肆話:なきり外泊 其の肆
ー肆ー
「いやぁ、惜しかったなぁ。もう少し早くテニスに慣れてれば勝てたのになぁ」
「あははー、面白いねぇ、
「なーんで人が現実逃避してる時に真実突きつけちゃうんですか、
私は今、盛大に弄られています。
現在、夜の六時。
あの地獄からおおよそ五時間が経過しました。
皆で母屋の食堂で雑談中、何度もあの件を掘り返されています。
あの時の私に今すぐ会って、何でテニスをしたのか問い詰めたいよ、まったく。
「でもユーのあのチャレンジ↑はグッド、グレイト、エクセレント、だよ!!またいつか、ミーとレッツプレイ、してくれない?」
「丁重にお断りさせてもらいます」
やる訳無いよ、もう二度と。
恥をかく、かかない以前に私はラケット系球技の才能は相変わらず無いようなので、相当上手くならない限りはレベルの高い相手とは対戦する事は無いだろう。
どうせ私なんかが上手く成る訳無いので、つまりは一生やらないだろう。
「皆さん、
「おー、テンキュー、ママ。あ、ついでにわたしはジュース欲しい」
「はるあ、貴方は自分で取ってきなさい。なんなら貴方も運ぶの手伝いなさい」
私達を客として盛大に出迎えてくれただけでなく、こうして食事等まで運んでくれるのだ。
私が【Der Kuchen】で購入したホールケーキ丸々を今の今まで冷蔵庫で冷やしており、なんと切り分けまでもしてくれた。
有難い限りである。
「むぐっ!!?うまひっ!みこと、これ何処で売ってふの?」
「つつで、食べながら話すの行儀悪いよ。このケーキはね、私の家の近所の【Der Kuchen】って洋菓子店の商品だよ」
「確か
「う~ん、家から遠いなぁ。こんな美味しいケーキなのに、残念だ。あ、そだ。
「あのぅ、私達に分からない身内ネタ咬ました上で涎垂らすの止めてくれません?」
「おっと、ごめんちごめんち。にしても、
抵抗する暇も無く、私はエリちゃんにナデナデされる。
何故上から目線なのか、何度も披露しているらしいのにSSR級なのか等、沢山のツッコミどころがあるが、今回は許してやるとしよう。
……案外同性にされても嬉しい物なんだね、ナデナデって。
「おやおや仲がいいですこと。皆さんの飲み物、お持ちしましたよ」
「ありがとうございます!あ、みぃ子さんも是非、ケーキ食べちゃってください」
なお、この会話中も私はナデナデされているのである。
「うふふ、私と夫、息子の分はもう切り分けてありますので」
「あ、そうだったんですね……え?息子?」
「あら、
ガラガラと音を立てて扉が開く。
そして
背が低めである事から恐らく年下だろう。
「は?誰だよ、あんたら」
「わたしの友達だよー。
「……ちっ」
「てる、待ちなさい!すみませんね、息子が挨拶もせずに。今、連れてきますので……」
なお、この一連の流れの間も私はエリちゃんにナデられ続けている。
「失礼な人ですわね、
「そのようだな。はるあ、彼にはよく言い聞かせた方がよいだろう」
礼儀に厳しい
う~ん、他人の家族に口出しするのは良くないと思うんだけどなぁ。
「ごめんね~、礼儀知らずな奴で。でも、悪い子では無いんだよ。ただちょっとシャイなだけだからそこだけは理解してもらえるとありがたいなぁ」
「そうなんだ。
「ん?
