肆話:なきり外泊 其の伍
ー伍ー
「いやぁ、大変な一日だったね。状況の強弱が激しくて、流石の俺も疲れたよ……でも、こうやって人とわいわい会話するのって、楽しいね!」
「そうだね……だからといって、黄昏てる女の子に後ろから気配を消して話しかけてくるのは止めてほしいな。心臓止まりそうだったよ」
「黄昏っていっても、もう外真っ暗だけどね。それに大丈夫、心臓止まってもAED使えばいいから」
「そういう問題ちゃうだろ。止まったらアウトだろ」
私、
あの激しくて楽しい一時から三時間が経過し、夜九時となった。
少し前まで皆でボードゲーム等をしていたが、現在は各自が自由に休憩を取っている。
かくいう私は文字通り、縁側で外の景色でも眺めて特に意味も無く時間を潰していた。
昼間のテニスが相当身体にきた様で全身がこころなしか気だるい。
そんな中、
「鋭いツッコミだね……そうだ、何か困り事は無いかい?」
「話すたびにその質問してくるのは、
「質問を質問で返すな、ってネタ、通じるよね」
「え!?
そうかそうか、
誰かと会話してる時も中々〇ョジョネタは通じないし、相手が乗ってきてくれるなんて事は一度もなかったから、こうして相手側から言われると嬉しいものだ。
「
「……これといって悩みがある訳でも無いんだよなぁ」
なるほど、
ただ【霊能者】仲間でも無い
「まぁ、そうだよね。俺はてっきり
「そうだね。そういえばさ、
「ふふ、俺は
「言いたい事は分かるんだけど、そこだけ聞いたらただの不審者だよ」
「くくっ、ほんとだ。でもさ、結局は誰だってそうだよね」
そう、私だってある意味では傍観者だ。
芸人のお笑いを人間が見るのは、その不可思議な言動・行動に面白さを見出すから。
実行者である芸人でさえ、他の人の面白さに惹かれ、その道へと足を向ける。
少し前の時代では落語や能等がその代表例だった。
情報社会の今では、テレビやネットのメディアが発達した事で、より人間が傍観者であり得る時間が増えている。
友人や仲間内での会話の中でさえ、互いにボケてツッコミ合う事で、面白さを見出しているのだ。
生きとし生けるものは傍観者なのである。
「その傍観の中で自分の夢を見出し歩き続ける者、反対に自分の在処を見失い彷徨う者、そして何もせずに神頼みし続ける本物の傍観者……観察の中では様々な人間心理を知る事が出来る。ふふ、これ程楽しい事はそうそう無いね」
「……ちょっと言葉が難しすぎて何が言いたいのか分かんないっすね、すまそ」
「今日の
当たりが厳しいんじゃないのよ。
まじで何が言いたいのか分かんないのよ。
性格・趣味が似通っているとか言ってたけど、残念ながら私には人間観察癖は無いからね。
「あ、そういえば……
「え?あぁ、どうぞお好きに」
「……やっぱりか。ほら、ここ。解け掛けてるよ」
「ほんとだ。よく気づいたね」
二つに絡み合った糸の一部が解け掛けており、放置していると形が崩れる恐れがある。
そうなると流石に私でも直すのは困難だろう。
「さっき遠目で見てた時に違和感があったからね。直せる?」
「これぐらいならなんとか……ふぅ、危なかったぁ。解けちゃったら修復不可能だったよ。ありがとね、
「話し相手になってくれたお礼程度だから、そこまで感謝せれても困っちゃうな。にしても、
「父さんから貰ったものだから。この世にこれ一つしか存在し得ない、思い出の一つだから……」
そしてもう、取り返せない思い出。
永遠に、私の中で廻り、巡る、希少な、儚い思い出。
「そっか……あ、じゃあ俺はこの辺で泊まり部屋に帰るよ。じゃあ、また明日!」
「うん。また、明日」
といっても、彼に分かるはずは無いだろうけど。
人の考えてる事なんて、他人に分かるはずが無いんだから。
何せ、私だってあの日の全貌は知りもしない。
全てを知るために、私は【霊能者】になった。
私でも知らない事を彼が、
少し憂鬱な気持ちを心地よい夜風が押し流す。
私はもう私じゃない。
私は【金田一心霊探偵事務所】の
私を助け、導いてくれた彼らの為に働く一つの駒。
