第27話 二人だけの秘密②


 学校の最寄駅の裏手にあるカラオケ店。


 太一は小さな個室の中で委縮していた。


 来る前は由貴から無理に歌う必要はないと言われて、少し気が楽になっていた太一だが、実際に初めて中に入ると雰囲気に圧倒されてしまったのだ。


 太一がまず怖かったのは、受付にいた店員だった。


 派手な色に髪を染めた少し年上に見える女性。見た目的には大学生だろうか。


 由貴と似たような風貌なのにその雰囲気はまるで違っていて、愛想はまるでなく、やる気がまったく感じられない。


 対応が面倒だと考えているのがストレートに伝わってくるようなその態度に、太一は思わずたじろいだ。


 由貴はまったく気にせずに手続きをしているが、太一はその後ろでおどおどとしている事しかできない。


 落ち着かなかった太一は視線が定まらず、きょろきょろと辺りを見回しているうちに、店員と一瞬だけ目が合ってしまった。


 まるで興味の欠片も抱かれていないような無機質な瞳。


 その瞳で見られた瞬間、太一は嫌でも昔の記憶を思い出した。


 昔から一部の女子よりも身長が低いほど小柄で、運動もからっきし、まるで男らしさがない。


 勉強や芸術性など、他の分野でも人に自慢できるような長所もなく、女の子からはまったく興味を持たれることのなかった太一。


 太一に話しかけてくれるのは昴目当ての女の子だけ、太一自身のことなど女の子たちの目には映ってはいない。


 周りからのそんな扱いに、当時の太一は自分が本当に存在しているのか不安になった。


 けれど、長年そんな扱いをされてきてた太一には、もう慣れたはずのものだった。


 たとえ関心を持たれなくても悲しむことは止めたのに、最近は隣にいる女の子がやたらと構ってくれるおかげで、すっかりとそのことを忘れてしまっていたらしい。


「おっけ、それじゃ行こっか」


 花が咲いたような笑顔と楽しそうな瞳を太一に向けてくれるその人、由貴に手をひかれて太一は店内の奥に足を踏み入れた。


 こんな瞳で自分を見てくれる女の子に、太一は他にあったことがない。


 唯一優しくしてくれた明里とも違う瞳。


 由貴と一緒にいるだけで太一は自分が安心している事に気が付いた。


 奥に行くと店内は太一の想像以上にうるさかった。


 狭い通路が奥に続いていて、両脇には個室が並んでいる。その個室からは絶え間なく大きな音が漏れ出していて、太一には騒音にしか思えなかった。


 狭い通路を由貴に続いて歩いていると、途中で何人かの女子高生とすれ違った。


 制服が違うから他校の学生だろうか。太一はいつものそうするように、あまり女の子たちを見ないよう視線を床に落として通り過ぎた。


 だがその時、太一はじろじろと見られているような視線を感じた。


 それが気になって、廊下の角を曲がるとき太一は少しだけ振り向いて見た。


 結果的に視線を感じたのは太一の気のせいではなかった。


 女の子たちは明らかにこちらを見ていて、小声で何か喋っている。


 女の子たちが何を喋っていたのか聞こえたわけではないが、自分に自信のない太一は、そんな光景を見るとつい自分が馬鹿にされているように感じてしまい、早くも来たことを後悔した。



 個室に入ってしまえば騒音は少しだけましになった。


 それでも熱唱する声が隣の壁から聞こえてきている。


 ここで歌えば同じ部屋の人だけでなく、見知らぬ誰かにも歌声を聞かれてしまうことになるらしい。


 それが分かってしまえば、太一は尚更歌うのは無理だと思った。


「ほら、メニューも色々あるでしょ? とりあえず飲み物頼んでおこうか」

「うん……」

「やっぱり苦手? もう出ようか?」

「いや大丈夫です。なんていうか、少し圧倒されちゃっただけだから」

「あぁ~初めてだとちょっとうるさいかもね。ホント無理しなくてもいいんだよ」

「ありがとう。でも、上埜さんと一緒じゃなきゃこれからも一生来ることなかったかもだし、せっかくだから」

「……ふふ、太一ってさぁ、このまえ行ったカフェもゲーセンも初めてだったよね?」

「うん。ゲーセンはなんか怖かったし、カフェはなんか気後れしちゃって一人じゃはいれなくて。昴と明里もゲーセンとか興味なかったし」

「なんかさぁ……私ママになった気分」


 突然訳の分からない事を言い出した由貴に、太一は怪訝な視線を向けた。


「は? ママってお母さんってこと?」

「そうそう。なぁ~んにも知らない太一にさ、私が初めてのことを沢山教えてあげるの。一回ママって呼んで見てよ」


 太一は一気に顔が熱くなった。


 それでも別に馬鹿にされたと思ったわけではない。そうでないことは、慈愛に満ちたような由貴の瞳を見ればすぐに分かった。


 その優しさあふれる瞳は、本当に愛おしい我が子を見ているようで、急激に恥ずかしくなったのだ。


「揶揄わないでくださいよ!」

「アハッ! 太一はホント可愛いなぁ。ほら、ママの胸に飛び込んでおいでよ!」

「だからぁ!」


 両腕を広げて大きな胸を張って待ち構えている由貴を見て、太一は盛大にため息をついた。


 呆れた太一は放っておけばそのうち止めるかと思っていたのだが、そんな考えは甘かったらしい。


「恥ずかしがっちゃって~。来ないならこっちから行くからね!」

「うわぁああ! ちょっと!?」


 飛びついてきた由貴に抱き着かれ、その豊満な身体の感触が遠慮なく太一の全身に押し付けられる。


 いくら少しは慣れたとはいえ、そんな刺激に耐えることなんて太一には当然無理だった。


 太一はもう密着している由貴のことで頭がいっぱいになり、初めての場所に委縮していたことすら、いつの間にか忘れていたのだった。

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