第24話 狂っていく歯車
それからの日々は太一にとって、心に負担のかかるものになった。
好きな相手である由貴に彼氏がいないことを知って上機嫌の昴は、由貴の情報を聞き出すために毎日知りたいことを太一にリクエストしてきた。
好きな食べ物。
どんなことをして遊ぶのが好きか。
嫌いなものはなにか。といった、まるで子供じみている質問から始まり。
今まで付き合った事はあるか。
あるなら何人と付き合ったか等々、恋に恋した乙女のような質問まで出してきて、好きになった人への興味が尽きることはないらしい。
昴が元気で明るい性格なのは元からだが、最近はその性格により拍車がかかっていて、少し騒がしいくらいだった。
そんな昴とは対照的に、明里は日に日に笑顔を失っていった。
もう無理をしていることは明白なのだが、しっかりと明里の意志を確認して、何度もそのことを蒸し返してしまっている太一には、もうこれ以上同じ事を聞けなかった。
出しゃばりすぎてしまった太一は、一度チャットで明里を怒らせてしまっていて、また昴の事を諦めるのかと聞いてしまえば、いくら明里でもいい加減しつこいと本気で怒らせてしまうかもしれない。
明里に嫌われたくはないという思いが太一にこれ以上踏み込む事を止めさせていた。
三人でいても笑顔がなくなり、口数もみるみるうちに減っていく明里。
それは昴が由貴を話をするごとに顕著になっていき、太一はただ弱っていく明里の姿を見ていることしかできなかった。
昴が由貴の情報を太一から聞いて元気になると、明里がそのぶん弱っていく。
正反対の方向に進んで行く二人の落差は、日を追うごとに離れて行くばかりで、最近太一は三人でいる時の空気に耐えられなくなりそうだった。
これだけでも太一は相当頭を悩ませているのだが、まだ太一の悩みは尽きない。
この騒動が起きる原因になった人物、上埜由貴についても太一は頭を悩ませていることがあった。
昴から由貴に質問してくるように頼まれてからというもの、驚くべきことに太一は毎日由貴と二人きりで放課後を過ごしていた。
しかもただ一緒に帰っているだけではない。二人でいろいろな所に遊びに行っているのだ。
なぜ昴の好きな相手と太一がそんなことをしているのかといえば、それが由貴から出された質問へ答える条件だったからだ。
初めにファミレスに行ってから、カフェにゲーセン、近場の公園に、家とは反対の電車に乗り買い物まで、太一は由貴と一緒にいろいろな所に遊びに行った。
由貴が連れて行ってくれる場所は、今まで太一には縁のないような場所も多く、由貴と過ごしている数日だけで、太一は新しい世界を沢山みることになった。
それは太一にとっても楽しく、そして貴重な時間だった。
だが、太一が由貴と遊んでいるのは、あくまでも昴のためである。
自分が由貴と一緒にいるのは昴の役に立ちたいから、この頃の太一は自分にそう言い聞かせるのに必死になっていた。
なぜなら毎日一緒に過ごしているうちに、少しずつ由貴と一緒にいる放課後の時間を楽しみにしてしまっている自分がいることに気付いていたからだ。
放課後だけではない。学校ではすぐ隣の席にいる由貴とは、頻繁に会話をするようになっていて、少しずつの休み時間も席から動かないことが増えた。
以前まではいつも昴か明里のところへ集まっていたことを考えると、今の太一は大切な二人の幼馴染よりも、由貴のことを優先しているということになる。
太一はその事実を認めることができなかった。よくない事だと分かっているからだ。
昴に対して悪いという気持ちが罪悪感を膨れ上がらせる。
今のところ昴は、太一が由貴と一緒にいる時は、昴から頼まれた質問をするために頑張っていると思ってくれているはずだ。
それがまた親友を騙しているような気分になり、申し訳なさが増していく。
だが、だからといって、由貴と毎日一緒に遊んでいるということを伝える勇気は太一にはなかった。
そうして日が立つにつれて、どんどんと本当の事をいいずらくなり、ずるずるとどこまでも落ちていくかのように、太一は由貴と過ごす時間にのめり込みそうになってしまっていた。
やめようと思うこともあるが、そもそも止めることはできない。
何故なら由貴の情報を得られなくなると、昴にがっかりされてしまうからだ。
結局、太一は昴のためだと言い訳のように心の中で繰り返して、由貴と遊び続けて来た。
由貴と過ごすようになるまでは、毎日明里と二人きりで下校していたのだが、今ではそんな習慣もすっかりとなくなってしまった。
明里は放課後になると太一を待たずにすぐに帰るようになった。
それは、太一が昴のために由貴から情報を得ようとしている事を知っているからなのだが、明里もまさか太一が夜遅くまで由貴と遊んでいることまでは想像もしていないだろう。
二人で帰る時間がなくなったことで、太一には今の明里の状態があまり分からない。
日に日に暗くなってしまい、今ではあまり昴や太一の元にも集まってこないからだ。
朝だけは今でも三人で登校しているけれど、明里はほぼ口を開いてくれない。
昴はそんな明里も気にせずに、遠慮なく由貴の話題を出してくる。
無言で聞いている明里は相当酷い状況にあるのかもしれない。
今では三人で過ごす時間は極端に減ってしまっていて、明里は自分の席から動かず、太一も由貴に捕まって昴の元に行くことが少なくなった。
毎時間のように集まっていたのはもうずいぶんと昔のことのように思える。
三人で過ごすのは朝の登校中を除けば、今はお昼休みくらいしか残っていなかった。
「で、どうだったんだ?」
物思いにふけっていた太一は、そんな昴の質問で現実に引き戻された。
期待に満ちた目を向けて来る昴だが、太一は考え事に夢中で正直何も話しを聞いていなかった。
「ごめん、なにがだっけ?」
「いや上埜さんのことだって、好きなタイプは聞けたのか?」
「あ、あぁ、ちゃんと昨日聞けたよ」
そうだった。昴が期待に目を輝かせていたのも頷ける。
昨日はついに、昴がかなり気にしていたことを太一は由貴にきいていたのだった。
待ちきれない様子の昴に、太一はさっく由貴の好みのタイプを伝える事にした。
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