第23話 言い訳②


 先に昴からの頼みだけを聞いてすぐに帰っていればよかったのに、何を自分は楽しくお喋りをしてしまっていたのかと、太一は昴からの連絡を見て急に申し訳なくなってきた。


 急いで帰っている途中だったが、昴にはすぐ連絡をしなければと考え、太一は足を止めて返事を送る。


『お疲れ、ちゃんと聞けたよ。彼氏はいないって』

『マジ!? それってホントかな?』

『別に隠す必要もないって様子だったし、本当だとは思うよ』

『よし! チャンスだな!』

『だね』

『それで、どんな男が好みだって?』


 昴からの続けざまの質問に太一の手が止まる。


 今日は彼氏がいないことしか聞けていないからだ。


 由貴からは一日一つしか質問には答えないと言われてしまっていて、それ以上の事は聞けていない。


 何と言い訳をしようかと考えるも、結局太一は正直に伝えることにした。


『ごめん、それは聞けなかった』

『そっかぁ、まじかぁ』


 明らかに落胆しているような反応が昴から返って来る。


 がっかりされたかと不安になった太一は、言い訳でもするかのように、すぐにつけたしの文を送った。


『なんか一日一つなら何でも教えてくれるって言ってたから明日聞けると思う』

『お、そうなのか? てか何で?』

『わかんないけど、やっぱり僕だと揶揄われてるのかも』

『あぁ~なるほどな。まぁでもナイスだ、サンキューな』


 昴は一日一つ何か由貴の情報を聞けるならいいと思ってくれたようだ。


 だが、そのためには太一が毎日由貴と遊びに行く必要があるのだが、そのままの事実を昴に伝えるには、太一には勇気が足りなかった。


『その、やっぱり聞けるなら聞いた方がいいんだよね?』

『そりゃもちろん。もっと聞いてもらいたい事いっぱいあるからな!』

『わかった。じゃあ僕が上埜さんと一緒にいても変に思わないでね。昴の質問を聞いてるだけだから』

『わかってるよ。別に太一なら変な心配はしないって、今まで太一が女の子に相手にされなかったことを俺はよく知ってるしな』

『まぁそうだけどさ』

『毎日一つ聞けるんだよな? じゃあ明日は好みのタイプを聞いてくれ!』

『わかった』

『いや、やっぱり普段何をして過ごしてるのかきいてくれ!』

『好みのタイプはいいの?』

『がっつきすぎるのもよくないと思ってな』

『了解』


 昴とのチャットを終えて、太一は思わずため息をついた。


 結局は保険をかけるような言い方しかできなかった事が太一の心に重くのしかかっている。


 昴に黙ったまま由貴と遊ぶことに罪悪感を感じつつ、昴が望んでいることだからと自分に言い聞かせる太一。


 それから太一は明里にもメッセージを送った。


 今日の帰りの時の様子が気になってきたからだ。


 急なことで仕方なかったとはいえ、太一はいつも一緒に帰っている明里に何も言わずに予定を入れてしまった。


 昴のためだったけれど、明里のことを裏切ってしまったような気がしていたのだ。


 それに、これからも昴のために由貴と放課後を過ごすさないといけない。一緒に帰れなくなることも伝えなければならなかった。


 じつは由貴と一緒にいる間、太一はすっかりとそのことを忘れてしまっていた。


 明里の事をまるで考えずにした決断のせいで、また罪悪感をつのらせていたのだ。


『今日は帰りごめんね』


 返事はすぐに帰って来た。


 太一はポケットにしまったばかりのスマホをすぐに取り出す。


『大丈夫だよ。昴のためでしょ?』

『うん。それでも相談もできなかったからさ、ごめんね』


 明里なら、これくらいのことはいつものように優しく笑って許してくれる。


 そんな楽観的な考えが太一の中にもあったのかもしれない。


『そんなに謝らないでよ。私は何も言ってないじゃない』


 だから明里からのその返事を見て、太一は少なからず動揺した。


 短いメッセージでは明里の本心までは分からない。


 それでも太一には静かな怒りが伝わってくるような気がして、これから何と送ればいいのかまったくわからなくなってしまった。


 そのまま太一がスマホを握りしめて立ち尽くしていると、明里から新しいメッセージが届く。



『ねぇ、もし私が諦めなかったら、太一は昴と私のどっちを応援してくれたの?』


 明里がいったいどんな気持ちでこの文を送って来たのか太一には分からない。


 昴と明里。二人は太一にとって、どちらも大切な幼馴染。


 そのどちらかを選ばなければならないのは、太一にとっての究極の選択であり、とうていすぐに答えを出せるようなものではない。


 現に今の太一は昴を応援しながらも、恋を諦めた明里を気にしていて、どっちつかずな気持ちでいる。


 だが太一には明確な思いがあった。


 明里から送られてきた文を前提にすれば、太一の返答は決まっているようなものだ。


『明里が諦めないなら、僕は明里を応援するよ』


 それは嘘偽りのない太一の本心だった。現に太一はずっと前からそうしていた。


 明里を好きになった自分の気持ちを押し殺すことを決めた時、明里を一番に応援することを決めていたのだから。


『そっか、ありがと』

『うん』

『今のは冗談だから、変に考え込まないでね』

『僕は明里がその気なら何でも協力するよ』

『私ね、太一のことは心から信じられるの。だからそこまで言ってくれて本当に嬉しい。けどね、そう言ってくれる太一みたいに、私も昴を応援するって決めたから』


 一度は零れ落ちそうになった本音も、明里はしっかりとしまい込んでしまった。


 そこまで言われてしまえば太一からはそれ以上言えることはない。


『わかった。僕もちゃんと昴を応援する。何度も蒸し返してごめんね』

『いいの、太一には感謝してるし、私は本当に大丈夫だから』


 最近は決意が揺るぎそうになっていたが、あくまでも自分の気持ちを押し殺すつもりらしい明里に、太一はまた明日と言うことしかできなかった。


 昴と明里。二人とのやり取りを終えた太一は、昼間よりかなり冷え込んだ外気に震えながら、薄暗い帰り道をただ無心で歩いた。


 冷たい風の吹く暗闇が太一の進む先で待ち構えている。


 その暗闇の中を歩いていると、まるでこれからの未来を暗示しているかのような気がして、太一は暗闇に囚われてしまわぬよう足を速めたのだった。

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