第25話 それぞれの問題
「相性のいい人?」
「うん! 上埜さんはそう言ってたよ」
きっと満足してもらえる。そんなふうに考えていた太一の思惑とは裏腹に、昴から返って来た反応はあまり芳しくないものだった。
「相性のいい人かぁ……なんかそれって、上手くはぐらかされてないか?」
「ぅ……でもね! そうじゃなきゃ付き合いたくはないって言ってたから本心だと思うんだ」
「う~ん。でもそれだけだとさ、ぶっちゃけどんな人がいいのかは結局分からないよな」
「まぁ、だよね」
あまりよろしくない昴の反応を見て、少し得意げだった太一は一瞬で意気消沈した。
たしかに昴の言う通りで、由貴と相性のいい人がどんな人なのかが分からなければ、何の参考にもならない。
昨日の由貴の話を聞いて妙に納得してしまった太一だが、今では時間を巻き戻してたいと思うほど後悔に包まれていた。
太一からの情報にあまり納得のいっていない昴はしばらく頭を悩ませていたが、結局由貴と相性のいい人がどんなタイプなのか思い浮かぶはずもなく、困り顔で明里に意見を求めていた。
「なぁ明里、上埜さんみたいな女の子はどんな男と相性がいいんだ? 女性の観点から見て何か分かったりしないか?」
「……」
「上埜さんの外見から考えるとやっぱり男らしさとか、見た目の派手さかな? それとも以外に頭のいい人とか?」
「……」
「ダメだぁ、考えても全然わからん」
「……」
「……明里? 俺の話聞いてる?」
「……ないじゃん」
「え? なんて?」
ボソッとした呟きだったが、昴よりも近くにいた太一には、はっきりと聞こえた。
『わかるわけないじゃん』
酷く小さくてかすれたような声だったけれど、たしかに明里はそう言ったのだ。
自分の耳を疑いながらも、太一はそれが聞き間違いなどではないことを確信していた。
俯いたままの明里の横顔が太一からは見えていたからだ。
いつかも見たような能面のような無表情。確実にいつもの明里ではなかった。
「あ、明里? 大丈夫?」
すかさず昴と明里の間に入る太一。
今の状態の明里を昴に見せてはいけないような気がしたのだ。
「……ぇ? あ、大丈夫だよ!」
すぐに我に返ってくれたようで、明里は何でもないと取り繕ってくれた。
顔にもいつもの暖かさを感じる表情が戻っている。幸いにも、先ほどの言葉は昴には聞き取れていなかったらしい。
やっと反応をかえしてくれた明里を昴は期待を込めた目で見つめている。
「え~と、相性のいい人だよね? う~ん、上埜さんはちょっと私とはタイプが違いすぎて、想像もできそうにない、かな」
明里がそう答えると、昴は目に見えて肩を落として言った。
「はぁ~確かになぁ。上埜さんってこう、綺麗で目立つ花って感じだけど、明里はそういう派手さとは無縁のタイプだもんな」
「あはは、うん。役に立てなくてごめんね」
「いいっていいって! そんなに気にすんなよ、今日また太一に聞いてもらえば済むことだからさ」
頼んだぞと、笑いながら背中を叩いてくる昴。明里もその様子を見て笑っていた。
けれど、太一からみると二人の笑いはまったく違うもののように見えた。
それからすぐに昼休みが終わったが、太一は明里が心配で気が気じゃなかった。
先ほどの明里は明らかに今まで見たこともない様子だった。
我慢のしすぎでストレスが限界まで溜まってしまっているのかもしれない。
いつも丁寧で優しい明里があんな事を言うなんて、直接聞いた太一でさえもどこか信じられないような気持ちだった。
しかも、言った相手があの昴だ。
明里が幼い頃から気持ちを寄せていて、ずっと一番大切にしていた相手。
その昴に向かってあんな口調を出すなんて、明里はいよいよマズイ状況なのかもしれない。
だが、太一が気になる事は他にもあった。昴の事だ。
最近の昴は、少し恋心に振り回されすぎているようなのだ。
由貴ばかりが気になり、周りがまったく見えていない。
