第17話 変わっていく日常
翌日。
いつものように三人で登校中していた時のことだった。
電車に乗ってからすぐ、昴の落ち着きが亡くなり、せわしなく当たりを見回し始めた。
「昴? どうしたの?」
きょろきょろと落ち着きのない昴の様子を見て、流石に気になったのか明里が心配そうに問う。
その様子を見ていた太一は、昨日昴に由貴の情報を伝えてしまったことをほんの少しだけ後悔していた。
「実は上埜さんも同じ電車らしくてさ、いないかなぁって」
そう返答しながらも昴は明里を見る事なく、まだあちこちに視線をさまよわせている。
まるで明里の事は視界にすら入っていないかのような昴の態度。
太一には明里が一瞬だけ表情硬くしたように見えたけれど、由貴を探している昴はそれに気が付かずに話しを続ける。
「昨日さっそく太一が俺のために動いてくれてさ、上埜さんに直接聞いてくれたんだよ」
「そ、そうだったんだ」
「俺は感動したぞ太一!」
機嫌よく肩を組んでくる昴。
普段なら太一にとっても嬉しいことなのだが、太一としても今だけは複雑だった。
昨日の夜、改めて明里の意志を確認はしたけれど、太一が昴のために由貴の情報を送ったのはその前だ。
昨日の流れでは仕方ないとは思いつつも、太一はなんとなく明里を裏切ってしまったような気がして、顔をあげる事ができなかった。
「……時間が一緒かどうかまでは分からないけどね」
「そこなんだよなぁ。あぁ~太一は学校行けば隣の席だもんなぁ。羨ましいぜ」
「それは、むしろ僕に用事がある感じで上埜さんに近づけるかもよ」
「それだ! 太一のところに行けば自然と上埜さんとも喋れるかもな! 流石太一だ!」
結局、電車では由貴に会うことはなかった。
学校の最寄り駅でも昴は由貴を探していたが、見つけられはしなかったため三人で学校に向かう。
その日はいつもの登校とは少し違い、太一には上機嫌な昴の声だけがやたらと目立っているように感じた。
太一たちが由貴に出会ったのは教室に着いてからだった。
太一が自分の席に座り荷物を鞄から出していると、急に視界が黒く染まり、何も見えなくなった。
慌てそうになる太一だったが、自分の目に当てられているスベスベとした感触と、後ろから香るいい匂いだけはしっかりと感じていた。
「だ~れだ?」
その声ではっきりと自分の状況を自覚する太一。
どうやら後ろから目隠しをされたらしい。それが分かると目にあてられている手の感触が余計に気になりだす。
さらには、近づいてきた後ろの人物に後ろから抱き着かれているらしい。
自分の背中に押し付けられている柔らかな感触で頭がいっぱいになりそうになり、太一はそれを意識しないようにするのに必死だった。
「上埜さん! 離れてくださいよ!」
「あはは、せいか~い。よく私だって分かったね、どこの感触を覚えてたのかな?」
「か、感触って、普通に声で分かっただけですよ!」
「あ~そか、声変えるの忘れてたわ」
「はぁ、揶揄わないでって昨日も言ったのに」
「あぁそれは太一君が悪いよ」
「な、何でですか!?」
「だって太一君見るとつい揶揄いたくなっちゃうんだもん。だから仕方ないわけ」
「全然仕方なくないですよ!」
あまりの由貴の暴論にため息をつきそうになった時、太一は昴が近づいてくる姿を視界に捉えて心臓が止まりそうになった。
急な由貴の襲撃で太一は忘れていたが、ここは教室で、他にもクラスメイトたちが大勢いるのだ。
もちろん、その中には昴も含まれている。
太一は先ほどまでの自分の状況を想像して汗が止まらなくなった。
見ようによっては由貴に後ろから抱き着かれていたわけで、もし昴にそんな状況を見られていたら、どんな誤解を受けてしまうかと気が気じゃない。
昴が少しずつ近づいてくるごとに、太一の心臓は大きくはねた。
「どうした太一? 大きい声だして」
やってきた昴はいつも通りに見えた。
そんな昴の反応からは先ほどまでの姿を見られていたのか、太一には判断ができない。
「あ、いや、上埜さんにちょっと……揶揄われて」
太一はしどろもどろに答える。嘘は言っていない。揶揄われたのは本当だ。
太一からは何もしていないし、言うなれば不可抗力だ。そうは思いつつも気まずくなった太一は昴の顔を見ながら答えられなかった。
「そうか……なぁ上埜さん」
「なに?」
「太一って小さい頃からずっと虐められてたからさぁ、昔から女の子が苦手であんま慣れてないんだよ。だから変なことして揶揄わないでやってくれるか」
太一を庇ってくれているような昴の言葉。
いつもなら素直にそう聞くことができたのに、今の太一には違う意味が含まれているような気がして仕方なかった。
少しだけ険しい表情の昴は太一のために怒ってくれているのか、それとも由貴と楽しそうにしていた太一に対して怒っているのか判断できない。
太一はそんな昴の様子に若干怯えていたが、由貴はまったく気にならないらしい。
「だいじょ~ぶだって、虐めてるわけじゃなくてただのスキンシップだから」
「す、スキンシップ?」
「そうそう、友達にならこれくらい普通にするでしょ?」
「そ、そうか……友達になら太一じゃなくてもするのか?」
「そだけど?」
「……そうなんだな」
「それがなに?」
「あ、いや何でもない。とにかく太一は女の子嫌いなんだからさ、あんまりそういう事はしないでやってくれよ」
「はいはい気を付けま~す。やっぱりお父さんみたいだね」
やってきた時とは違い、席に戻っていく昴は少しだけ残念そうに肩を落としてた。
直接怒られなかった事にほっとしていた太一だが、やっぱり太一が由貴に抱き着かれている姿は見られていたのだろう。
太一は女の子が苦手というだけで嫌いなわけではないのに、酷く乱暴なフォローだった。
昴の機嫌が少しでもマシになったのはきっと、会話のなかで友達になれば自分にも由貴が抱き着いてくれるかもしれないという楽しみができたからだろう。
会話中少しだけ残念そうにしていたのは、自分もその場でハグして欲しかったからだろうか。
そんな昴がトボトボと席に戻っていく姿を太一が見送っている時、離れた席にいる明里も昴の事をじっと見つめていることに太一は気が付いた。
太一が気になったのは、明里のその表情だ。
どういえばいいのだろうか。表情のない表情とでもいうべきか、のっぺりとした感情の欠落したようなその顔からは、今の明里がどんな気持ちでいるのか太一には想像することもできない。
結局明里はそのまま昴を見続けていて、昴はそれに気が付かず自分の席で何やら考え事をしていた。
その光景を傍から見ていた太一は、どちらにも声をかけることができなかった。
昴にはさきほどまでの罪悪感があり、明里には何度も心配すると鬱陶しがられるのではないかと怖かったからだ。
今まで幼馴染の二人に対して太一がこんなにも遠慮してしまうことはなかった。
昴が由貴を好きになってしまってから、自分たちの関係性が確かに変わってきてしまっていることを、太一はこの時はっきりと自覚したのだった。
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