第5話 小さな勝利、覆らない戦況
古今東西、戦(いくさ)というものは、戦術的にも戦略的にも、後片付けこそが時間を割かれるものである。戦術的には、負傷者の確認・手当、損耗品の確認、補給要請や、死者に対する慰霊・埋葬等々。特に死者に対する扱いは、適当に放り投げると、後々疫病や、この世界では特に、アンデッドとして人を襲うバケモノに成り果てるなど、繊細な対応が必須である。
更に指揮官ともなると、眼前の勝敗がこの後の戦略にどう影響を及ぼすか、常に計算して的確な指示を麾下の部隊に下さなければならない。特に軍の上層部ともなると、経済や国民世論、国のメンツなども加味した、複雑怪奇な戦略を打ち出す。そりゃあ、戦略の天才ともなると、奇人・変人でないと務まらないワケだ…
シャンボール砦で指揮官としての産声を上げたばかりの、コノック・サンダーブレーク救国義勇軍少佐も、勝ち鬨を挙げた数分後には、部下への指示でてんてこ舞いを開始して、1時間ほどかけて手際よく現状を纏めたジークフリート大尉の手腕を褒めそやし、手足として機敏な動きを見せた麾下の部隊に対し、改めてその練度の高さを讃えた。
纏まった記録を確認すると、砦側に負傷者・死者ともになく、敵第ニ連隊1,500名と輜重隊(しちょうたい)500名は無傷でハイデラルへ退却中、敵第三連隊は連隊長クロイツァー大佐以下、副官の少佐2名、大隊長大尉3名、中隊長中尉6名、小隊長少尉18名の計30名の士官が全て戦死、併せて一般兵にも237名の戦死、43名の負傷者が出ており、負傷者は全て第二連隊がハイデラルへと搬送していったため、砦前には戦死者のみが打ち捨てられていた。やはり新式銃の威力は強く、異様に死亡率が高い。たったの一斉射撃でこの惨状となれば、より戦争を醜悪なものに変えてしまう可能性すらあるだろう。
ともあれ、10倍の敵を追い返し、全員無事で生き残れたシャンボール砦の面々の士気と新米隊長・コノックの株は爆上がり、ストップ高の勢いであり、コノックの狙いの一つであった、第五連隊の人身掌握は上手く行った。彼らを労わるために、上等な酒でも大量に錬成して宴の一つも開催したい所だが、目下戦略的ピンチは未だに30km北に鎮座しているため、奮発した食事しか出す事が出来ないでいる。戦死者の葬送と火葬を終えたコノックは、早々にジークフリード大尉を伴って指揮官詰め所で作戦会議を開いた。
「…疲れた…ここまで戦争って大変だったんだと言う事が身に沁みて分かったよ…」
熱烈な部下達の瞳がある詰め所前の扉までは、自信満々な、イケメンスマイルを貼り付けて颯爽と入って行ったが、自席に座った瞬間に全て放り投げ、アタマからパタリと周辺地図に倒れ込んだ。
ジークフリード大尉はその様子に少し苦笑し、いつの間に淹れたのか、サッと香気の強めなお茶と茶菓子を差し出してくれた。気が利くなぁ…そして美味い茶じゃなぁ…菓子の甘みが疲れた精神と脳に効くなぁ…グデっとなったオレに、更にクスリと笑いつつ、居住まいを糺し、オレに対して敬礼する。
「連隊長殿、改めて、初勝利、おめでとうございます。見事な弓の腕前に、我ら全員の命は救われました。本当に…本当に、ありがとうございました‼︎」
「…ありがとう。君達の練度の高さと、私の腕を信じてくれたお陰だよ。一つでも欠ければ、我々はあっという間に蜂の巣か捕虜か、どちらかだっただろう。こちらこそ、ありがとう。」
私も居住まいを糺して、思ったままを返して、彼と握手を交わした。その時の彼の眼を見て、そして共に戦った彼らの熱い視線を思い出して、改めてこの砦の全員で、この戦争を生き抜きたいと、強く想った。その為にも、まずは生き残るための悪巧みに励もうか。
