第18話 昴からの頼み
昴から好きな人がいると打ち明けられてから数日が経った。
あの日から、太一たち三人の日々は確実に変化してしまっていた。
太一、昴、明里でほとんどの時間を過ごしていることに変わりはない。
けれど三人でする会話の内容はガラリと変わった。
三人の中でいつも会話を引っ張っていたのは他でもない昴だった。
大人しいタイプの太一と明里は昴の聞き手になることがほとんどで、三人の関係はそれでなりたっている。
話題を提供する昴はこれまではスポーツのことや、自分の部活のことがほとんどで、他には三人で遊びに行こうと予定を立てることもあるが、その辺から話題がぶれることはなかった。
年頃の男子なら女の子のことや恋愛事の話題が出てもおかしくはないのだが、今までそういう事にまったく関心のなかった昴から、恋愛事の話題が出たことはない。
それが今や昴が話題にだすのは好きになった由貴のことだけになってしまっていた。
それはまるで人が変わってしまったかのような変わり具合で、恋は人を盲目にするという事が本当だったと太一は実感していた。
「上埜さんは朝何時頃の電車に乗ってんだろな?」
「お昼とかどこで食べてんだろ? 意外に弁当作ってたりしたらヤバイくないか!」
「ていうかさ、そもそも上埜さんって彼氏いないよな? そういう噂は聞かないけど……あぁ、一回考えちまうともう気になって仕方ねぇよ」
いつでもどこでも口を開けば由貴の話しばかりする昴。
年頃の男子が夢中になってしまうとこうも変わってしまうものなのかと、太一でさえも思わざるを得なかった。
毎日昴が一生懸命取り組んでいて、その日にどんな活躍をしたと楽しそうにしていた部活の話は今日は一度もきいていない。
朝の登校中。
ちょっとした休み時間。
三人でお昼を食べている時。
家に帰ればチャットで、ここ数日の太一と明里は一日中昴から由貴についての話題を聞かされていた。
昴がここまで変わってしまう前、太一は赤羽昴という男のことを、幼馴染というだけでなく、ある種特別な人間として見ていた。
例えるならハーレム漫画に出てくる主人公だ。
周りの女の子たちから見え見えの好意を寄せられていて、これ以上ないくらいにモテているというのに、恋愛にまったく興味がない主人公はその鈍感力を遺憾なく発揮して、寄せられる行為を気にも留めない。
そうして誰とも付き合うことなく無自覚にハーレムを築き上げていくような、現実にいるのは考えられない存在だと、そういう目で太一は昴を見ていたのだ。
幼馴染としての補正と、実際に今までの昴がそうだったから、太一が本気でそう思っていたのも無理のないことだったのだが、実際の昴は他と変わらない普通の男子だった。
今までは好きな相手ができなかっただけで、好きな人が出来た今は由貴のことで頭がいっぱいになってしまっている。
今まで好きだった部活やスポーツの事も、まったく話題に出さないほどのそののめり込み具合は、まるで初めて好きな人ができた小学生の男子を見ているかのような気分にさせられる。
いや、こと恋愛に関しては、経験がなかった分小学生そのものなのかもしれない。
そんな年頃の異性に夢中になった男子が、周りに気を遣えるかと言われれば答えは簡単。
ノーだ。
普段なら明るいムードメーカー。だが、ある事に集中して空気が読めなかったり、周りが見えなくなってしまえば、それは途端に立場を変えてしまうことになる。
昴が何も考えずに由貴の話題を出す度に、太一は明里の様子が気がかりで仕方なかった。
初めの頃は気丈に振舞っていた明里は、昴が好きだという自分の気持ちを諦めてまで、昴のために応援すると献身的な姿勢を見せていた。
だが、幼い頃から抱き続けて来た恋心はそう簡単に捨てきれないのだろう。
昴が由貴の話を持ち出しても、明里がいつものように笑顔でそれに答えられていたのはほんの少しの間だけだった。
四六時中どんな時でも昴から由貴の話題が止まることはない。
日に日に明里は上手く笑えなくなっていて、だんだんと返答することさえ苦しそうにし始めた。
今こうして三人でお昼を食べている時も、昴が由貴の話を止めないで語り続けており、明里はすっかりと会話に入ってこなくなってしまっていた。
「どうした明里?」
「え、な、何が?」
「いや、元気無さそうだぞ?」
「そ、そんなことないよ! ちょっと真剣に昴の話を聞きすぎてただけだから」
「そうか。でさ、話の続きだけど、上埜さんって彼氏いるのかな? 明里は女子の間で何か聞いたことないか?」
