第2話 シャンボール砦防衛戦②

 シャンボール砦には、小さいながらも閲兵場がある。しかし、今そこに整列している第五連隊隊員は、5日前には1,200名を数えたのに、現在は全員大なり小なり負傷した、321名を数えるのみとなっている。痛みに冷や汗をかきながらも、一切顔には出さず、上官の着任挨拶を、ただ全員が待っていた。


 流石、東大陸で爺ちゃんや父ちゃん、母ちゃん、義父さんと共に戦い抜いた猛者たちだ。王都の近衛騎士団とは気迫が違う。一人一人の顔を見回したいところだが、痛みに冷や汗を流す男を見て悦に入る趣味はないので、とりあえず大声で叫ぶ。


『ヒール‼︎』


 一瞬、何言ってんだコイツ、という顔の後に、驚愕の表情と奇声が一同から一斉に上がった。空を行く渡り鳥達の隊列が乱れるほどの大音量の奇声であった。


 大きく咳払いすると、一瞬で動揺は収まった。よし、それじゃあまずはご挨拶といこうかい。


「諸君‼︎私は本日付けでこの救国義勇軍第3師団第五連隊長へ着任した、コノック・サンダーブレーク少佐であるッ!本来であれば連隊付参謀として着任の予定であったが、先日のハイデラル撤退戦で戦死されたヴィオレル中佐の後任として、新しい連隊旗と共に本日から諸君と共に戦う事となったッ‼︎以降、よろしく頼むッ‼︎」


 ヴィオレル中佐の戦死に触れた途端、全員が哀しみの気配を漂わせたのを感じた。恐らく、慕われていたのだろう。それに、多くの友も、5日前の戦闘で銃弾に倒れたのを真横で見ていた隊員達だ。その心情をまだ本当に理解は出来ないが、寄り添いたいと思った。


「5日前の戦闘に倒れたヴィオレル中佐と、諸君らの戦友に心からの哀悼を示して、1分間の黙祷を捧げる。総員、黙祷ッ!」


 鼻を啜る音も僅かに聞こえるが、皆静かに、それぞれの信ずる神へ、祈りを捧げる。そして1分の沈黙は過ぎた。


「これより、ポワティエ公フィリップ殿下より下賜された、新しい連隊旗の掲揚を行う!総員、掲揚ポールへ敬礼ッ!」


 ザッ!と、掲揚ポールへ321名の男達が敬礼を捧げる。旗手も先日戦死したため、新連隊旗の掲揚は副官のジークフリートにお願いしてある。オレも、腰に下げたサーベルを抜き放ち、敬礼する。新連隊旗の意匠は、青地に黄色い百合の紋様で、オレの婚約者、ラベリアのお手製だったりする。


 旗一つで喪った命が甦るわけでは無いが、何となく連隊員達の瞳に、生気が戻った様に見えた。旗は東風に元気よくはためき、やがて頂点へと達したので、敬礼をやめる。


 一通りのお堅い着任挨拶が終わったので、ここからはユルく行こう。


「それではこれにて、本官の着任挨拶並びに新連隊旗掲揚式を終了するッ!ここからは…私個人の挨拶をさせてもらいます。皆さんには、私の家族が本当にお世話になっているのです。ありがとうございます。」


 連隊長の着任式で、いきなりお礼を口にする隊長は、恐らくオレが初めてだろう。しかし、彼らはオレの家族の命の恩人なのだ。それを言わずして共に戦うのは気が引ける。案の定、ザワザワと疑問が飛び交っている彼らに、オレは笑顔で彼らに受けた恩について、説明していく。


「まずは軍の様式に沿った簡潔な名乗りだけでしたが、改めて名乗ります。私は、エルフ王国王太子、ティルクリム・サンダーブレークとドワーフ王国代王王女、ヒルデガルドの息子、コノック・サンダーブレークです。皆さんの奮戦で、父母と祖父の籠るフローレンシスは落とされる事なく、今日まで家族皆生き永らえる事が出来ています。本当に、ありがとう。」


 深々と礼をする。名乗っててもイマイチ実感が湧かないが、勝手に肩書きがこうなっているのだし、仕方がない。ざわついていた連隊が、一瞬沈黙してから歓声の嵐に見舞われ、皆駆け寄って来て揉みくちゃにされた。

「あの無双の弓手の息子か!道理で色男な訳だ‼︎ガハハハッ‼︎」バシバシッ!

「あの鬼の様なジジ…いや、代王陛下の孫が、こんなに可愛らしいとは…なんか、良かった…」

「いやいや、ヒルデガルド様の様に、可愛い顔して100キロの金棒で一振り10人の大男をブッ飛ばすかも知らんぞ!アハハハッ‼︎」なでなで

「あのバカップル、戦場でも戦い方がイチャついてたものなぁ…」


 十人十色で皆、父母や祖父との思い出がある様だ。揉みくちゃにされながら、遠い地で戦う家族を想う。


「あ、それと‼︎あの、初っ端に使ったように、私は回復魔法なら、いくらでも使う事が出来ます!まだ怪我人は居ますか?…ちょ、今ケツ撫でた奴いたぞおい!」


 やがて騒ぎも収まり、今夜は歓迎の宴会を開いてくれる事となり、解散となった。揉みくちゃにされて、若干ボロボロになりながらも指揮官詰所へ戻ると、ジークフリート大尉が笑顔を輝かせて待っていた。すかさず駆け寄ると敬礼し、それから膝をついて、深々と首を垂れたのだ。すぐに止めるように頼むと、王族に畏れ多い、との事だが、まずは話をしよう、と、椅子を勧めて自分も腰掛ける。


「自分はドワーフ王国の南部を治めていた、レシエン公爵家最後の生き残りの男子です。フローレンシスの籠城戦では、幾度もティルクリム様とヒルデガルド様に命を救われました。ゲルトハルト代王陛下にも、よくして頂いて…『その血を絶やす事、許さぬ』と、無理やりこの連隊にねじ込まれて、お陰様で中央大陸に渡って来られました。こちらで結婚して、アマルダの街には妻と3人の子供が待っています。」


 彼は気恥ずかしそうに、最近流行り出した写真付きのペンダントを開いて、家族写真を見せてくれた。そこには何の変哲もない、幸せそうな5人家族の写真があった。


「自分は、やはり家族に故郷を見せたくて…せっかくゲルトハルト代王のご好意で助かった命ですが、いつか故郷を取り戻せるかもしれない、この連隊に志願したのです。そこに、恩人の息子であり、いつか王位を継がれる方が上官としてやって来た…何というかもう、運命ってヤツを感じずにはいられません!」


 今度は感極まって涙ぐむジーク君。多分、この子はワンコ系だな。歳上だけど。彼の感動に溢れた話を聞きながら、思わずそんな分析をしてしまった…


「ああ、ジークフリート大尉、私もいつか、フローレンシスに留まっている家族を救い出す為にー」


 俄かに詰め所の前が騒がしくなり、すぐに馬蹄の音が扉の直前で止まる。オレとジークフリート大尉は顔を見合わせ、連隊長と副官の位置へすぐに席を移した。


ーーハイデラルを陥して5日、動きのなかった敵陣に動きあり。敵2個連隊、3千名が南進開始、目標はシャンボール砦の攻略と思われるーー

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