第14話 初めての体験①


 急に由貴に誘われた流れで、太一は由貴と二人で下校していた。


 一緒に帰るとはいえ、由貴の家がどこにあるかなんて当然のように知らなかった太一は、駅に着けば別れることになるのだろうと勝手にそう考えていた。


 が、その安易な考えは間違っていたのだ。


「どした? なんか固まってない?」

「……そんなことありませんよ」


 今、太一は由貴と一緒に電車に乗っている。


 駅まで一緒なのは言われていたから知っていた。


 だからそこまでは太一も驚かなかったが、帰る方向まで同じらしく、乗る電車が同じことには流石に驚いた。


 由貴が降りる駅は太一が降りる駅の数駅向こう側らしい。


 そうだとすると、これまでも通学や帰りの時に同じ電車に乗っていたこともあったかもしれない。


 けれど、今まで太一が通学中に由貴の姿を見たことは一度もなかったのだ。


 会わなかったのは不思議だと太一が言うと、由貴も同じく驚いているようだった。


 同じ電車に乗るならば、今後は登校中や帰りに一緒になることもあるかもしれない。


 この情報は昴に伝えれば喜ばれるかもしれないと思った太一は、役に立ちそうなことを知れて安堵した。


 だが、太一の心が落ち着いていたのはそこまでだった。


 太一は安堵した瞬間に、自分が女の子と二人きりで下校しているという状況を意識し始めてしまった。


 ほぼ毎日明里と二人きりで帰っているとは言え、明里は特別な存在だ。今更太一が恥ずかしがることはない。


 だが他の女の子は別だった。


 太一にとって明里以外の女の子は、皆得体のしれないもので、今太一は明里以外の女の子と二人きりで下校するという初めての事を体験していた。


 しかも一緒に乗った電車の席は都合よく二人分しか空いていなかった。


 由貴は迷いなく進んで席に座り、太一を手招きする。


 緊張したながらも太一が席に座ると、その列の誰かがだいぶスペースを取っているらしく、普通の一人分よりもだいぶ狭いスペースしかなかった。


 席に座っているだけで、密着している由貴の身体の感触を嫌でも感じてしまう太一。


 寒さに負けずに短いスカートからほぼ丸出しの健康的な由貴の太ももが、自分の脚にピッタリとくっついているせいで、太一はそれを意識しないよう必死だった。


 さらに状況は悪化する。太一も狭いということは由貴も狭かったのだろう。


 モゾモゾと身体を動かすと、由貴は太一の方に身体を寄せて来た。


「ごめん、隣の人にあたるからさ」

「ぃ、ぃぇ……」


 耳元で由貴に喋られて、太一の身体をゾクゾクっとした刺激が走る。


 さっきから左ひじに感じる柔らかな胸の感触も太一の神経を刺激した。


 今までに感じたことのないような柔らかさのそれは、肘が当たっているだけなのに恐ろしく気持ちがいい。


 太一は自分が馬鹿になってしまったのではないかと怖くなるくらいに、自分の左ひじの感覚に夢中になってしまいそうだった。


 太一はいけないとは思いつつも由貴から離れることができない。


 肘を少し動かせばいいのにそれもせず、右側はもう仕切りで追い詰められているからと自分に言い訳をして、ただ固まっていることしかできない。


 もはや今の太一は由貴の身体で仕切りに押し付けられるように包まれており、由貴の全身からする嗅いだこともないような匂いで、頭がくらくらとしてくる始末だった。


 昴に悪いという気持ちは太一の中に確かに残っている。


 だが、女の子に免疫のない太一は今感じている腰が抜けてしまいそうな感覚から離れることができず、固くなってしまうのも無理もないことだった。


 明里以外の女の子と一緒に帰るというだけで緊張していたところに、ここまで身体が密着することになってしまい、しかも相手が由貴だ。


 まるで年上かと本気で考えてしまうくらいに発達している由貴の身体は、太一のような免疫のない男子には毒でしかない。


 今までにない感触につつまれた太一は、ふわふわとした感覚のせいで、あまり頭がまわらなくなりそうだった。


 だが、太一がそんな状態にあっても由貴は身体が密着していることをまるで気にしていないらしい。


「ねぇねぇ、さっきのことなんだけどさ」

「……へ? さっきって?」


 急に話しかけられた太一は、まともに考えることもできない。


 さっきと言われても、どのことかすぐには検討もつかなかった。


「ほら、帰り際に会った赤羽君のこと。よく一緒にいるよね?」

「そうだけど……どうかしたの?」

「仲いいんだなって思ったから」

「まぁ、昴も幼馴染だから」

「ふ~ん、そっかぁ」


 しっかりと考えてみても太一には由貴の急な質問の意味が分からなかった。だが昴の名前が出た事で徐々に頭が回転してくる。


 そうすると太一はすぐに既視感のようなものを感じた。


 太一の記憶では、前にもこうやって急に昴の事を聞かれたことはあったのだ。


 それも、一度や二度の話ではない。


 覚えているだけでも両手の指では足りないくらいで、太一に声をかけてくるほとんどの女の子から同じ事を聞かれていた。


 そこまで考えた時、太一は何故急に由貴が声をかけてきたのかがわかった気がした。


 太一に昴のことをきいてくる女の子たちは、大抵由貴のようにそれまでまったく接点がなく、認識すらされていないと思っていたような女の子だった。


 そんな相手から急に優しく声をかけられて、太一も初めは嬉しかったのを覚えている。


 けれど太一にはすぐに女の子たちの目的が分かった。


 皆が昴に近づきたくて、昴のことを少しでもしりたくて、その足掛かりとして昴と仲のよい太一に接触してきただけだったのだ。


 誰一人として太一には興味がなく、あわよくば昴に紹介してもらおうという魂胆が見え隠れしていた。


 最近、というか高校二年生になってからはそういうことはなかったのだが、どうやら由貴が急に接触してきたのもそういう事なのだろう。


 帰り際の少し素っ気なかった由貴の態度も、昴を前にして緊張したと考えれば不自然ではない気がして、太一は一人納得した。

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