今、彼らは何をしているのだろうか。
そんな事を考えながら、空を見上げる。
遥かなる山々の影の上、一つの光が差し込んでいる。
今日も、月は綺麗だなぁ。
今日は珍しい事に一件の依頼も用事も無く、久々に丸一日を睡眠に費やせると歓喜していたが、折角良質な睡眠を取れていた所で起こされるとは……。
「はいー、これが検知したデータでーす。えー、まぁ、以下の通りですねー、概ねはそちらの新入りさん方の供述通りの性質でしたー」
大きな声で言わなくても良い事であるのに、素の声が大きい所為でうっとおしく感じるこの女。
そう、【霊峰院】直属の研究機関、【ラボ・サイコメトロノムス】の研究者、
訪れた理由は例の件、【手と扉の怪】についての【霊能】分析結果の報告。
最悪なタイミングだ。
関わると面倒になるので、ここは寝たフリで突き通す。
「ふむふむ……それでどうなんですか?この【怪異】の正体は分かったんですよね?」
応対しているのは
彼女の対応力は
つまりは、まさに今が彼女の活躍の場なのだ。
「ええーとですねー、すごーく言いにくいんですけどー……分かんないんですよねー。要約するに正体不明の【怪異】って訳ですねー」
「はぁー、ほんとあんたらは役立たずッスね、相変わらず。いつもどおりドジ踏んだんスか?」
彼のように表向きに言う人はいないだろうが、大半の関係者がそう思っている事だろう。
【ラボ・サイコメトロノムス】はやらかしと切っても切れない関係を保っている。
どんなに重大な事件でも彼らは必ずミスを起こす。
こんなトラブルメーカーだが実力は確かな為、未だに【霊峰院】直属の名を冠している。
「はぁ?あんたに言われる筋合いはねぇよ、トンチ馬鹿!あたしらはなぁ、頑張って上での失敗なんだよ。実際成果も出してんだろうが。すぐ人の所為にすんじゃねぇよ、外野のクセに」
「トンチ馬鹿って名前だけじゃないスか。それにポカする事は事実ッスからね。そう思われても仕方ないかと」
「あぁ?あんたのその減らず口、今すぐジッパーで縫い付けてーー」
「二人共、みっともないですよ。ほら、いくさちゃんが困ってますから」
ホトが二人の口論を押さえつける。
そして彼らの目線はイクサのもとに集中した。
イクサは相変わらずの自信無さげな素振りをしながらも
彼女はいつもおどおどして自身が無さ気だ。
その癖にして自らをメイドだと自称する。
態度は気に入らない点も多いが、事務所の為に働くその姿勢は褒められるべきものだ。
「はぁ、申し訳ありません。取り乱してしまいました」
「いえいえ、悪いのはイッ君もなので、そんなに気にされなくても良いですよ」
「あ、はい。ありがとうございます……さて、そうですねー。我々の分析結果に関してー、もう少し詳しく話させていただきますね。えーと、まず、現時点で存在が確認されている全ての【怪異】とー、例のサンプルは一致しませんでした。分類がー出来ない……要約するにー、未確認の新種【怪異】となりますー。あのトンチ馬鹿の言うように我々がミスを犯してのでは無くー、そもそも新たに発生した【怪異】ですのでー、正体不明なのも当然なわけでーございますねー」
「なるほど、つまりは何の成果も得られてないと」
「えー、要約するにー、そういう事ですねー」
わざわざ事務所に訪問した割には報告という報告すら無いらしい。
何故来た、何故眠りを妨げた。
帰れ、今すぐ帰れ。
そう心の中で唱えているが、今は寝たフリをする身。
言葉に出せるはずが無い。
どうせ
「ふぅ、疲れたぁ。じゃ、少し休憩してから帰りますわ。あ、お茶いただいてもよろしいですかね?なるべくぬるま湯でよろしくです」
「お前、何の為に来たんスか?用事無いなら帰って、どうぞ」
あぁ最悪だ、なんて災難だ。
この女、此処に居座るつもりのようだ。
我が物顔でソファに腰を下ろし、半強制的に茶を催促している。
イッキュウが言いたい事を代わりに言ってくれているのがせめてもの救いか。
「はぁ、その態度、うちだけにしといた方が良いと思いますよ。あと、さっきの棒読みどうにかならないんですか?
