第31話 由貴との相性


『今日の写真ね。太一ったらぁw』


 そんなメッセージとともに写真が送られてきたのは、太一が家についてすぐのことだった。


 撮った時にも見せてもらっていたが、写真には由貴の胸元をじっと覗き込んでいる太一がはっきりと映ってしまっている。


 この写真は太一にとってかなり恥ずかしく、本当なら消してもらいたいとも思った。


 だが由貴はまったく気にしていないのか笑い話で済ませてくれて、さらには二人の記念と言われてしまえば、新しく出来た友達の証明のような気がして嬉しくもなった。


 太一は送られてきた写真を保存して、すぐに由貴に返事を送る。


『お願いだから誰にも見せないでね』

『大丈夫。なんならこれも二人だけの秘密にする?』

『お願いします』

『なんか私ら二人だけの秘密が増えてくねw』


 由貴からのそのメッセージを見て、太一は少しドキドキしていた。


 由貴との二人だけの秘密が増えていくたび、どんどん仲が深まっていくのかもしれないと考えてしまったからだ。


 今以上に由貴と仲良くなれたらどんな関係になるのだろうか。太一がぼーっとそんなことを考えていると、またスマホが振動した。


 また由貴からだと思った太一がスマホを開くと、新着は由貴ではなく昴からのチャットだった。


『おっす、上埜さんの好みのタイプきけたか? 俺ももう帰って来てるんだが、どうだった?』


 太一は生まれて初めて血の気が引くとはどういうことなのかを、身をもって味わった。


 そう、太一は本来の目的をすっかりと忘れてしまっていたのだ。


 元々、由貴と遊ぶようになったのは昴のためだ。


 太一は、昴が由貴の情報を集めるのに協力しているだけ、そして今日は昴から、相性がいい人とはどんな人なのか聞いてくるように頼まれていた。


 だというのに、太一は由貴とカラオケに言ってからはお喋りに夢中になり、果ては一緒に写真を撮って、二人で過ごす時間を楽しんだだけで帰ってきてしまっていた。


 部屋で楽しかったと満足している場合ではなかったのだ。


 今になって慌てている事からもはっきりとしているが、由貴と二人でいた時は太一の頭から昴の頼みがすっぽりと抜け落ちてしまっていた。


 当然のように由貴がどんな人と相性がいいのかなんて、まるで聞けていない。


 絶望して頭を抱えそうになった太一だが、すぐにあることを閃いた。


 不幸中の幸いか、ちょうど今日は由貴の連絡先を手に入れている。


 チャットで聞けば今からでも問題はない。そう思いつくやすぐに行動に移した太一は、慌てて由貴にメッセージを送った。


『どんな人と相性がいいか?』


 幸いにして由貴からはものの数秒で返事が返って来た。


 これでたまたま由貴がスマホを見てくれない時間が続いたら、太一は居ても立っても居られなくて、心労で倒れてしまったかもしれない。


『はい、それが今日の友達からの質問だったんですけど、つい忘れてて』

『なぁんだ。そういうことね』

『好きなタイプは相性のいい人って伝えたんですけど、もっと詳しくと言われてしまったので』

『う~ん。うちのママはさ、相性が悪い人を選んじゃったから離婚したわけじゃん?』


 急な話題の転換に少しだけ太一の手が止まるが、それは今日カラオケにいた時に由貴から聞いた話だった。


 由貴の両親はもう何年も前に離婚していて、由貴は今母親と二人で暮らしているらしい。


 由貴の両親は些細な事で絶えず喧嘩をしていたようで、相性が最悪だったそうだ。


 お互いに自分の意志が強い人だったのかもしれない。


 だとしても、子供の前ですら口を開けば喧嘩をする両親の様子を見て育ったなら、由貴が何よりも相性を大切にするのは納得のことだった。


『いつも喧嘩ばかりしてたんだよね』

『そうそう。どっちも自分の意志が強くて譲るってことを知らないから、いつも喧嘩になってた。お互い相手に自分の言う事聞かせようと必死だったんだろうね』

『ずっと親の喧嘩を見てたんだね』

『うん。でね、その時からずっと私は、ママも馬鹿だなぁって思ってた』

『そうなの?』

『別にママが嫌いなわけじゃなくてね。気が強い人だからさ、自分が何でも主導権を握りたいの。それなのに、相手に同じような気質の人を選んだら喧嘩になるのは目に見えてるじゃん? どっちも言う事聞け! ってなるんだからさ。だからなんでもっとママにピッタリの人を選ばなかったのかなって』


