第34話 用済み
「なぁ太一……お前ちょっと上埜さんと仲良すぎないか?」
太一が恐れていたことが起きたのは、案の定昼休みだった。
こういう話をされるとしたら、三人だけになる昼休みが一番危ないと太一はビクビクしていたのだが、その予想が外れることはなかった。
最近の昴は由貴の話をするために、太一と明里を毎日中庭に連れ出すようになっていたからだ。
今日もその流れで中庭でのお昼となり、弁当を広げる前に昴が口火を切った。
太一にとって幸いだったのは、昴が今朝のようにあからさまに不機嫌ではないことだろか。
心の中では昴がどう考えているのかはもちろん分からないが、睨んでくるようなこともなく今はあくまでも冷静そうに見える。
「ごめんね。そんなつもりはなかったんだけど……いろいろと上埜さんに聞くためには、どうしてもね」
太一の言い訳はスムーズに口から出て来た。
なぜならそれは、いつも太一が自分自身に言っていたことだからだ。
由貴と二人きりで遊びながら、いつも感じていた昴に対する罪悪感。
それを少しでも和らげてくれるのが、昴から頼まれているから仕方ないという言い訳だった。
実際に太一が由貴と交流するようになったきっかけは、昴から自分の代わりに由貴に質問してきて欲しいと言われたからだ。
それだけなら夜遅くまで由貴と遊んでいる必要はないのだが、由貴から質問に答える条件として、放課後一緒に遊ぶならと言われてしまっている。
つまりは言い訳でもあり、昴のためにというのは真実でもあった。
太一は由貴と二人で遊んでいることは昴には秘密にしているが、嘘を言っているわけではないし、由貴に近づいたのも昴からの指示なのだから。
「あぁ、それはそうだよな。仕方ないところもあると思うが……」
昴も自分の作り出した状況は理解していたのかもしれない。
午前中の間に冷静になった頭でそれを理解し、太一のことをあからさまに怒れはしないと判断したのだろうか。
だがそれでも、朝起きた事は昴にとって我慢できないくらいの衝撃だったのかもしれない。
「だけどな、今朝みたいなのはいくらなんでも距離が近すぎるだろ? 上埜さんから抱き着かれてたじゃないか」
「そうは言われても、急に抱き着かれただけで僕からは何もしてないよ」
「だったらすぐ離れたらよかったじゃないか。明里に言われるまでそのままだったろ」
「それはそうだけど、でも僕は」
「とりあえず言い訳は止めてくれ。本当に太一が俺のことを考えてくれてるなら、あんなことできないはずだ」
昴は怒鳴ることなく淡々と喋っているが、いつになく厳しい言い方だった。
昴の立場になって考えると、自分が仲良くなるために太一を使っていたといのに、いつの間にか自分より先に太一が仲良くなってしまっていたのだ。
別に太一が由貴と付き合っているというわけではないが、目の前で仲の良さを見せつけられ、横からかっさらわれたようでとても我慢できることではないのだろう。
言い訳はただ状況を悪化させるだけだと理解した太一は、ただ首を垂れて昴の言葉を聞く事しかできなくなった。
そんな太一に手を差し伸べてくれたのは、今まで黙っていた明里だった。
「ねぇ昴。そこまで太一を責めないで、太一は昴のために色々と聞いてきてくれたんでしょ?」
「明里……それは、そうだけどよ」
「それに、太一が昴のことを考えてないなんて、それこそあり得ないと思う。だからこそ毎日頑張ってくれてたんでしょ? 今朝の太一は本当に何もしてないし、今だってすごく反省しているもの」
これまであまり口を挟んでこなかった明里に言われて、昴も少し罰が悪そうになり、先ほどまでの勢いはそがれているようだった。
今しかないと思った太一は昴に改めて頭を下げた。
「ごめんね昴」
「……いや、分かればいいって」
仕方なさそうに肩を叩いてくれた昴に、太一はホッと胸をなでおろした。
「とにかくだ。上埜さんは俺が狙ってるわけだから、太一はこれからは気を付けてくれよ」
「うん、ホントごめんね」
「まぁ太一も男だからな、今まで女の子から優しくしてもらったことすらないし、抱き着かれて鼻の下伸ばしちゃうのも仕方ないってのは分かってるからよ」