へぇ、あの見た目で同学年なのか。
人は見た目で判断してはいけないな。
「
「てるてる、だよ。ちょっと変わった名前だよねぇ」
ちょっと、じゃなくて相当なキラキラネームだと思うけども……。
「ふ~ん、面白い名前だねぇ」
「人の名前の事、面白いっていうもんじゃないよ、エリちゃん。それといい加減ナデナデするの止めてくれませんか?」
「おっと、悪い悪い。あはは、
「それは一体どんなに激しいナデナデなのだろうか……そうだ、てる君の名前の漢字は何なのかな?」
名前の漢字次第ではキラキラ度も減るだろう。
「
「ほへぇ……って、え?それってはるあと同名だって事になるけど……」
「うん、そだよー。読み方が違うだけだからしょっちゅう間違われるんだよねぇ。由来はパパがかの有名な陰陽師、
なるほど、
【霊能界】の大御所として、物語の題材によく使われる歴史上の有名人物だ。
にしても息子や娘に同じ名前付けるのって、どういう気分なんだろ。
「……もしかしてだけど、
「いや、それは無いね。
私もその知識は持ち合わせている。
御存じの通り、私の身近にその血筋の人がいるのだから。
「その上、わたしの一家が信仰しているのは【
「ハルア、
「そういえばさ、その
「ふっふーん!【
「……という逸話が残ってるね」
「ちょっと!!逸話なんかじゃないよ!!」
「神話ってものは確定事項じゃないんだよ。あくまで人間の手が加わった物語、本来と違った結果に書き換えられてるなんて事もあるからね。あとはそうだな……【
「え?わたしは怪物を退治したって聞いたけど?」
「その怪物ってのが大昔の神や朝廷から虐げられた豪族なの。本来日本で信仰されてきたそれらを邪神や怪物として差別の対象にし、信仰を奪い取る……その行為を比喩的に表したのがその伝説っていうのが定説だね」
「でもでも、【
「信仰深いのは良い事だけど少しは他の意見も受け入れなきゃいけないよ。人の数だけ、正しき考え方があるんだから」
「むぅ……確かに
信仰には色々な種類がある。
同じ神への信仰でさえ地域ごとに異なるのだ。
どれが正しい、正しくないで決める事等、決して出来るわけが無い。
「それにしても興味深い話だな。【
セイギ君と同じで私も今初めて知った。
【
細かな糸の結び合いによって作り出される形、それは唯一無二の芸術である。
「私も持ってたのに初めて知ったよ。あ、これが私のだよ」
会話の流れに乗じて、私の大事なアレを見せびらかす。
その行為に特に深い意味は無いけども。
ただの自己満足の為に。
「ほへぇ、綺麗なリボン型だぁ。おやおや、おやおやおやおや、珍しい。二本の糸が絡まり合って、一つの糸になっているのだね。ふむ、まるで注連縄のようだねぇ。うん、素晴らしい……実に素晴らしい……」
「ハルア、姫神様を心から慕ってるのは分かったけど、どこぞの黎明卿みたいになってるよ」
「あぁ、愛に、愛に報いなければぁ〜」
「今度はやる気の無さそうな怠惰担当になってるよ」
「しゅこ〜、しゅこ〜」
「たぶんやる気の無い繋がりで某暗黒卿の真似してるんだろうけど、コトリ以外に伝わってないよ」
「で〜でっでで〜でっでで〜でっでで〜、で〜でっでで〜でっでで〜でっでで〜」
「意地でも分かって欲しいからってやる気の無いテーマを口遊まないで」
「はるあ、今日も可愛いね!!もっと歌って!!」
「こらこら、そこの変なヤツ!あまりはるあを持ち上げないでくれ、すぐ調子乗るから」
「変なヤツじゃなくてエリちゃんなんですけど」
「どーでもいいでしょ、そんな事……あれ?何でコトリがツッコミしてるんだ?」
収拾の付かないコントが続く。
さっきまで私のアレの話で盛り上がっていたのが嘘みたいだ。
……何でだろ、なんか悲しい。
「なぁ、なぁ。あたしもそれと同じの持ってるんだけどさ」
ナイスタイミング!