ジークフリード大尉にも、シャンボール砦の面々にも、私の魔法については非常にあやふやな情報しか見せていない。これは帝国のスパイを警戒しての、ポワティエ公やラベリアとの話し合いの末に出した方針なのだが、今日の戦いで、怪しい動きを見せた連隊員は居らず、ジークフリード大尉も信頼が置けると判断した。そのため、これからまた、ポワティエ公とラベリアを交えた作戦会議を開くが、そこに大尉を同席させ、色々とヒミツをぶっちゃけてしまう事にしようと思う。オレはおもむろに、大尉にこれからの作戦会議について、説明する。
「大尉、我々は10倍の帝国軍に勝利し、今もこうして大尉の淹れてくれた美味い茶を飲めているわけだが、戦略的には未だに絶望的な状況に変わりない。北30kmのハイデラルに居座る、腹を空かせた帝国軍6万と、南4kmには彼らが喉から手が出るほどに欲しがる食糧が山積みのシャンボール城…更に、途上にあるボロボロの、300名ほどしか立て篭っていない小さな砦に、帝国としては放って置けない、ドワーフ王国代王の孫、なんてものまで吊り下げられて…」
「確かに、敵第二連隊のミュラー大佐が報告を上げた途端に、バカではない敵の首脳部が疑心暗鬼に囚われるのが目に見える状況ですね…」
大尉も眉を困らせて思案顔だ。
「恐らく、3日は敵も疑心暗鬼で動けまい。あちこちに偵察兵を散らして、何もないと分かれば、ほぼ全軍をシャンボール城へ向けて進発させ、途上で我々を蹴散らすだろうな…うん、ぶっちゃけ今日の勝利だけでは、まだ我々は危機を脱していない。」
「…仰る通りですね…流石に我々でも、200倍の敵にはプチッと踏み潰されてしまいます…」
大尉が哀しい顔をする。どことなく、垂れた耳が幻視できる雰囲気だな。
「…そこで、これからの行動についての作戦会議なのだが…私の魔法を使って、この場にて救国義勇軍第3師団長、王弟にして救国義勇軍元帥、ポワティエ公フィリップ・ド・ダースクラム殿下と、その息女で私の婚約者、『ハイデラルの聖女』ラベリア嬢を交えた、戦略会議を行うので、心する様に。」
「……は、ハッ‼︎了解致しました‼︎」
いきなり王国の重鎮と、しかも滅びたはずの魔法を使っての会議をここでやりまーす‼︎と言われても、3秒の硬直で生き返ったジークフリード大尉はやはり優秀だ。対応力が違う。しかし、慌てて茶やらワインやらお菓子、果ては料理まで準備しようとオタオタし出したので、映像だけで、実際にここに召喚するわけではない事を説明し、なんとか理解してもらった。
場が落ち着き、大尉も居住まいを糺して準備が完了したので、オレはラベリアが持っているものに繋がっている、映像通信魔法装置に呼び出すための弱い魔力を込める。
…反応が無い。あれ?おかしいな…ずっと盗聴・盗撮に余念がない彼女の事だから、すぐに反応が返ってくると思ったのにな…?オレは込める魔力を強めた。
ボヤけながらも映像が映り、音声も少しずつ聞こえて来る。ん?なんだか騒がしいな、何して「コノックの初勝利を祝って、カンパーイッ‼︎イェーア〜〜ッ‼︎」「「「カンパーイッ‼︎イェーア〜〜」」」
ワイングラス片手にヒゲメガネとパーティー帽子を被った我が婚約者と義父、それと執事達…デカデカと邸宅の大広間に貼られた、「コノックおめでとう‼︎」の垂れ幕…オレはスッと、魔力を込めるのをやめて、死んだ魚の様な目で、ジークフリード大尉にお願いした。
「…大尉、すまない…今の事は、見なかった事にして、ちょっと10分だけ席を外してくれないだろうか?」
「…了解致しました…その…穏便に…」
「ああ、ちょっとだけ…ちょっとだけ騒がしくするかもしれないが、美味い茶でも淹れてきてほしい。きっと喉が枯れてるかもしれないから…」
銃とお転婆お嬢様と、たった2人の魔法使い カゼタ @kazeta2199
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