第21話 由貴の条件②
「何をすればいいですか?」
「ん~……そうだ!」
すぐに何かを思いついたらしい由貴。楽しそうに笑っている顔を見ると、太一はそれだけ嫌な予感がした。
「これから毎日、私とデートしよっか」
「はぃ?」
由貴の提案は予想外も予想外であり、太一はまずその言葉の意味を理解するのに時間が必要だった。
デートという言葉が太一の頭の中を駆け巡る。
デートとは何か? デートとは、デートである。
「そんなことできません!!」
意味を理解した瞬間に太一は叫んでいた。思った以上に大きな声が出て後悔するももう遅い。
周りからの視線を感じて、恥ずかしくなった太一は身を縮こまらせた。
「え~なんで?」
「なんでって……」
太一は言葉につまる。
理由は簡単で、昴の好きな人をデートなんてするわけにはいかないからだ。
けれどそれを言ってしまえば、昴の気持ちが由貴にバレてしまうため、言うことはできない。
素直に答えるわけにはいかない太一は、必死になって言い訳を考えた。
「それは、その、僕にはデートなんて無理だからです。今までそんな経験ないですし、女の子の友達すらいなかったので」
自分で言っていて悲しくなってきた太一だったが、他にうまい言い訳が思いつかなかった。
言った後で恥ずかしくもなったが、由貴は特に太一を馬鹿にした様子もなく、黙って話を聞いてくれた。
「そんなに難しく考えることないって、ただこうして、帰りに二人で遊びに行こうよってだけなんだからさ」
「そうは言われても……だいたい、なんで上埜さんはそんな事したいんですか? 僕なんかと遊ぶより、普通に友達と遊びに行った方が楽しいと思うんですけど」
それが太一にとって一番不思議なことだった。
由貴がどうしてこんな条件を出して来たのか、この条件で由貴に何のメリットがあるのか、まるで分からないことだらけだ。
「そんなの、私が太一君に興味あるからに決まってるじゃん」
不意に由貴が顔を近づけて来る。
太一は後ろにのけぞるも、すぐに壁があり下がることができない。その瞬間、顔の横に風が走った。由貴が壁に手を付いて太一の逃げ場を塞いでいた。つまり太一は今、由貴に壁ドンをされてしまっていた。
逃げ場はない。由貴が身体を押し付けてきて、柔らかな女性の身体の感触に頭が痺れる太一。
由貴は自分の身体を擦り付けるようにして、太一を壁と挟んでくる。由貴の身体が動くたびに、太一の身体もガクガクと痙攣して力が入らなくなってしまった。
「ぁ、ぁぅ……」
もはや太一には何もできない。動けないでいると、由貴がゆっくりと顔を近づけて来るのが見えた。
太一は由貴の厚めの唇に目を奪われる。化粧もしているのかうすいピンク色のふっくらとした唇がどんどんと近づいてくると、太一はもう目を開けていられなかった。
「ぷっ、アハハハハハ!」
「……え?」
太一が目を開けると大爆笑中の由貴がいた。
お腹を押さえて苦しそうになるまで笑っている。そこで太一はまた揶揄われていたことにようやく気が付いた。
「ギュッって、目をつぶっちゃってさ、いやぁ、太一君かわいかったなぁ」
「…………」
大笑いしている由貴に太一は冷ややかな視線をプレゼントする。
「ちょっ!? ごめんって、謝るからその変な人を見る目は止めて!」
「揶揄わないでって言ってるのに」
「ホントごめんって、それでどうする? 毎日デートしてくれるなら一日一つ、そのお友達の知りたいことに答えてあげるよ。いくつもあるんでしょ?」
慌てていたのに急に真面目な顔つきになる由貴。どうやらさっきの条件については冗談ではなかったらしい。太一はすぐには答えられなかった。
「デートなんて言っちゃったのが悪かったかなぁ。さっきも言ったけど大袈裟に考えることないよ。たんに放課後一緒に遊ぶってだけなんだからさ、クラスメイトなんだし普通のことでしょ?」
「一緒に遊ぶだけ、ですか?」
「そうそう!」
由貴の言葉を聞いて、太一の考え方も少し変化してきた。
自分が気にしすぎているだけで、由貴の言う通り一緒に遊ぶくらし普通のことのような気がしてくる。
「放課後に、ただ遊ぶだけでいいんですね? そうすれば質問に答えてくれるんですね?」
「うんうん。簡単な条件でしょ?」
「……そう、ですね。わかりました。でも、本当にただ遊ぶだけですからね、クラスメイトとして普通に、一緒に遊ぶだけです!」
「そうそう、普通普通」
太一は他に遊ぶ人がいないから知らないだけ、クラスメイトなのだから男女で遊ぶくらい普通のことで、皆がしていることらしい。
それに、昴からの頼みを叶えるためには、仕方ないことでもある。
太一としては昴にがっかりされたくはないし、力になりたいから、由貴の条件をのむしか道はなかった。
初めて昴と明里以外の友達ができて、初めて女の子から遊びに誘ってもらえた。
だからと言って、けして浮ついているわけではない。あくまでも昴ためであり、そのために必要な事だから由貴と遊ぶのだ。
太一は何度も心の中でそう繰り返した。
まるで誰かに言い訳をしているかのように……。
「じゃあ、これからは毎日一緒に帰ろうね」
「は、はい、仕方ないですけど、それが条件なら」
「そうそう、そうしないとお友達の知りたいことは教えてあげないから」
「わ、わかってますよ! それより、今日は彼氏がいるかどうかだけでも聞きたいんですけど?」
「もちろん今日の分だから答えてあげる。私に彼氏は――」
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