第33話 不信感②
これまでの人生で、太一はこうして女の子から声をかけてもらえた経験がない。
当然自分から声をかける勇気や自信もなく、周りから注目されるような長所もない。
小さい頃から一緒にいてくれた幼馴染の昴と明里だけが、太一を見てくれる存在だった。
そんな太一にできた初めての友達。
太一とは違い人目を引き付ける優れた容姿。明るく会話も主導してくれて、太一のような引っ込み思案にとっては相性が最高の相手。
そんな由貴のことを、太一は今や昴や明里と同じくらい重要な存在として見てしまっていた。
明里でもない女の子から登校中に声をかけられるなんて、初めて経験した太一が浮かれてしまうのも無理のない話だった。
これまでは声をかけてくるのが女の子なら昴に、男なら明里にと明確に目的が決まっていて、まるで付属品のような扱いをされてきた太一。
しかし由貴はその二人には目もくれず、太一に真っ先に声をかけてくれたのだ。
口では小言を言いつつも、太一が抱き着いている由貴から離れようとしないのは、素直に嬉しかったからだ。
「今まで朝会ったことなかったじゃん? だからついテンション上がっちゃったんだよね」
「そういえば、たしかに初めてかもですね」
「でしょ? だから仕方ないってわけでして」
「いや、それだとしても」
「なんだよぉ。いいでしょ? 私らの仲じゃんかよぉ」
由貴に抱き着かれたまま歩きながらも、振り払うことはできない太一。
腕は由貴の胸の間に挟まれて、意識しないようにと思っても無駄な抵抗で、さらには由貴から香るいい匂いに包まれた太一には、もうあまり周りが見えていなかった。
「……た、太一?」
そんな太一の耳にもしっかりと聞こえたのは明里の声だった。
その声は少し震えていて、異変を感じた太一はすぐに明里を振り返った。
「どうしたの明里?」
「えっと、その……」
歯切れの悪いその反応を不審に感じるも、明里が動かした視線をたどれば、太一はすぐに自分の失態に気が付くことになった。
「……」
明里の隣にいる昴が、不機嫌さをあらわにした顔をしていたからだ。
眉間に皺を寄せて目を細めている顔を見れば、昴があからさまにイライラしているのが分かる。
睨むようなキツイ視線は紛れもなく太一にのみ向けられていて、太一は今まで向けられたことのない目に思わず身体が震えてしまった。
「上埜さん! いい加減離れて!」
「あぁん、どうしたの急に?」
「いや、急もなにも恥ずかしいから」
太一は慌てて由貴と距離を取る。
昴の目の前だということを失念してしまうほどに、太一はあまりにも浮かれすぎていた。
これまで昴には上手く隠せていたというのに、今だけでかなり余計な所を見られてしまった。
きっとこれで昴にはあらゆる疑念が浮かんでしまったことだろう。
太一は昴から感じる不穏な空気が恐ろしく、昴の顔をまともに見る事ができなかった。
「あぁそういえば、二人ともごめんね。太一をちょっと独占しちゃってました」
「え、いえ……」
場に漂う空気なんてお構いなしの由貴はが、明るく昴と明里に声をかける。
大人しく控えめな明里は戸惑い気味で、それ以上何と言っていいのか分からないようだった。
「いいんだ。それよりホント珍しいよな! 登校中に会うの初めてだね!」
明里とは対照的に、声をかけられて嬉しそうになったのは昴だ。
つい先ほどまでは暴れ出しそうなくらい不機嫌な顔をしていたというのに、由貴に声をかけられてからはすぐに笑顔になっていた。
まるであの不機嫌な様子が演技にも見えて来る変りようだ。
「ね~、よく太一探しながら学校来てたけど、見つけたのは今日が初めて」
しかし由貴の言葉の選択が致命的によくない。
太一にばかり焦点を当てているような由貴に昴の顔が少しひきつった。
「そ、そうか。それより、上埜さんは今日はいつもの時間とは違うのか?」
「そだよ~。今日は太一と合えるかなって思って時間をずらしてみたんだ」
「へ、へぇ……ま、まぁそんなことはいいんだ。せっかくだから一緒に学校に行こうぜ。ほら、太一から話を聞いてさ、俺も上埜さんとは仲良くなりたいと思ってたんだよ!」
「え!? 何々、太一ってば私のことなんて言ってたの?」
急に食いついた由貴に、少し後ずさる昴。
せっかく由貴が興味を持ってくれた様子でも、あまり嬉しく無さそうなのは太一という言葉にだけ由貴が反応したからだろうか。
太一は昴に睨まれた手前で会話に混ざる訳にもいかず、ただハラハラと見守ることしかできなかった。
「あ、あぁ、えっと、いい人だって」
「ふんふん、それから?」
「あ~あとは……かわいいって、ちなみにだけど俺も上埜さんはかわいいなって前から―」
「ちょっと太一! 私のことかわいいって思ってたなら言ってよ! 直接言ってくれたことないじゃん!」
昴の言葉を最後まで聞かない由貴に太一はまた抱き着かれることになった。
昴としては単に口実にして自分の気持ちを伝えようとしていただけだろうに、まるで興味を持たれていなさそうな反応に少し唖然としているようだった。
「そんなこと、僕は言ってないですよ」
「え? だって今そう聞いたけど?」
「あれは、昴が―」
昴が自分の気持ちを伝えるための口実。
とは本人を目の前にして暴露するわけにもいかず、太一はそれ以上なにも言えなかった。
結局、太一はそれから由貴に抱き着かれたままで、なかなか放してもらえなかった。
まるで競うかのように由貴の反対側に立つ目が笑っていない昴と、オロオロとすることしかできない明里に挟まれて、太一は登校中にどんどんと精神をすり減らしていったのだった。
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