第13話 誤解?
「じゃあ行こっか、太一君も駅だよね?」
「そうですけど……何で知ってるんですか?」
一緒に帰るのは流石にと一度は断った太一だが、由貴は何故ダメなのかと諦める様子がなく、まさか昴のことを正直に言うわけにもいかず、結局は流されるままに一緒に帰ることになってしまっていた。
図書室の戸締りだったり鍵の返却に職員室に行かないといけないからと、言い訳をして先に帰るように促して見るも、由貴は嫌な顔一つせず図書室の戸締りを手伝ってくれ、しまいには職員室までついてきてくれた。
「二人でやった方が早いじゃん」と言った言葉の通りに文句も言わずに最後まで付き合ってくれた由貴。太一にはその行動の全てが不可解だった。
太一はこれまでの人生で、こんなにも女の子から構ってもらったことはない。
いつも見下されるか、もしくは相手にもされないかのどちからだった太一には、由貴がここまでしてくれるのは純粋に不思議で仕方なかった。
「一回駅で見かけたことあったんだよね」
「そう、だったんですね」
会話をしながらも太一はどこか上の空だった。
今日は太一にとって衝撃的な事が起きすぎた一日だった。昴の好きな人がいるという告白、由貴が急に接触してきたこと。しまいには二人きりで下校までしようとしている。
何年分かの驚きが一気にやってきたような衝撃を受けていちいち驚いていた太一は、今はもう精神的に疲労困憊だったのだ。
だから視野もせまくなっていたし、由貴が急に接触してきたのは何か裏があるのかもしれないと、考え事に夢中になっていた。
つまり、今の太一には周りがまるで見えていなかったのだ。
「た、太一? お前……なんで上埜さんと」
不意に聞きなれた声が太一の耳に入ってくる。
その声を聞いて太一の頭にすぐに浮かんできたのはただ一人。
驚きに満ちたようなその声色を聞いて、太一は慌てて振り返った。
その声を太一がきき間違えるはずもない。そこにいたのは予想通り幼馴染の昴だった。
太一を見つけ声をかけようとしてくれていたらしい昴は、あげたままの右腕がそのまま固まってしまっている。
見開かれた目と半開きになった口、その顔からはあっけにとられているのが太一にも手に取るようにわかった。
だが一瞬あっけにとられたのは太一も一緒だった。
今太一がいるのはテニスコートからは離れた場所。このまま校門を抜ければ部活をしているはずの昴とは顔を合わせる事がないはずだった。
たまたまなのだろう。ランニングをしていたのか、別の用事か、昴がどうしてここにいるのか、それは太一にも分からない。だが、よりにもよって昴が好きだと言った由貴と一緒に帰っている姿を昴に見られてしまった。
しかもだ。太一は初めからなんとなく思っていたが、由貴は人との距離感がおかしい。
太一の横を歩いている由貴は、くっつきそうなくらい距離が近く、さっきから何度も手や肩が擦れてしまっていた。
太一は恥ずかしくなって何気なく距離をあけるのだが、ぐいぐいくる由貴がすぐに距離を詰めて来てしまうのだ。
今も太一と由貴は、ほぼくっついていると言っても過言ではないくらい距離が近い。
昴がその状況を見て呆然とするのも当然の状況だった。
この状況を理解した太一の心に真っ先に浮かんできたのは罪悪感。そしてすぐにこの状況をなんとかしなければという焦りがやってきた。
考えるよりも先に太一の身体が動く。
誰かが何か言葉を発してしまう前に、太一は昴に近寄って由貴に会話が聞こえないように背中を向けた。
「たまたま上埜さんが図書室を利用してたんだ。だから昴のために何か情報が欲しいと思って……ほら、何も知らないからとっかかりが欲しいって言ってたでしょ?」
口からスラスラと言い訳が出て来た太一は自分でも少し驚いた。
危機的な状況で脳がいつもより活性化したのかもしれない。少しだけ罪悪感が残っていたが、嘘は言っていないと太一は自分に言い聞かせることにした。
「そ、そうだったのか! 俺のためにそこまでしてくれてたなんて……サンキューな」
昴もどうやら納得してくれたらしい。
感動したように肩を組んでくる昴を見て、太一はホッと胸をなでおろした。
「お~い、内緒話?」