「う~ん、ごめんね。そういう話はあんまり聞いたことないから」
「はぁ、だよなぁ。そもそも明里ってこういう話まったくしないし興味なさそうだもんな」
「う、うん」
昴の言った何気ない一言でまた明里の表情が曇ってしまい、太一は会話を聞いているだけでハラハラしていた。
昴に悪気がないのは知っている。だが今は、恋に恋することに夢中になりすぎて、由貴のことしか目に入っていないのだろう。
周りがまったく見えていないその状態を、太一も昔は何度か経験しそうになった。
急に優しくしてくれた女の子たちにすぐに惹かれた太一。だがその女の子たちは全員昴目当てで、それに気付いた太一はすぐに自分を取り戻せた。
けれど、もっと深くはまり込んでしまっている昴には、周りを気遣うことなど無理な話しだろう。
昴の知らない明里の気持ちを太一は知っている。そんな立場からすると、しっかりと話して昴を応援することに決めたからとはいえ、明里が気の毒でもあり、太一はここのところ昴と明里の間で板挟みにされているような気分で過ごしていた。
「なぁ、太一」
太一がそんなことを考えて一人居たたまれなくなっていると、昴が今度は太一に話をふってきた。
何気なく答えようとした太一だが、昴の表情がどこか真剣なことに気付き少し身構える。
「どうかしたの?」
「あのな……太一から上埜さんに彼氏がいるのかどうか聞いてくれないか?」
「え? 僕が聞くの!?」
何かと思えば予想以上の無茶ぶりだった。
「だってよ、俺が直接聞きにいったら好きだってバレちまうかもしれないだろ?」
「そんな事……まぁ、いきなりそんな事聞けば可能性はあるかもしれないけど」
「な、変に意識されちまって仲良くなる前に警戒されたくないんだ。その点、太一が聞いてくれたらそんな心配はない!」
「いきなりそんな事を聞いたら僕が変に警戒されちゃうかもしれないじゃん。そしたら色々聞きにくくなるかも」
「そんな心配ないだろ。太一は今まで一度も女の子に相手にされた事ないんだからさ。恋愛対象には絶対にならないとか昔女の子から言われてたのも聞いたことあるぞ」
「うっ……まぁそうだね」
包み隠すということを知らない昴の言葉。
本人に悪意がないのが分かっていても太一は流石に心に傷を負いそうになった。
「それに何故か太一は上埜さんから友達って言われてるし、今は俺よりも自然と聞ける立場にいるだろ?」
「それは……」
昴の言う通り太一は何故か由貴に気に入られているらしかった。
ただ玩具にされているだけのような気もするが、つい先日には太一が由貴に抱き着かれているところを昴に目撃されてしまい、昴が少し気分を害したかもしれない場面もあったくらいだ。
あの時の昴は由貴にあまり太一を揶揄わないでと言ったが、今でも由貴はあまり気にしてはいない。相変わらず太一は今でも由貴から揶揄われていた。
由貴に抱き着かれたことには若干の嫉妬を見せていた昴だが、今回は太一を使ってでも由貴に彼氏がいるのかを突き止めたいらしい。
「頼むよ太一! 俺はどうしても上埜さんと付き合いたいんだよ。協力してくれるって言っただろ? 俺たち友達じゃないか!」
「わ、分かったよ! だから落ち着いてよ……それとなく聞いてみるからさ」
「ホントか!? 流石太一だ! マジでありがとうな!」
「でも上手く話せるか分からないし、あまり期待はしないでよ」
「分かってるよ。太一が女の子とまともに話せないことくらい俺はよく知ってるからさ、そんなに期待しないで待ってるぞ!」
「う、うん。まぁそれくらい期待されてないならプレッシャーもないよ」
「彼氏いないといいなぁ……そうだ! もし上手く聞けたらさ、話の流れで好みのタイプとかも聞いてくれよ!」
期待の眼差しを向けて来る昴に力強く背中を叩かれる。
口では期待していないとは言いつつも、この感じでは上手く由貴から情報を聞き出せなければガッカリされそうだと太一は少し憂鬱になった。
「お、もう時間だな、戻ろうぜ!」
一人意気揚々と立ち上がる昴。
対照的に後半はほとんど無言になっていた明里は、ゆっくりと立ち上がって昴の背中に続いて歩き出した。
俯いていた明里の顔は太一にはよく見えなかったけれど、その背中には明らかに元気がなく、太一はいよいよ心配を募らせるのだった。
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