第3話

 笛と太鼓、揺らぐ炎と舞い踊る村人たち。

 たくさんの貢ぎ物がボクの目の前に並べられ、村の偉い人たちが飾り立てられたボクにうやうやしく礼をしていく。

「この度は……」

「本当にめでたいことで……」

「きっとこれでこの村は……」

 神様が寂しがっているのだと、そう教えられた。

 友だち欲しさで村人をたくさん連れて行こうとしているのだと。

 だから、ボクは神様が寂しくならないようにお話のお相手をするんだって、そうみんなが言っている。

 ボクなんかでそんな大役、務まるのだろうか、と不安を口にすれば、お前じゃなきゃいけないんだと返ってきた。でも、ボクには人間の友だちも親もいない。今までまともな話し相手がいなかったせいか、お喋りはあまり得意ではないのに。

 クロが一声鳴く。

 ボクの唯一の友だち。クロは真っ黒な猫で、いつだって僕と一緒だった。

 そうだ、クロがいればきっと大丈夫だ。

 きっと……きっと……。


**


 はっとする。

 ユウと猫が私を不思議そうに見ている。

「どうしたの? いきなりぼんやりとしちゃって」

「あ、ごめん。何でもない」

 今のは何だろう。

 チラチラと揺れている明かりが見える。

 そして、明かりとは別方向には暗がりに沈まずくっきりと姿の見える黒猫。

「私は一人でも行くけど、もし無理なら……」

「いやいや、ユウを一人で行かせる方が無理だから!」

 私たちは黒猫の方へと足を向ける。猫は再び私たちを先導し始めた。

 明かりからはどんどん遠のいていく。

 おぼつかない足取りで猫の後をついて行くと、次第に山の様子がおかしくなってきた。なんというか、変な匂いがするのだ。それに、刺すような視線も感じる。

「ユウ、なんか、変じゃない?」

「そう、変なの。きっと山の神様とか、そんなのなんじゃないかな、うふふ……」

 ユウが目をキラキラさせて、うっとりと言う。

 都市伝説が好きな人のたいていは、都市伝説の話が好きなのであって、別に都市伝説そのものと遭遇するのが好きなわけじゃないはずなんだけどな……。 


**


 ねえ、神様はいつになったらやって来るの?

 ボクはいつまでこの洞穴にいればいいの?


 言いつけ通り、ボクは洞穴の最奥に祀られた神様の依り代に毎日話しかける。

 おはよう、神様。外はとてもいい天気だよ。ボクはこの洞穴から出てはいけないけれど、神様は今どこにいますか?

 こんにちは、神様。今日は一段と寒くなってきた。食べ物ももう何もないんだ。神様はお腹が空いたり、しないのかな?

 こんばんは、神様。今日で何日目なんだろう。外に出たいよ。みんなのところに帰りたい。お腹が空いたし、なんだか体のあちこちが痛いんだ。


 神様は何を話しかけても返事をしてくれなかった。

 代わりに、クロがいっぱいボクとお喋りしてくれる。

 クロの言葉はわからないけれど、ボクが何か言えば近寄って来て手をなめてくれたり、鳴き声で返事してくれたりした。

 ボクが寒がったり痛がったり、空腹に耐えかねて泣いたりすると、ぴったりとボクにくっついて温めてくれたりもした。

 

 そうして、どのくらいの日が過ぎた時だったのか。

 大きな地震が起こった。とてもとても大きくて、ボクのいた小さな村くらいなら、簡単に壊せちゃいそうなくらい大きな地震だった。

 地震のせいで、洞穴の出口は土砂に埋もれてしまった。

 ボクは洞穴に閉じ込められてしまった。もともと閉じ込められているようなものだったけれど、それでも外の様子が全く分からなくなり、光が入らなくなってしまったのはつらかった。

 クロはその時もそばにいてくれて、恐怖に震えるボクを一生懸命慰めてくれていた。

 

**


「ゔう、きっつい」

 唐突に強烈な匂いがして、意識がはっきりとした。

 大量の生肉が腐ったようなひどい匂いがする。

 目の前を歩くクロが……いや、黒猫が、はやく歩けと言わんばかりにこちらを凝視していた。

 猫の行く先には、小さな洞穴が見える。


**


 ねえ、神様、何か言ってよ。

 ねえ、神様? そこにいるの? 本当にいるの?

 神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神さまかみさまかみさまかみさマカミサマカミサマカミサ……。


 ボクは暗闇で神様の依り代に話しかけ続けた。

 声が枯れても、口から血が出ても、喉がつぶれて言葉が喋れなくなっても、かまわず話しかけ続けた。

 その頃になると、もう体の痛みは気にならなくなっていた。

 でも、空腹だけはどうしても消えてくれない。お腹を空かせたボクをかわいそうに思ったのか、クロが獲物をボクにも分けてくれるようになった。

 ボクは暗闇の中で神様に話しかけ続け、正体のわからないクロの獲物をぐちゅぐちゅと、あるいはぼりぼり、もしくはぱりぱりと貪った。味なんてわからなかったけれど、ボクはたくさん食べて、とても大きく成長していった。大きくなればなるほどに空腹感がひどくなり、ますますたくさん食べるようになっていった。


 ある日、また大きな地震があった。

 地震のおかげで洞穴の出口が開いた。

 光が差し込んできて、ボクはそれがとんでもなく恐ろしく思えた。ただの光なのに、自分でもなぜなのかわからない。


 クロの獲物だけでは、ボクは空腹を満たすことが出来なくなってきていた。でも、月明かりでさえも恐ろしく思えて、ボクは外に出ることが出来ない。

 クロはそんなボクのために、大きな獲物を洞穴に連れて来てくれるようになった。獲物はどこかで見たことのある形をしているような気がする。クロと違って二本の足で歩き、ボクを見ると「化け物!」と鳴き声を上げる。

 ボクはとても大きく成長していたから、獲物は片手で簡単に仕留めることが出来た。クロの連れてくる大きな獲物のおかげで、ボクはますます大きく成長する。


 ねえ、神様。

 なのになぜなんだろう。

 ボクは時々、ひどく疲れてしまうんだ。せっかくクロがボクのためにいろいろとしてくれているのに、ボクはもうなにもかも投げ出して、楽になりたいと思ってしまう。

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