「うっ……申し訳ないです」
とりあえずのところは許された太一だったが、明里に諭されてもまだ本心では完全に納得のいっていないような昴からの小言は続いている。
せっかく落ち着いてきたというのに、また昴を興奮させてしまっては明里にも悪いと思った太一は、その全てに素直に頷いて返事をしていた。
だが、昴から続けて言われたことにだけは、すぐに頷くことができなかった。
「とりあえず、もう情報集めはお終いにしよう。太一はもう上埜さんと話さなくていいから」
「う……え?」
そんなことを言われるとはまるで考えてもいなかった太一は、言われた意味を理解した瞬間思わず昴に食い下がっていた。
「でも、まだ昴だって聞いておきたいことがあるんじゃないの?」
「それはそうだけどな、もうなりふり構わず直接聞くことにしたんだ。そうじゃないと、俺はいつまでも影が薄いままだろ」
「昴が影薄いって、そんなことないと思うけど」
「いやそうだろ。俺が上埜さんに声をかけても今はまったく興味持たれてないのが分かるんだよ」
そう言う昴の顔には隠しようもない悔しさが滲んでいた。
「俺が間違ってた。人を初めて好きになったから慎重になりすぎたんだ。情報を集めてから全部スマートにやろうとしてた。けどさ、直接上埜さんと関わってれば、今頃は太一みたいに上埜さんと親しくなれてたはずなんだよ!」
「そんな、僕は……」
「いいって、とにかくだ。これからは自分で積極的に上埜さんと距離を縮めようと思う。だからもう太一は上埜さんに近づかなくていいから。今まではサンキューな」
ひとつも隙は与えないというような言い方だった。
昴からぴしゃりと言い切られてしまった太一は、なんとも言えない喪失感を味わっていた。
今まで由貴と遊んでいたのは、昴のためという理由があったからこそだ。
それが今、本人からもう必要ないと言われ、距離をとるように言われてしまった。
つまり、もう太一は放課後に由貴と遊ぶ理由を失ってしまったのだ。
太一は自分がショックを受けていることを自覚した。
それは太一にとっても驚くようなことだったが、それだけ由貴との時間が楽しかったということなのだろう。
だが今更自覚しても、もう由貴との時間は失われてしまった後だった。
「太一のおかげでもう上埜さんのことはいろいろと知れたし、一番重要な相性もいい事がわかった。それに上埜さんって明るくていい子だからさ、俺がもっと積極的に行けばすぐ仲良くなれるはずなんだよ」
自信があるのか目をギラギラとさせながら昴は頷く。
実際、昴の言う通りになるのだろうと太一は思った。
今まで昴と仲良くなりたい女の子たちは大勢いた。
そんな人気者の昴から逆に距離を詰めてきたとしたら、どんな女の子でも意識してしまうに違いない。
今はまだ太一を気にかけてくれている由貴だって、そうなってしまうのは例外ではないのだろう。
太一は、いずれは昴に夢中になってしまい自分のことなど忘れてしまったかのように振舞う由貴の姿を想像してしまった。
胸が急激に苦しくなる。
それはおかしい。と太一は自分に言い聞かせた。
これくらいで悲しいと感じるなんておかしな事だ。
だって太一はこれまで何度も同じような事を経験しているのだから。
今まで優しく声をかけてくれた女の子たちは、みんな昴に夢中だった。
昴に紹介するとすぐに太一の事は目に入らなくなるのはお決まりのパターンで、そんなことには、太一はもう慣れているはずだ。
そのはずなのに、何故か今は太一の胸から苦しみは消えてくれない。
もう由貴の事はいろいろと知れたという昴に、自分の方がもっと深い事情まで知っているのにとすら思ってしまう。
「俺としては今日か明日には連絡先くらいは聞けるようになりたいんだよ。どう思う明里?」
「え……昴なら、きっとうまくいくよ」
「だよな! 太一も応援しててくれよ!」
――僕の方が
「……うん。応援してるね昴!」
結局太一は、自分の中に湧き上がって来た馬鹿な考えを打ち消して笑顔を浮かべた。
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