怪訝そうな由貴の声が聞こえてきて太一と昴はすぐに振り向く。
昴には言い訳できたが、そのせいで由貴には少し不信感を与えてしまったかもしれない。
まだ昴の気持ちを知られるわけにはいかないため、太一は必死になって言い訳を考えた。
「いや別に、まだ部活は終わらないのかきいてただけだよ。ね、昴?」
「あ、あぁ、そうなんだよ」
「ふ~ん」
だいぶ苦し紛れだったが、由貴もそこまで興味がないのかそれ以上突っ込んでくることはなかった。
太一は一安心したあとで、すぐに由貴からは見えないように肘で昴を突く、昴はそれですぐに太一の意図を察したらしく一歩前に進み出た。
「え~と、上埜さん、でいい? 呼び方」
「それでいいよ。そっちは何て呼べばいい?」
「俺も何でも大丈夫。昴でも赤羽でも、好きに呼んでくれ」
「おっけ、じゃあ赤羽君って呼ぶわ」
「あ、あぁ、それでいいよ」
少し眉が下がって若干残念そうな昴。
どうやら何でもいいとは言いつつも、やっぱり名前で呼んで欲しかったらしい。そんな昴の様子が微笑ましくて、太一は一歩引いたところから二人を見守ることにした。
「太一と一緒なんて珍しいね?」
「図書室で一緒になったからね、今まで隣の席でも接点なかったけど、実は前から仲良くしたいなぁって思ってたんだよね」
「そ、そうか。太一のことよろしくな! 太一は優しくていい奴なんだけど、見た目通り気が弱くてさ、昔から女の子に虐められることもしょっちゅうで、いつも俺と明里が面倒を見てたんだよ」
唐突に自分の過去を暴露されて太一は恥ずかしくなった。
昴に向けて抗議の声でもあげようかと考えたが、邪魔はしないと決めていた以上黙って成り行きを見守ることにする。
「あぁ~やっぱり? そんな見た目してるなぁって思ってたんだよね」
「はは、やっぱ分かるよな。太一は男らしくないとか、なよなよしてるとか女の子から色々言われてたけど、俺はそんな事はどうでもいいと思ってるんだ。だって大切なのは見た目より中身だからさ」
昴のフォローに感動する太一。見た目は男らしくないと認められている訳だが、そこは気にしないことにした。
「いやぁ、むしろ見た目も可愛いからいいと思うよ私は」
「え、あ、そうか、それならいいんだ。まぁその、これからも太一をよろしくな! 俺と明里もだいたい一緒にいるから、これから仲良くしようぜ」
「アハハ、何それ! なんか太一君の親みたいだね」
「ははは、は……え、太一君?」
軽快に続いていた会話が途切れる。
その瞬間に太一は全身の血の気が引いた。
さっきまで笑っていた昴が固まってしまっていた。
昴は名前でも苗字でもと由貴に言って、赤羽と苗字で呼ばれることになった。あの時は由貴のその判断を太一もあまり気にしていなかったが、今となってはどうしてあの時突っ込まなかったのかと悔やまれる。
太一は名前なのに、昴は苗字で呼ぶなんて、太一には由貴がどうしてそんな判断をしたのか理解できなかった。
大方どちらも適当に決めたのだろうけれど、太一と昴、名前で呼ぶ方を逆にしてもらいたかったと切に思う。
「もう! 僕の苗字は神田だって言ったじゃん!」
「え? 知ってるけど?」
苦し紛れに由貴が太一の苗字を忘れていた方向に誘導しようとするも、しかしそんな太一の努力も虚しく由貴に流れをぶつ切りにされてしまう。それでも太一にはこのまま流れで押し通すしかなかった。
「絶対忘れてたでしょ! あ、じゃあ僕たちはもう行くね。部活の邪魔しちゃってごめんね昴」
「え、あぁ、別に大丈夫だぞ」
「また明日ね……何か聞けたらすぐに報告するから」
「あぁ! 気を付けて帰れよ!」
恋する男子は盲目なのか、情報をちらつかせると昴は呼び方の事から意識をそらしてくれたらしい。どう見ても上機嫌な様子で手を振ると、そのままテニスコートの方に走っていった。
「私らも行こっか」
「そ、そうだね」
なんとかこの場を乗り越えた太一。罪悪感を消すために、少しでも由貴の情報を昴に伝えようと思い、帰りは頑張ろうと気合を入れるのだった。
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