第40話 赤羽昴の激情②
昴が声をかけても、由貴はまったく嬉しそうな様子を見せてくれない。
初めは恥ずかしがっているのかとも考えたが、いつまで経っても由貴の素っ気ない反応が変わることはなかった。
まるで相手にされていないようなあり得ない反応。
由貴から相手にしてもらえないせいで、屈辱的な感覚がじわじわと昴の心を蝕んでいく。
いくら昴が自分から積極的に由貴と距離を詰めにいっても、由貴は昴からするすると離れて行ってしまう。
今まで経験したことのない反応に、昴はもはや訳が分からなかった。
さらに昴の心をかき乱していたのが、あろうことか太一の存在だった。
昴がいくら声をかけても素っ気ないあの由貴が、何故か太一には自らすり寄っていく。それはあり得ない光景だった。
太一が由貴と話すようになったのは、昴が自分の代わりにいろいろと質問をさせたことがきっかけのはずだった。
だから初めのうちは二人が会話をしているところを見ても、昴は何とも思っていなかった。太一がしっかりと頑張っているのだろうと気にも留めなかったのだ。
ところが、だんだんと二人の様子が気になり始めた。
明らかに太一と由貴の距離が近すぎることに気が付いたからだ。
それに、自分が声をかけた時と太一の時では、由貴の反応が明らかに違うのも昴には信じられなかった。
昴が声をかけても由貴は何事もなく普通にしていた。
本当に普通の対応。ただクラスメイトと会話をするだけ、由貴から返って来る反応はそんなものだった。
だが、由貴が太一に見せる顔は明らかに違う。
お気に入りに構っているかのように本当に嬉しそうに笑っていて、明らかに太一との距離も近い。
一度、昴は試すように由貴との距離を詰めてみたことがある。
その時は由貴に身を引かれて距離を保たれてしまった。
由貴の肩におこうとした昴の手は空を切り、一歩踏み込めば由貴は一歩下がって距離を取られた。
だが、そんな由貴が太一には自分から抱き着いて身体をくっつけているのは、一体どういう事なのだろうか。昴には考えてみても検討もつかなかった。
上手くいっていない。
昴は次第にそう考えるようになる。
何故由貴は自分よりも太一なんかに興味を持つのだろうか。
どう考えても太一なんかより自分の方が何倍も優れているというのに。
昴の中で絶えずそんな疑問が渦巻く。
容姿、運動能力、学力、人としての社会的に必要な力と魅力。
その全てで太一に勝っていて、何一つ劣っていることなど自分にはないというのに、どうしてなのかと昴は必死になって考えた。
太一なんて、身長が低くくて筋肉もあまりない。男らしさは皆無で、その見た目にカッコよさは微塵もない。
幼い頃は昴が声をかけてやるまで一人ぼっちだったコミュ障で、それは今でも根本的には治っていない。
昴と明里以外には人見知りしていて、未だに新しい友達は一人もできていないからだ。
自分からは新しい交友関係を構築できず、今あるものにいつまでも必死に縋りつく事しかできない矮小な存在。
運動はもちろん苦手で何をやらせてもどんくさい。かといって勉強が得意というわけでもなく平均的で、幼馴染三人の中では一番成績が悪い。
改めて太一を分析してみても、他人に誇れる長所はなにもないはずだった。
だからこそ昴はいつも気にかけてやっていたのだから。
女の子から虐められていたら助けてやり、声をかけなければいつまでも一人で座っているから、気を遣ってお昼に誘ってやる。
昴がそうやって気にかけてやらないと、一人ぼっちになってしまうのが太一なのだ。
誰からも意識されず、一人が嫌なくせに誰かに声をかける勇気もない。
いてもいなくても誰かに影響を与えることもない。
そんな太一には何も魅力なんてないはずだった。
太一は由貴の情報を必死に聞き出してきてくれていた。それには昴だって、もちろん感謝していた。
初め、昴は本当に期待していなかった。
どうせ何もできないのだから、失敗するのが当たり前だ、運よく何か聞ければ程度に考えていたのだ。
