第32話 不信感①


「自分を優先してくれる人って、上埜さんって結構乙女だよな?」

「そうかもね」

「あんな自立してそうな見た目なのにそれって、ギャップがヤバいだろ!? 可愛すぎるんだが!?」

「う、うん。よかったね」


 いつものように三人での登校中。


 太一はテンションの高い昴に少しだけ辟易しそうだった。


 昨日由貴の好みを詳しく知れたことがよっぽど嬉しかったらしい。


 今朝の集合場所に現れた時からすでにこのテンションが出来上がっていて、太一はもう何度も繰り返される話にいちいち返事をしていた。


 ちなみに明里はといえば、目から光がきえ早々に無口になってしまい、今ではただ黙って太一と昴の後ろを付いてきているだけになってしまっている。


 太一は明里が心配でチラチラと振り向いて確認していたが、今では完全に俯いてしまっている明里の表情を見ることはできなかった。


「はぁ~可愛すぎかよ。ホントヤバイよなぁ?」

「え? あぁそうだね」

「ていうかさ、運命かもしれないなこれ」

「何が?」

「いやぁ~俺って上埜さんの好みにピッタリだと思わないか?」


 どうやら本気でそう思っているらしい昴は、腕を組みドヤ顔をしている。


 普通ならそんな自意識過剰に聞こえることを言っている人がいるならば、聞いている方は呆れそうなものだが、太一は昴の言っていることが正しいかもしれないと素直に思っていた。


 最近の昴は本当に由貴一色に染まり切っているからだ。


 以前はよく昴から聞いていた部活の話題なんかは、太一が最後に聞いたのももう何日も前。


 それくらい昴は由貴の話題ばかりだし、こうして今も後ろで沈んでいる明里がいても、まるで目に入っていないのかと思うくらい気にも留めない。


 それだけ昴が由貴に夢中であるということで、由貴の好みも自分を何よりも優先してくれる人。


 つまりは幼馴染も目に入らなくなるくらい由貴を考えている昴は相性としてはピッタリなのかもしれない。


「……僕も昴は相性いいんじゃないかと思ったよ」

「だろ!! 流石太一は俺のこと分かってるぜ」


 太一の返事を聞いた昴が上機嫌に笑う。


 昴はそのまま太一と肩を組もうとしていたようだが、太一はそれよりも先にぶつかって来た何かのせいでよろめいた。


「たーいちっ!」

「うわっと!? びっくりした!」

「アハハハ、太一驚きすぎだって」

「ゅ……上埜さん! 急に抱き着いて来ないでくださいよ!」

「え~だって太一見つけちゃったからつい……」

「だったら普通に声をかけてくれたら、怪我したら危ないでしょ?」


 とっさの事で思わず由貴の名前を呼んでしまいそうになった太一は、それでもなんとか踏みとどまった。


 由貴から名前で呼んで欲しいと言われ、二人きりの時だけという条件で受け入れたのだが、もちろん昴と明里にもその事は秘密にしている。むしろ一番知られてはいけない相手が昴だろう。


 これまで苗字で呼んでいた感覚がなかなか抜けなかった太一が、咄嗟に名前を読んでしまいそうになったのには訳がある。


 昨日由貴が一度止めたチャットをまた送ってきて、わざわざ何度も太一に名前でと強調してきたのだ。


 おかげで太一もすっかりと名前で呼ぶことに抵抗はなくなったのだが、こういう時には逆に困ることになるかもしれなかった。


 どうしてかと言えば、最近の太一は以前よりも周りからの視線が気になりだしていたからだ。


 昴からの頼みを聞いて、由貴を一緒に過ごすようになり、今ではすっかりと由貴と打ち解けている。


 明里以外の女の子が苦手で、会話をするだけでも緊張してしまっていたのが嘘のように、太一は由貴と自然体で過ごせていた。


 そして、そのおかげというべきか、周りから注目を集めてしまうようになってしまったのだ。


 太一が由貴と二人きりで過ごすのは主に放課後で、今では一緒に帰るのが習慣化しているが、学校にいる時の太一は由貴に自分から話しかけたりはしなかった。


 同じクラスに昴がいることを考えれば、それは太一にとって当然の選択であり、昴の目の前で不必要に由貴と接触しないように気を付けていたからだ。


 由貴からは太一に絡んでくることはあるのだが、初めの頃はそこまで注目される程ではなかった。


 それが最近では、由貴が話しかけて来る頻度も増え、目立つ由貴と一緒にいることで太一もクラスの中で視線を感じるようになったのだ。


 今のところは昴から何も言われてはいない。


 毎日新しい由貴の情報を教えているから多めに見てくれているのだと思うが、昴の事を考えれば本当は太一は由貴からもっと距離を取るべきなのだ。


 しかし、太一は絡んでくる由貴から離れることができなかった。

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