れ弾に当たりたくなかったのだ。


 少し前までは太一にとって何よりも大切で楽しいものだったはずの三人の時間は、今ではもう、早く時間が過ぎるのを待ってしまうほど苦痛な時間に変わり果ててしまっていた。



 いつも一緒に過ごしていたはずの幼馴染たちとの関係は確実に変わってしまっていた。


 放課後になると明里はすぐに一人で帰っていく。前まであった二人で帰る習慣はまるでなかったかのようだ。


 太一もすぐに教室を出る。いつまでも席に残っていると昴から睨まれるようになったからだ。


 太一が教室を出る前に少しだけ振り返ると、その昴はさっそく由貴に声をかけに行っているところだった。


 今までは放課後の部活を何よりも楽しみにして、誰よりも早く教室を出ていたというのに、あの頃の昴とはまるで別人のように見える。


 邪魔にならないようにそそくさと学校を出た太一は、明里を追いかけることもなく、ゆっくりと駅を目指した。


 駅についてもホームにはいかず、駅構内を通って反対側の出口に向かう。


 太一の目的地はカラオケ店。


 初めはその空気に委縮してしまった太一も、今では慣れたもので一人で個室を借りた。


 別にストレスを発散するために一人で歌いに来たわけではない。


 太一はチャットを今一度確認する。


『今日はとりあえずカラオケで集合ね』


 今日はここが二人の待ち合わせ場所なのだ。




「おまたせ! 太一ごめ~ん、待たせちゃったよね?」


 慌てるようにして個室に入ってきたのはもちろん由貴だった。


 走って太一を追いかけてきたのだろう。制服は少し乱れていて、肌が汗でしっとりとして見える。


「全然待ってないよ。その、昴はもう大丈夫なの?」

「しつこいから話ぶった切って来ちゃった」


 あどけなく笑う由貴の笑顔は可愛らしく、思わず見惚れそうになりながらも、太一は昴のことを考えていたたまれない気分になった。


「その、もう少し昴の話も聞いてあげたら?」

「え~、だって早く太一と遊びたかったんだもん」

「なんでそんなに?」

「そんなの一緒にいると楽しいからだって、太一だって私といれて嬉しいでしょ?」

「それは、まぁ楽しいけど」

「じゃあ何も問題ないいじゃん」


 こうして、今でも太一は昴に秘密で由貴を放課後を二人きりで過ごしていた。


 昴を明確に裏切る行為。だが、太一にはそうしなければならない理由がある。


 由貴からの誘いを太一が断れば、その時点で昴がフラれてしまうことになってしまうからだ。


 正確にはこれからアプローチをかけてくる人全てを、太一と遊べないことを理由に断ると由貴は言っているのだ。


 なんとも無茶苦茶な内容だが、これから由貴と距離を詰めに積極的に動く昴は確実にフラれてしまう。だから太一には由貴からの誘いを断ることができない。



 という状況が、太一にとっては免罪符となっていた。


 最近は幼馴染たちとの時間に苦痛を感じてしまう太一は、心のどこかで由貴と一緒にいたいと思ってしまっていた。


 太一は由貴と過ごす時間が何よりも楽しいと思ってしまっている。


 必死になって自分の気持ちを見て見ぬふりをしていても、太一は自分の本心を自覚してしまっていた。


 常に怒っているからのようにイライラしている昴と、表情を失って無口になってしまった明里。


 楽しい会話が途切れず、一緒にいるだけで明るい気分になれる由貴。


 どちらと一緒にいたいか聞かれれば、誰だって後者を選ぶことだろう。


 それは太一でも例外ではない。


 今や幼馴染たちとの時間が苦痛になった太一にとって、由貴の傍が一番安心できて、楽しめる居心地のいい場所になっていた。


 親友を裏切るような日々を送っている太一は、もちろんこんな日々はよくないと分かっていた。


 由貴が昴を蔑ろにするたびに罪悪感を感じる。


 それなのに、自分からは抜け出すことができない。


 まるで底なし沼に沈んでいくかのように、由貴との日々におぼれていく。


 もがこうとする気力も、由貴の温もりに当てられていると湧いてこなくなってしまう。


 昴のためという免罪符も作用して、太一は由貴との時間にのめり込んでいく。


 だがそれでも、太一の心の中では昴と明里の顔がちらついていた。


 由貴と二人で過ごす時間が積み重ねられていくと、比例するように幼馴染たちとの絆が崩れていってしまう現状を、太一はどうにかしなくてはと考えていた。


 だが、考えていただけでは何も変わらない。


 そして、太一が何も行動を起こせずにいるうちに、現状に満足できない男が先に行動を起こしてしまうのだった――。

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