太一がダメなら次は明里を使う計画も立てていた。
だが太一は、今まで何をやらせても上手くできたことなんかないくせに、由貴の情報を何度も持って来てくれた。
思いもしなかった活躍をする太一を、昴はよくやってくれたと本気で褒めていた。
けれど、そのせいで太一は少し調子に乗ってしまったのかもしれない。
最近、必要以上に由貴と仲良くなりすぎている。
それが気に入らなかった昴は、もう太一には由貴とあまり関わらないように釘をさした。
これで太一なら絶対に邪魔をしてこない。なぜなら太一には昴と明里しかいないからだ。
いつも太一が必死になって嫌われないように、何か役に立てるように頑張ろうとしていることを昴は知っていた。
一度不機嫌な顔をしておけば、太一は自分の立場を思い出し、昴の邪魔にならないように気を付けるだろう。
だが、そんな昴の考えは少しだけ甘かった。
太一は言われた通りに、自分から由貴に話しかけることはなかったが、由貴の方が相変わらず太一に寄って行ってしまうのだ。
たとえ昴が先に声をかたとしても、まるで眼中にないかのように、由貴は太一の元に行ってしまう。
ベタベタとくっつき、その豊満な身体を太一にこすりつける由貴。
太一は由貴に離れるように言っているが、それは口だけだと昴にはすぐに分かった。
何故なら由貴に抱き着かれて内心有頂天になっているのか、無理やり引き離そうとはしないからだ。
太一は鼻の下が伸びそうになるのを必死で隠し、由貴の身体の感触を楽しんでいるるに違いない。
根暗で今まで女の子から優しくされたことがないから仕方ないか……なんて、もう昴には思う事ができなかった。
昴は太一の印象を最悪のスケベ野郎だと改めることにした。
由貴のいい匂いにする髪も。
制服を盛り上げている大きな胸も。
短いスカートから伸びるほど良い肉付きの綺麗な脚も。
その全てが自分のものだと本気で考えている昴にとって、勝手にその感触を楽しんでいる太一は到底許すことができなかったのだ。
昴はこれでも、今まで太一のことを友達だと思ってあげていた。
無自覚に見下しながらも、小さい頃から一緒にいた太一のことを、いつも一緒に行動するくらいには気に入っていたのだ。
何をやらせてもどんくさく、何もできない情けない存在。
別に昴は馬鹿にしているわけではなく、単純に太一とはそういう人間だと認識していただけ、そして太一は昴の元でその通りに過ごして来た。
けっして昴に逆らうことなく、いつでも昴の役にたとうという気概があった。それは、太一には他に縋る相手がいないからだ。
もっと役に立って気に入られたい。そんな動機がはっきりと見える太一は、昴にとってある意味かわいい家来のような感覚だったのかもしれない。
だが、今や太一は昴の思い通りに動かなくなってしまっていた。
ただでさえ役に立つことなんてないというのに、従わないだけでなく、害にすらなりつつあるのだ。
そうなると昴の中で今まで無自覚に見下していた部分が大きく膨れ上がり、今では嫌悪感すら感じるようになっていた。
太一なんかのせいで、由貴に相手にされない。
太一が邪魔をするから、最近は何も上手くいかない。
太一なんかいなければ……。
そう思う気持ちが昴の中で爆発的に拡大していた。
どうして由貴が太一なんかを気に入っているのか、昴にはまったく理解できない。
だが大方本気で気に入っているわけではないのだろうとも考えていた。
由貴はただ玩具感覚で太一を揶揄っているだけで、すぐに飽きて捨てるだろうと昴にはそうとしか思えなかったのだ。
だがそう思い込もうとしても、教室で由貴が太一にじゃれついている姿を見ると、どうしても我慢できない気持ちが湧き上がって来る。
昴のイライラは収まることなく膨れ上がり続けていて、今やそれは、目に見える形であふれ出そうとしていた。
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