それこそ大好きだった部活の話は一度も聞かない日もあるし、最近は明らかに様子のおかしい明里に気が付く様子もない。
普段の昴も女の子の気持ちに鈍いところはあるけれど、それでも明里の変化には気が付いていたと思う。
前までのように明里を気にしていれば、自分が由貴の話を出すと明里が暗くなることに気が付くはずなのだ。今の明里は分かりやすいくらいに取り繕うことができていないのだから。
だが昴はその顕著な変化にすら気が付かない。
他の事は一切考えていないかのように、ひたすら由貴の話題を会話に出す昴は、それだけ周りが見えていないということなのだろう。
初めの頃、初恋をすれば誰でもこうなるかと太一は考えていたのだが、どうやら原因はそれだけではないようだ。
昴はたぶん焦っている。
何故なら、この数日間で昴と由貴との関係はまったく進展していないからだ。
今でも初めて会話した頃となんら二人の関係に変わりはなく、日に数回程度しか会話もしていない。
由貴となかなか仲良くなれなず、関係性が深まらない現状に昴の想いだけが先走っているのかもしれない。
太一にとっても昴がここまで苦戦しているのは意外なことだった。
由貴とは、女の子に耐性がなく口下手な太一でさえも仲良くなれたのだ。
そんなコミュニケーション力の高い由貴と昴なら、太一よりももっと早く仲良くなれると思っていた。
別に昴が奥手で積極的に動いていないというわけではない。
昴は自分から由貴との距離を縮めるためにそれなりに行動を起こしていた。
太一という絶好のとっかかりがある昴はそれを最大限に利用している。
休み時間のたびに太一に話しかけに来て、ついでのように隣にいる由貴にも声をかけている。
大抵の場合、太一は由貴に声をかけられて会話をしているけれど、そこに自然と昴も混ざって来るのだ。
だが、昴がここまでしているのに、今だまったくといっていい程進展がないのは、ひとえに由貴の態度にあった。
太一と会話をしている時の由貴はいつまでも楽しそうに喋っているのだが、昴には何故か素っ気なくす、ぐ黙ってしまう。
だいたいいつも会話が一言二言で終わってしまうのだ。
どうして由貴がそんな態度をしているのか、初めは太一にも分からかったが、今ではある仮設を立てていた。
たぶん由貴は昴を意識しすぎていて緊張してしまい、上手く喋ることができないのかもしれないというものだ。
太一がそう考えた理由は、過去の自分の経験からだ。
もう随分と昔の事、初めて明里への恋心を自覚した時、太一は明里とまともに喋らなくなった時期があった。
太一も自分と由貴ではあまりにも違う事はもちろん理解しているが、人を好きになるとどんな人でも、好きな人の前では豹変してしまうものだからそうなのだろうと考えたのだ。
普段は恥ずかしいという感情など、まったく無縁のように思える由貴でさえ、イケメンの昴の前では物静かで大人しい女の子に変ってしまうのかもしれない。
由貴に直接聞くことなんてできないが、それが太一の考えついた理由だった。
実は少し前の事、なかなか由貴との距離が縮められない昴がイライラしている日もあった。
だが太一がその考えを伝えると、昴はとても納得してくれて上機嫌に戻ってくれたのだ。
今でも周りがまったく見えないくらいには突っ走ってしまっている昴だが、あの時と比べたらまだマシな方だった。
昴も明里も、もちろん太一にも問題があって、誰かの問題が解決しないことには、今よりも空気が悪くなっていくのは止まらない。
由貴の事ばかりで周りが見えない昴。
昴から由貴の話ばかり聞かされてストレスが限界を越えそうな明里。
太一は明里が心配で、だが昴には罪悪感を感じているため強く言うことができない。
最近の三人で過ごす時間に、以前までの楽しさはまったくなく、確実に歯車が狂っていることを太一は嫌でも実感していた。
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