 由貴からのメッセージを見ていても、親に対して嫌悪の感情は感じない。


 太一はもし自分が同じような状況だったら、たぶん家が嫌いになってしまうだろうなと思った。だが由貴はそうはならなかったようだ。


 特に今も一緒に住んでいる母親とは仲も良さそうだ。


 まるで友達の恋愛事情を話すかのように親の離婚話をする由貴を、太一は改めて強い人だと感じたのだった。


『ママにはかなり気の弱い人がピッタリだと思うの。それこそ何でも言う事聞いて全部優先してくれるくらいの、逆らえなそうな人とかね。ダメな王女様みたいな人だから』


 ただ、自分の母親への評価はなんというかシビアだと太一は思った。


『それは言い過ぎなんじゃ?』

『そんなことないんだって! ホントだよ?』

『まぁ分かったよ。それより上埜さんの事を教えてほしいんですけど』


 太一は質問の答えを促す。


 由貴の過去について話してもらえるのは、太一にとっても嬉しい事だったが、昴を待たせている今は正直あまり興味を持てなかった。


『太一、今一人でしょ?』


 だが由貴から返って来たのは質問の答えではなく、質問だった。


『そうだけど?』

『なら由貴って呼ぶ約束でしょ?』


 太一はそこで自然と『上埜さん』と打っていたことに気が付いた。


 チャットではどちらでも良さそうなのに由貴は意外と細かいらしい。


 とにかく急いで昴へ返事を返さなければならない太一は、すぐに打ち直した。


『由貴さんの事を教えてください』

『よろしい。やっぱり、私のことだけを考えてくれる人かな』

『う~ん、何よりも由貴さんを優先するとか、そんな感じ?』

『まぁだいたいそんな感じ? ほら、私も乙女だから』

『うんうん了解。けど、なんだか由貴さんのお母さんと似てない?』

『まぁ親子だからね。それに、別れた時はママもそれなりに悲しそうだったからさ、私は絶対に経験したくないなって、ずっと私から離れないで一緒にいてくれる人がいいと思ったの』


 太一は由貴からくるメッセージを見て、やっぱり少なからず親の離婚というのは子供に影響を与えるものなのだと実感した。


 ただそんな過去にとらわれず、むしろ自分の人生に上手く生かそうとしている逞しい由貴は、太一からは眩しくすら思えた。


『いろいろと教えてくれてありがとう由貴さん』

『いいよ~。ちなみにさ、私、太一とは相性いいと思うんだよね』


 不意打ちに近いメッセージを見て、太一は「揶揄わないでよ!」と思わずスマホに向けて喋っていた。


 別に音声がつながっているわけでもないため、当然由貴には伝わらない。


 そんな自分の行為が恥ずかしくなった太一は、すぐにメッセージを送った。


『揶揄わないでください上埜さん』

『名前』

『揶揄わないでください由貴さん』

『よろしい。じゃあ私お風呂入ってくるからまたね』

『うん。また明日』

『明日は二人でどこ行こっか? 楽しみだね』


 最後に由貴が送って来た一文。


 明日も一緒に遊ぼうと、こんなにも自然に誘ってくれる友達が出来た事に、太一は喜びが隠せなかった。


 二人でというところには、わざと目をつぶる。


 どっちにしろこれからも昴の頼みを聞くためには必要なことだと、太一は心の中で言い訳をし、すぐに今聞いたことを昴にチャットで知らせたのだった。

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