第4話

 立ち止まった私を見て、ユウがキラキラとした瞳で見つめてくる。

「ねえ、さっきからどうしたの? もしかして、山の神様からのメッセージを受信してたり、見えちゃいけないものが見えたり聞こえたりしてる?」

「遠からず、ってところなのかな……。とりあえずユウが私の心配をしているわけじゃないっていうことだけは、よくわかったよ」

 図星を突かれて顔を引きつらせるユウに、私はこの短い間に見た白昼夢のような光景について伝えた。

 話を聞き終えたユウはますます目を輝かせる。

「すごい、それじゃあ、私たちでその化け物くんやっつけちゃおうよ!」

 手荷物の中から懐中電灯を取り出しながら、ユウが心底楽しそうに言う。

 雰囲気が壊れるからと、頑なに使おうとしなかったそれを両手に持ってどや顔をされても、どう反応したものか戸惑うんだけど。

「どうしてそんな発想になるのかな……」

「だって、今私たちが“誘い猫”から逃げ切ったとしても、次の犠牲者が出ちゃうかもでしょ? なにより、このまま放置するのはその人柱にされちゃった子がかわいそうだよ」

 言葉だけ聞けばそれっぽいことを言っている。けれど、ユウはこの状況を楽しんでいるだけだ。そもそも、木内さん捜しはどうなったんだろう。

「大丈夫。私に良い案があるから!」


 ユウが言うには、私の白昼夢に出てきた、『神様の依り代』が原因だという。

「たぶん、なにかあるたびに人柱を立てて、その依り代によくない念を込めてきたんだと思うの。その念が変な形でその化け物くんに作用してるんじゃないのかな」

 猫が怪しむように私たちを振り返る。ユウは慌てて口を押え、小声になった。

「だから、それさえ壊せばなんとかなる!」

「……そんなに自信があるなら、私がアシストするから、ユウが依り代壊せばいいんじゃないの?」

「そうしたいのは山々なんだけど、私は依り代がどんなものか、わからないもん」

 私は白昼夢を見ていないから、と肩を落とすユウに、もはや私は何も言えない。

 猫は着実に洞穴へと私たちを導いていく。私も覚悟を決めることにした。


 腐臭が一段と強くなる。


 ただでさえ暗いのに、洞穴は黒で塗りつぶしたようになっていて中が見えない。


 猫が洞穴に向かってひときわ長く、何かに呼び掛けるような鳴き声を出す。


 ――と。

 地鳴りのような音が、した。

 次いで、そこそこ質量のあるなにかを引きずるような音が、ゆっくりとこちらに近づいて来る。

 得体のしれないものへの恐怖ですくみそうになる私の隣から、ユウの抑えられない興奮の伝わる弾んだ声がした。

「来た来た来た! よっしゃ、行っくぞー!」

 ノリノリなユウの勢いに押されるように、背中に隠していた懐中電灯を二人同時に点灯し、音のする方角へ向ける。


 黒に塗りつぶされた空間から、クマのような巨大で歪な姿をした、『化け物』が浮かび上がった。

 『化け物』はいくつ関節があるのかわからない腕のような部分を振り上げ、顔らしき部分をかばうようなしぐさを見せ、ぴたりと止まる。

 今だ、と思った。

 震える足を無理矢理動かして、化け物の横をすり抜けて洞穴に侵入する。懐中電灯であちこちを照らし、急いで依り代を探した。

 白昼夢の中で、依り代は丸い陶器のような物だった。出口付近ではユウが「ふはははは、目がー! 目がー!」とハイテンションに声を上げている。おかげでだいぶ恐怖心が和らいだが、あれは一体どんなテンションなんだ?

 洞穴の奥へと歩みを進めると、半壊した小さな祭壇がある。懐中電灯の光を当てると、薄汚れて割れた鏡に光が反射するし、その鏡に反射した光が、祭壇に祀られた球体の陶器を優しく照らす。

 これだ!

 私は思うと同時に、陶器を鷲掴みにし地面に叩きつけた。ガシャンと思い切りのよい音がする。懐中電灯の光を当てて確認すると、依り代だったものは粉々になっていた。恐る恐る破片の欠片を手に取ってみるけれど、それはどう見てもただの陶器の欠片だった。

 これで本当に、『化け物』が退治できたのだろうか?


 出口に向かうと、化け物の姿はどこにも無くなっている。

 私に気づいたユウが、弾ける笑顔でピースサインを見せてきた。どうやら、ユウの予測は当たっていたらしい。

「やったね!」

「うわ、本当にやったんだ」

「よくもやってくれたな……」

 三人目の、低く唸るような声に、私たちはぎょっとする。

 声の主は憎悪の眼差しでこちらを睨む……黒い猫だった。

「ユルナサイ……」

 猫の体がみるみるうちに膨れ、さっきの『化け物』と同じくらいまで大きくなってゆく。

「都市伝説マスターユウさん、これはどうしたらいいのかな?」

「うん、これはわかんないや。逃げよう!」

「ニゲルナ……ユルサナイ……!」

 化け猫が、その大きな前足を振り上げた。しかし、鼻をひくりと動かし、ひるんだように固まってしまった。

 どうしたのか二人で目を見合わせると、直後、強い柑橘系の香りがして木内さんが木の陰からひょっこりと現れる。

「ちょっとおー、置いてくとかマジ有り得ないんだけどー」

 猫って、そういえば、柑橘系の香りが苦手だったっけ。

「って、なにそれウケるんですけどー! “誘い猫”ってメインクーンかよ」

 木内さんが状況を理解せずに、化け猫を見てウケている。猫は心底嫌そうな顔だ。

「木内さんナイス! ほら、走るよ!」

 ユウが木内さんの手を取り、走り出す。

 三人でとにかく元の道路を目指して走り出した。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る