第26話 二人だけの秘密①
「今日はカラオケでも行く?」
「カラオケ、ですか……」
その日の放課後。
下校する他の生徒に混ざって、太一は由貴と一緒に歩いていた。
今日も当然のように声をかけてくれた由貴と一緒に、これから二人で遊びにいくところだ。
「あ、もしかして嫌いだった?」
「いえ、ただ、あまり歌ったりするのは得意じゃなくて」
太一の気持ちを正確に伝えるなら、嫌いというより苦手意識があるという方が正しいだろう。
いかにも遊び慣れしていそうな人達が行く場所で、自分には縁のない場所だと思っていた太一には、正直行ってみたいと思えるような場所ではなかった。
「アハハ、太一君は恥ずかしがり屋さんだもんねぇ」
「だって、今までそういうところに行ったこともないから……」
「そっか、じゃあ行くのは私とが初めてなわけだ」
「えぇ、まぁ」
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。なにも無理して歌うこともないんだからさ」
「そうなんですか?」
「うん。カラオケって個室だからさ、食べ物とか飲み物頼んでお喋りしてるだけの人もいるんだよ」
「へぇ~、そうなんですね」
友達が少ない太一にとって、由貴から教えてもらえる事はいろいろと新鮮だった。
わざわざカラオケに行って本来の使い方をしないというのは、どうなのだろうと思わないでもないが、人前で歌うだなんて考えるだけでも憂鬱になりそうだった太一は少しホッとした。
こんな事を教えてくれたと言う事は、由貴から嫌なら無理に歌わなくてもいいと言ってもらえたようなものだからだ。
たぶん由貴は太一の反応があまりよくないのを察したのだろう。
ここのところ、放課後は毎日由貴を過ごしていた太一だが、嫌だと思う事を強要された事はないし、何か失敗したとしても由貴から馬鹿にされる事はなかった。
だから太一は由貴の事を少なからず信頼するようになっていた。
何より由貴が連れて行ってくれる場所は、太一にとって縁のなかった場所ばかりで、純粋に楽しんでいた。
今日も当然のようにこれからの予定を二人で決める。
昴にたいしての罪悪感はもちろんあるのだが、昴のためにも仕方のないことであり、今の太一には由貴に付き合わないという選択肢は存在していない。
それに正直に言えば、毎日由貴から声をかけてくれるのも太一にはありがたかった。
由貴とは随分と仲良くなれたとはいえ、教室で女の子に自分から声をかける勇気はまだ太一にはない。
だがそれでも昴のためには由貴に質問しなければならず、そのチャンスを毎回由貴の方から提供してくれるのは、太一にとっては楽なことだからだ。
そして、まだ自分から声をかける勇気がまだないとは言え、由貴が相手ならば会話をすることにもだいぶ慣れて来たという実感が太一にはあった。
相変わらずビックリするようなボディタッチが多い由貴には、毎度ドキドキさせられている太一だが、そのおかげなのか会話をするくらいでは、特に緊張することもなくなっていた。
初めの頃は由貴の目を見て話すことなんてまるでできなかったというのに、それが今や視線をそらさずに会話をすることができている。
他の女の子とは今でも無理なのだが、太一は由貴のおかげで自分が少し成長できているような気がした。
由貴のどこまでも遠慮なく踏み込んでくるいい意味での図々しさと、太一のどんな姿を見ても馬鹿にすることなく受け入れてくれるおおらかな人柄が、恥ずかしがり屋で引っ込み思案の太一とはかなり相性がよかったのかもしれない。
「とりあえず行って見ようよ。太一君の知らないことは私が教えてあげるから」
「あ……お願いします」
由貴に手を握られて、太一は一瞬胸がはねた。
けれど、けして否定せず優しく導いてくれる由貴の手を、太一はそのまま受け入れた。他の女の子はもちろん、明里とでさえ手を繋いだことなんて今まで一度もない。
握ってくれている由貴の手は柔らかく、信じられないくらいにすべすべで、そして温かかった。
笑顔の由貴に手を引かれながら、太一はこれも友達なら普通のことなのだろうかと考えた。
由貴と手をつないでいるだけで太一はドキドキして身体が熱くなってきて、とてもいけないことをしている気分になる。
それなのに由貴は、まるで何も気にしていないかのようで、太一は自分の感覚がおかしいのかもしれないと思った。
友達なら女の子と手を繋いで歩くのも普通のこと。
自分が世間知らずで、気にしすぎているだけ。
だからこれはけして悪いことではない。
昴もきっとこれくらいなら気にしない。
だってこれは普通のことなのだから。
太一は自分にそう言い聞かせ、由貴の手をそっと握り返した。
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