脈絡無い劇団の合間を突いて、武良が会話をずらしに掛かる。
「おぉ、これは、これは。あげまき型は解けぬ勇気と成功を表してるっていうから、『陸の天使』らしい糸細工だね」
「止めてよ、ことり。あたしはそんな名で呼ばれるような人間じゃないってば」
「でも、実際足速いじゃないか。わたしはイサヨの次なる新記録、楽しみしてるからね!!」
「……期待しないでよ。あたしは、普通の人間だから」
「だから、そんな謙遜しなくてもーー」
「はるあ、【
突然セイギ君が会話の流れを断ち切って、不可思議な質問をする。
それがどうしたというのだろうか。
「そだよー。【
宗教の訪問勧誘とネットショッピングが見事に悪い面だけミックスされてるなぁ。
というか、そんな縁まで対象なんだったら、縁結びの要素ほぼ関係無いよね。
「良かったな、カナタ君!これで君の祈願も叶うかもしれないぞ!!」
「え!?僕に振るの!!?」
セイギ君に話題を振られたカナタ君が途惑う。
「んぬぬ?カナタソ、何か神頼みしたい事でもあるのかぁ?」
「えっと……そのー……」
「カナタは自分が普通な事を気にしてるらしいぞ。周りが個性豊かだからあまり目立てなくて悔しいんだとさ」
「ちょっと、ハル君!!この裏切者!!」
まぁ、確かに普通だよね、カナタ君は。
申し訳ないけど、今の今まで忘れてたよ、存在。
「なるほどねぇ。でも、大丈夫!!【
「……どのように?」
「まずはカナタソ、君の決意を高める。そして後は君が道を切り開く。どう?完璧だろう?」
「結局何の解決にもなってないじゃないか!!僕は、僕が普通過ぎる事を気にしてるんだよ!!決意なんか高めてもらった所で、個性の無い僕にとっては、何の意味すらないじゃないか!!そもそも決意は良縁と関係ないだろうが!!うがあぁぁぁぁぁ!!!」
まるで此処が自分の家であるかの如く、カナタ君は叫び散らす。
……いや、流石に自分の家でもしないか。
少なからず、私の家ではこんな大声は出せないだろう。
壁、薄いし。
「おお!!早速効果が出てきているみたいだな!!ふむ、【
「いや、大体お前らのおふざけの為だろうに。てか、どうすんだ?
「じゃ、最初に流れ作った人が責任取って鎮めたらいいんじゃないかな?」
「最初の人……」
そう、わざわざ話題を
「セイギ君、何か良い案は無いかな?」
「頭の良いセイギィなら、事態を鎮めるのも簡単だろう?成功したらハグしたげるから、よろしく~」
「ミーもユーに期待してるよ!!セイギ、ユーキャンドゥーイット!!」
「真面目なセイギなら、この変人ーーもとい個性的な面々の中でも最もまともな意見を出せるよな?」
皆がセイギ君に頼る中、セイギ君は神妙な顔持ちで黙りこくっている。
考え込んでるのだろうか?
「……まさよし、だ」
「「え?」」
「俺の名前はセイギでは無く、まさよしだ。始めはネタか何かなのだと気にしていなかったが、どうやら皆揃って間違えているようなので、この期に訂正させてもらう」
「えっと……それ、今言う事かな?」
「あぁ。人の名前を間違える事は最も失礼な行動だ。しかしながら、この件に関しては俺の名が紛らわしい事も事実だ。だが、クラスの自己紹介ではしっかり名乗ったはずだが?」
皆が黙り込む。
セイギ君……間違えた、まさよしの言う事は正論だ。
今日一日、ずっと間違えて呼んでいたのだから、それなりに気まずい。
でも仕方ないじゃん。
必ず正義がどうのこうのって言ってくるんだもん。
こうして食堂では暫くの間
この間、テル君やみぃ子さん、宮司さんすら姿を現す事は無かった。
その為、皆で一斉に宥める事で事態の沈静化に成功した。
今日の教訓、過度な弄り過ぎは止めるべし。
そして、人の名前には要注意すべし。
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