第20話 由貴の条件①


「……あの」

「ん?」

「何かおかしくないですか?」

「おかしいって、何が?」


 太一の問いかけに、不思議そうに首を傾げている由貴。


 大人びた由貴が純粋な瞳で首を傾げている姿は、年齢相応の幼さを感じさせる。


 太一は大人びた由貴が見せたギャップにドキドキしながらも、本気で何もわかっていないような由貴の様子に頭が痛くなっていた。


「いや、どうして隣に……普通は向かい側じゃないですか?」


 教室で明里と別れた後、また由貴と放課後を過ごすことになった太一は、今駅前にあるファミレスに来ていた。


 店内は空いていて、太一たちはボックス席に案内された。そこまではよかったのだが、向かい合って座るものだとばかり思っていた太一を奥に押し込むようにして、由貴が無理やり隣に座ってきたのだ。今太一は壁際に押し込まれている状況だった。


「こっちのが近いし話しやすいじゃん」

「そ、そうですかね?」


 確かに距離は抜群に近い。というか由貴が近すぎる。


 まるでこの前の電車の時のように、ピッタリと身体を寄せて来る由貴のせいで、太一は自分から壁際に詰めるしかなかった。


 それに、向かい合っていた方が普通に話しやすそうな気もしたが、こうして誰かとファミレスに来たことがない太一は強く否定できなかった。


 昴も明里もあまり寄り道はしないタイプで、そうなると太一には他に一緒に来る相手がいなかったのだ。


「それで? 聞きたい事ってなに?」


 もうその論争は終わったとばかりに、ドリンクバーから持ってきたジュースを一口飲んだ由貴が切り出してくる。


 納得はできていなかったが、由貴からその話題を出してくれるのは、むしろ決心が鈍りやすい太一にとってありがたいことだった。


 太一は今一度、頭の中で必死になって考えた言い訳を反芻する。


 心の準備はできた。それでも由貴の顔を見て話す度胸は流石になく、太一は自分のグラスに視線を落として口を開いた。


「聞きたいことはいくつかあるんですけど、えっと……まず上埜さんって、彼氏はいるんですか?」

「……ほほぉ」


 不穏な空気を感じて太一が顔を上げると、ニヤニヤ笑っている由貴と目が合った。


「太一君……ずいぶん積極的だね」

「な、なにがですか!?」

「だって私に彼氏がいるか知りたいんでしょ? それってさぁ、自分が立候補したいから、とか?」

「ち、違いますよ! 僕は他のクラスの友達から聞いてくれって頼まれただけです!」

「他のクラスの友達?」


 これが太一が必死になって考えた嘘だった。


 昴が心配していた通り、いきなり異性に付き合っている人がいるかを聞けば今みたいな展開になるのは用意に想像できる事だ。


 太一が昴の代わりに質問すれば、当然由貴からは太一が疑われる。


 それが分かっていたからこそ太一は嫌だったのだが、昴のためにもやらないわけにはいかない。


 だからこそ別に由貴を狙っているわけではないと伝える必要があった。


 そこで太一はいもしない友達という架空の存在を作り出すことにした。ひねりもなければ、自分で言っていて悲しくなるような嘘だが、太一に考えられる事はこれが限界だった。


「そうなんです。その人から急に聞いて欲しいって言われたからなんです」

「へぇ~……太一君って他のクラスに友達いたんだ?」

「うっ……い、いますよそれくらい!」


 鋭いところを突かれて太一は若干心に傷を負ったが、ここで引いてしまえば嘘がばれてしまうため頑張って抗議の声をあげた。


 架空の友達の存在を声高に宣言するのは、思っていた以上に心にダメージが残るものだったが、由貴に彼氏がいるか聞くまでは嘆いてはいられない。


 きっとこのまま由貴に揶揄われそうだと思った太一は身構えていたのだが、いつもなら聞こえてくる笑い声が何故か聞こえてこなかった。


 気になって見ると、由貴は見たこともない表情をしていた。


 真剣というか、どことなく目が据わっていて少し怖い。


「その人は何で私に彼氏がいるか知りたいの?」

「え? そ、それは、わかりません。詳しくは聞いてないので」

「へぇ、じゃあ友達の名前教えてよ」

「あ、いや、それは言えません」

「……何で?」

「それは、その、とにかく秘密にしてくれって言われたからです」


 由貴からの質問攻めが続き焦る太一。


 思っていた以上に架空の友達に食いつかれてしまい、適当に考えただけで深く設定も練っていなかった太一は、しどろもどろになりながら必死に言い訳をするしかなかった。


「ふ~ん、そっか……まぁそれくらいなら別に教えてあげるよ」


 何やら納得してくれたらしい。由貴はいつもの調子に戻っていて、太一はほっと胸をなでおろした。


「ん~、でもただで教えるのもなんかなぁ」

「えぇ~」


 それでもすんなりとは教えてくれないらしい。


 面倒になりそうだと思いつつも、ここまで来たら引くわけにはいかないと太一は覚悟を決めた。

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