「んー?まだ変でしたかね?一様は意識してたつもりだったんですけどねぇ」
「ほうじ茶、お持ちしました……」
「おぉ、ありがとね。えっとー……いくさちゃん、だっけ?君、可愛いね。いくつ?」
「え、えっと……その……」
「あのう、うちの雑用係にナンパしないでもらえるッスかね?まったく、女の方がが口説こうとするなんて意味が分かんないッスよ。そんなんだから、折角俺が捕まえた手の【怪異】逃がすんスよ」
再びイッキュウと
さっきの発言を訂正しよう。
余計な事言うな、イッキュウ。
頼むから寝させてくれ。
「あ?女性差別のつもりか、クソ坊主。今は百合の時代なんだよ。あんたみたいな時代遅れ野郎には分かんねぇだろうけど。色物好きのくせに性格がクズだからモテねぇんだろうなぁ?それによぉ、その件と手を逃がした事は関係ねぇだろうが。なんなら逃がしたのあたしじゃねぇし。
「結局はそちらの責任なんで連帯責任ッスよ。それに俺、
「ふぅん、あんたは連帯責任ってーーん?え?は?何?イッキュウってそういう趣味だったん?うわぁ……キッショイはー。それ堂々と宣言できる当たりがよりキモイわー。こりゃ、モテないわけだ」
「さっきからやたらモテるモテないに焦点当ててきてるッスけど、それ本筋と関係無くないッスか?」
「最初に話をずらしたのはあんただろうが」
「それに乗ってきたのも貴方じゃないスか」
「はぁ、またすぐむきになる。親の顔が見てみたいなぁ」
「……見たことあるだろうに」
「ま、そうなんだけどさ。あ、そういや、あんたの親父さん心配してたな。顔ぐらい見せてやったら?」
「……わざとだろ、
「おやおや~、イッキュウ君?特徴的な語尾の『ッス』が無くなってませんか~?もしかして~、それが素の姿ってわけですか~」
「……」
「へぇ、不利になったらだんまりって訳ですか。分かりました。これ以上敗者をいたぶるのは良くないので、話はこれぐらいで終わりにしてあげましょう」
今日の勝者は
イッキュウはとある田舎の寺生まれだ。
訳あって親と【縁】を切り、【
今の流れの発端はイッキュウ本人なので自業自得ではあるが、彼への同情の余地はある。
「さてと、話も一段落ついたので。ホトさん、どうせなら世間話でも……って顔怖いですよ!折角可愛いお顔をしてるのに、勿体無いですよ!!」
「いえいえ、どうぞお気になさらず。一体何の話ですか?」
危なかったな、
もう少し長引いていたら拳骨が飛んでいた事だろう。
ちなみだが、雑用係イクサは
やはり態度が気に好かん。
堂々と出来ないものなのか。
「あ、あぁ。そうですか。それでですねぇ、今年の新規【霊能者】……どうやら相当の逸材の宝庫らしいんですよ」
「逸材ですか……。そういえば、西家からも二人の新人が試験に参加すると聞きましたね」
「ほぉ、【
「そうですね。特に年上の方ーー
「へぇ、それは知りませんでした。しかし……この情報には劣るかもです。なんと、今年は名家【
「あー、あの有名な彼ですか。確か【祓い屋】ながら一人で上級クラスの【害異】数体を瞬殺したとかいう……」
「ええ、そうですそうです。その彼が加わるとなれば、相当な戦力になるでしょうね。その上、【
「ええ、二人ほど。一人は【霊具使い】の尊命ちゃん。僅か半年で【霊剣術】を習得した才能の持ち主です。もう一人は確か
「いや、三人だよ」
「わっ!金田一さん!!お、お邪魔してます!!」
いつの間にか所長、
所長の言う通り、今期の新入りは三人。
ホトやイッキュウには知らせていなかったな。
「おかえりなさい……随分早く終わったんですね」
「あぁ、それなんだけど……この依頼はイッキュウ、ホト、君達二人に任せようと思うんだ。僕よりは二人の方が適正があるだろうからね」
「なるほど……でその三人目とは誰なんですか?」
「……
どうやらイッキュウもようやく落ち着いたようだ。
そうか、彼は気付いていたのか。
「ん?イッ君、十枚目のプレートって?」
「そこに木札掛かってるッスよね?この前ーー
「イッキュウ、目の付け所が良いね。その通りだよ」
「ほう、なるほど。最後の一人は既に仮加入済みという事ですか。もしよければ、私にもどんな人なのか教えていただけますか?あ、他の二人についての詳しい事も聞かせていただけるとーー」
「
「……分かりました。ええっとー、失礼申し上げましたー。またのご利用ー、お待ちしておりますー」
図々しさの権化、
何故か営業電話の鉄板台詞を挨拶として、玄関扉の奥に姿を消す。
「ふぅ、ようやく帰ってくれたッスね」
「一様あの人も来客なんだから、無礼な態度取らないでくださいよ」
「だって俺、あいつ嫌いッスから、ねぇ」
「はぁ、イッ君ったら……で、所長。最後の一人はどんな子なんですか?」
「ふふ、焦らずともそのうち会えるさ……さてと、タカヨリ。君に最適な依頼があるんだけど、受けてくれるかな?」
「……何故起きていると分かった?」
「繊細な君の事だからね、彼女のようなうっとおしい人が来ていればきっと眠れないだろうから」
流石所長、長く付き合ってるだけあるな。
はぁ、今日は最悪な日だ。
丸一日の安眠休暇はこの夜も訪れないわけか。
高架下らしく、頭上で列車が爆音を響かせて通り過ぎていく。
我々も、彼らも、一体終点は何処になるのか。
皆目見当が付かない。
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